カフェの小さな魂
カフェの魅力の正体はなんでしょう。大好きなカフェはほかのカフェとどこが違うのでしょう。
そんなことを、よく考えます。ふくよかな香りをひろげるコーヒーと食事。背中になじむソファ。きびきびと気持ちのよい動作で立ち働くスタッフ。何気ないけれどセンスを感じるインテリア。読書や会話をじゃましない照明と音楽。同じ空間を共有することを楽しめるお客さまたち。
それだけ揃えば、見事に素敵なカフェです。でも、とびきり好きなカフェには、そういう要素では語りえない何かが、まだあるようです。
数年前、ほんとうに好きなカフェがありました。早春にオープンしてから夏が終わるまでの短いあいだ、その場所は私にとって天国でした。初めて、工夫(クンフー)式スタイルで中国茶を飲ませてもらったのはそのカフェ。窓辺に置かれた小さな苔玉や、観光客が訪れないハワイの聖地について書かれた本に出会ったのも、そのカフェでした。
決して完璧なカフェだったわけではありません。コーヒーの味は自家焙煎珈琲店にかなわないし、洗面所は故障して水が出なくなったままだし、時として騒々しいお客さまと隣り合わせてしまったこともありました。けれども、そこには、その場所にしかない大きな魅力がありました。それはカフェの空気全体を淡く発光させているような、不思議な何か。<カフェの魂>とでも呼ぶしかないようなもの。
でも、秋の訪れとともにカフェの印象は変わりました。かつての女性スタッフはすべて男性スタッフに取って替わられ、カフェはより本格的な志向を持つようになりました。お店の評判はいっそう高まっていったけれど、私は心の中で、なにか違う…とつぶやき続けていました。私にとって一番大切なエッセンスだったものが消えたように思えたのです。天国を天国たらしめていた、小さな美しい魂。
ずいぶんあとになってから、秋のスタッフ交替のときに、最初にカフェを立ち上げた女性がお店を去ったのだと知りました。カフェの魂は、彼女から自然に漂っていたものなのかもしれません。カフェに置かれた家具もお料理も同じなのに、小さな魂が抜けただけで、なにもかもが変わってしまうのだということを知りました。
カフェとの遭遇は恋のようなもの。片思いするだけのお店もあるし、幸運に恵まれてお店と両思いになっても、関係はたえず変化していて、とてもこわれやすい。恋など幻想にすぎなかったと思うこともあるし、人によってはそもそも恋に落ちたりしないでしょう。それでも、心から愛せる場所に一度でもめぐり合えたことを、私は幸せに思っています。


今週の日曜日は母の日。皆さんは何を贈るか決めましたか?






