8月15日の花火大会
あちこちで花火大会たけなわですね。
友人のブログにこんな一節がありました。
> 江戸時代の粋な花火の味わい方とは
> 酒一献かたむけながら、まさしく花火の音だけ聞き、
> それがどんな花火なのか想像する。
> それがよろしい。
> とされていたようです。
彼女は青山の小さな洋書店のあるじ。神宮の花火大会の夜は、お店のなかで、音だけ楽しんで過ごしたそうです。
毎年すこしずつ、花火見物がじょうずになっていく夫と私。今年も多摩川の土手で恒例の大田区平和記念花火大会がおこなわれましたが、去年学習した「ビニールシートに座るより、椅子のほうがラクみたい」というのを活かし、アウトドア用の小さな椅子持参ででかけました。
この花火大会の何が素晴らしいって、おしあいへしあいの場所取りが全然ないこと。たくさんの人が集まるのですが、多摩川の土手は余裕がたっぷりあるので、のびのびと楽しめるのです。隅田川の花火大会に二度、横浜の花火大会に二度でかけて、あまりの混雑ぶりにへとへとになってしまった私にとっては、地元のこんなのんびりした花火大会がいちばん心やすらぎます。
ビールが切れたりすると、土手から駅近くに戻って買わなければならないことも学習済みです。昨年、夫は浴衣姿で何度も土手とビールのあるコンビニの間を往復し、ビールをかかえた姿を自分の教え子たちに目撃されていますから、今年はクーラーボックスにたっぷりの氷と缶ビール2本、スパークリングワイン1本、白ワイン1本をつめて持参しました。白ワインのコルクは自宅であらかじめ抜いて、もう準備万端。これだけ飲みものを用意すれば充分だろうと思ったのですが、川風の気持ちよさにつられて、ふたりできれいに飲み干してしまいました。
8月15日。
この宵、多摩川の土手は、つぎつぎに夜空に咲く花火とジャズの演奏を楽しむ人々の穏やかな撫薰ナ満たされましたが、60年ばかり前には同じ場所に人々が絶命して横たわっていたこともあったのです。
毎年、開会のあいさつではそんなこともさらりと触れています。真夏の夜空で赤や青に、金色に、幾重にも花ひらく閃光は、地上を去った人々や、いまここに生きている人々の、何億もの魂の輝きを集めてスパークしているようにも見えるのでした。











