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2007年06月04日(月曜日)

すべてお見通し?

共時性と言って良いのかどうか・・・とても不思議な体験が、同日に2回もありました。

不思議な体験の【ひとつめ】は、先週末の昼下がり。お琴の稽古が終わり、次回のスケジュール調整をしていた時のこと。ちょうど家元が都内にいる期間、私は今年で90歳を迎える祖父のところへ行こうと思っていた頃に当たってしまいました。

「すみません、その頃わたし、三重県にいくつもりで・・・」
「三重県のどちらまで?」
「津と松阪をまわってこようかと」
「え! 私も今年は松阪で高校時代の同窓会があるんですよ」
「そうなんですか! 私、松阪うまれなんです!!」
「思春期を過ごした思い出の大切な土地なんですよ」

家元とは好みなどの共通点も多いので、40歳の年の差を超えた「ご縁」があるのだろうと常々感じていましたが、縁の地が「町」まで同じだったので更に驚きでした。


【ふたつめ】の体験はその帰り道のバスの中。偶然となりに腰掛けたお婆様に話しかけられました。
『30分ほど乗車する時間もあるし、お相手させてもらおうかな』 と最初は軽い気持ちで頷いて聞いていました。

すると、どうでしょう! お婆様のご子息が私の出身校の後輩であることや、お孫さんがお琴をやっていること、お婆様の出身校は私の母の出身校だったことなどと共通のキーワードが次々と出てくるのです。もっと驚いたのは、今度私が引越しをする予定の土地の出身者だということ! (今度は町まで一緒という家元よりすごい・・・番地が数番違い!) お婆様いわく、私に何かのご縁を感じるのだとか。

何から何までお見通しされているようでドキドキしました。

お茶あまりに驚きの連続だったのでクールダウンに丁寧にお茶を淹れました。
家元から「先月の中国ツアーのお土産」と頂いたお茶。
『烏龍茶』としか書いていない謎めいた缶を開けてみると、ちょっと焙煎の効いた安渓鉄観音(?)と岩茶(水金亀)のような風味の茶葉をブレンドしたような・・・(???) 観光向けのお土産屋さんらしいお茶でした。

「中国のウーロン茶はホントはね、アツアツのお湯で淹れるものなんですよね」

と得意げにお話する姿を思い出しました。 家元には私がコンピューター関連のお仕事とだけ言ってあって(チンシャンの運営者であることを言いそびれたままで)良かったのかもしれないと思い、それもまた何かのご縁かしら・・・とクスッと笑いたくなりました。

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2007年06月02日(土曜日)

大机願望症

070601kawag.jpgひさしぶりに寺山修司のエッセイを読み返していたら、「大机願望症」ということばにぶつかりました。机が大きければ大きいほど、いいものが書けると思いこむ作家の病気であると寺山修司は定義しています。

「重症になってくると、六畳一間分くらいの大机もあったりする、といわれる」

六畳ぶんの机! 寺山修司お得意の作り話の匂いがしますが、その机を置く部屋のほうも、巨大なドアがないと机が入りませんね。いったい六畳分の机にどんな使いみちがあるのかといえば……

「その上で、一晩中歩きまわっていい知恵でも思いうかべようとの魂胆かもしれないが、ともかく愉快なことではある」

ガリバー旅行記の作者スウィフトなどはいかにも大机愛好者だったような気がする、という寺山修司のことばに誘われて、机の大きそうな作家を考えてみました。

すぐに思いついたのが三島由紀夫。デコラティブな大机を愛しそうなイメージがあります。ウンベルト・エーコの机もなんとなく重厚で大きそうですね。ヘミングウェイも大机が好きそうに思えますが、彼は立ったまま、チェストの上かなんかにタイプライターを置いてキーを叩いていたというエピソードをどこかで読んだ記憶があります。

寺山修司自身は、机を持っていないと書いています。原稿用紙と鉛筆と読みかけの本を持って、アパートの周辺の喫茶店を転々と回り歩いていたと。有名作家であろうと、私のようなほそぼそとした文筆業であろうと、カフェのテーブルこそ最高の仕事場だという事情は変わらないようです。客席の静かなざわめきと、カウンターの中でカプチーノを抽出したり食器を並べたりする音が、ほどよいリラックス効果と刺激を同時にもたらしてくれて、原稿に集中しやすいのですよね。

またあるときは中華料理屋のカウンターで競馬のエッセイを書き、あるときは膝にのせた旅行鞄の上で短歌を書いた寺山修司は、エッセイの最後にこんな名言をしるします。

「人生いたるところに机あり」

まだそこまでの域に達していない私にとっては、「人生カフェあれば机あり」です。

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