夜のミッキー・マウス
2003年に出版された谷川俊太郎の詩集『夜のミッキー・マウス』。表題作はこんなふうに始まります。
夜のミッキー・マウスはユーモラスな中に薄気味悪さが漂っている詩。見慣れた明るいモノたちの隠された夜の表情を盗み見てしまった、そんな気分になっているとき、愛読しているサイトからメールマガジンが届きました。そのなかに、読者からのこんなメールが紹介されていました。
昼間より難解だ
35年間生きてきて、しみじみわかったことは
食パンは夜食べるのがいちばんおいしいということです。

…そ、そうですか? よくわからないままに、この言葉に奇妙な説得力を感じてしまいました。この人はどんな情況で夜に食パンを食べたのでしょうか? 場所はおそらく自宅ですよね。一人で? 家族と? 恋人と? 夕食に? 真夜中に? 10通りもの想像がひろがりました。
もっともしっくりなじむシチュエーションは、眠れない夜に一人、トーストした食パンにバターだけ塗ってキッチンのすみのテーブルで食べている光景。しんみりとおいしいのではないかしら。
ものずきにも、試してみました。夫が眠った真夜中にごそごそと起きだし、焼き網を直火にかけて厚切りの食パンをのせました。トーストはこうして焼くのがいちばんおいしく作れるのです。表面はこんがり、中はふっくらしっとり、手でちぎると白い肌からいい匂いの湯気があがって。
深夜、キッチンに立って見つめる食パンは、なにか見たこともない不可解な物体に変貌していました。それは焼き網の上にひっそりと白い疑問符のように横たわり、やわらかな肌に夜の気配を吸い込んでいます。
そんなふうに谷川俊太郎のアレンジが浮かんだついでに、ふと彼の若い頃の有名な詩集を思い出しました。『夜中に台所で僕は君に話しかけたかった』。しんとした夜のキッチンには不思議な気配がひそんでいて、食パンにも力を及ぼしているのです。
夜の食パンは
昼間より難解だ








