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2007年09月28日(金曜日)

電車の偽ママ

070928kawag2.jpg渋谷に新しく誕生したカフェで友人たちに会ったあと、ひとりで帰りの電車に乗るころに、めずらしく頭痛に見舞われました。頭の芯がひりひりするような、妙な頭痛です。

うーん、と思いながら吊革につかまっておりましたら、私の前に座っていた青年が立ち上がり、りりしい目をして私に
「どうぞ」。

ちょうど電車が次の駅に着くところでしたから、ここで彼は降りるのだと思い、空いた席に座ったのですが、彼は降りずに私の前に立っています。なんと、青年は私に席をゆずってくれたのです。

なぜ? いくらなんでも、頭痛が私の撫薰ノあらわれていたのではないはずです。電車に揺られながら考えをめぐらせて、ふと、正解に気がつきました。その日、私は胸の下で切り替えのあるワンピースを着ておりました。そう、マタニティドレスのような。

070928kawag1.jpg“ママになるひと”に間違えられた……!

そう気づいた瞬間、おかしくてふきだしそうになりましたが、違うんです違うんです、私のこのふくらんだおなかに入っているのは、大切な新しい命ではなくて、夜ごとのワインとおいしいものとスイーツなんですと、この心優しい素敵な青年に告白するわけにはいきません。

いっそ、青年を見上げて訊ねるべきでしょうか?
「あなたのファーストネームを教えてください」と。
彼はいぶかしがるでしょうが、名前を教えてくれたら、こう言いましょう。
「◎◎さん、もし生まれた子どもが男の子だったら、あなたのように優しい人間になれるように、◎◎と名づけます。どうもありがとう」

そうすれば彼に、私がどれくらい感動したかが伝わるかもしれない……などと、電車を降りるまで、偽ママとなった私はくだらないことを考え続けていました。

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2007年09月27日(木曜日)

ラ・ヴィエイユ・フランス

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9月15日に台場のホテル グランパシフィック メリディアン内にオープンしたヴェルエクールに取材に行ってきました。

そこで注目なのが木村シェフの「LA VIEILLE FRANCE(ラ・ヴィエイユ・フランス)」。
こちらのャ泣x・アイスクリームの特徴はフランススタイルだということ。口どけがよくて芳醇な味わいが特徴です。また原材料の果物はもちろん,バニラビーンズやハチミツ,塩など、世界各地から厳選された贅沢な材料を使用されています!

木村シェフはフランスのリヨンの「ショコラティエ・ベルナッション」、ミュールーズの「ショコラティエ・カプリス」でパティシエを経てパリで1834年から続く老舗の「パティスリー・ラ・ヴィエイユ・フランス」で日本人初のシェフパティシエに就任。約11年間フランスでパティシエとして活躍された方。
また木村シェフのお父様がホテルでアイスクリームを作られるお仕事をされていたそうで、お土産でもって帰ってきてくれた手作りアイスは木村シェフにとって良い思い出だそうです。素敵なお話ですよね。

フランス菓子の基本的なお菓子を忠実に作っていきたいという、職人気質なシェフ。また、最高級の食材を惜しげもなく使われているので、シンプルな焼き菓子も美味。フィナンシェはシシリー産のアーモンドプードルや発酵バターを使用した贅沢な味わい。コンフィチュールも大変美味しくいただきました。

10月末には千歳烏山に本店をオープンされるご予定ナす。こちらのOPENも今から楽しみです!

また神楽坂にもアイスクリーム専門店「ジェラテリアテオブロマ」がオープン。
フランスではパティシエはショコラティエ(チョコレート職人)、グラシエ(アイスクリーム職人)を経て一人前になると言われるそうです。パティシエブーム→ショコラティエブームときて、グラシエブームが到来したと言ってよいのではないでしょうか?


*来週の日記はお休みとさせていただいております。
 次回は10月10日(水)の予定ナす。

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2007年09月26日(水曜日)

栗駒山

070925-staff-kasa.JPG先週末、東北地方にある栗駒山を散策してきました。
若かりし頃(?)は毎年夏登山を愉しんだものでしたが、ここ5年は登山どころかたいした運動もせず、5年振りの登山は激しい筋肉痛とセットなのでした。

それでも久しぶりの登山は気分爽快で、変化に富んだ風景も美しく、改めて登山の愉しさに気づかされました。

標高1627.7mの栗駒山は岩手、宮城、秋田、山形の四県をまたいでいるコニーデ型の休火山で、休火山というと一寸の揺るぎすらない厳しい山を想像しますが、実際は自然の造形美に富んだ本当に美しい山でした。

早朝須川温泉からのぼり始め、道中可憐な高山植物や勇壮な渓谷を眺めながら、鬱蒼と生い茂るブナの原生林を抜けると、荒寥とした岩山の間から突如として広がるコバルトブルーのカルデラ湖。
天上に広がる空の青と眼下に広がる湖のコバルトブルー、その境目に横たわる紺青の峰々が水彩画のように溶け合い、しばらくの間、粛然と立ち尽くしてしまいました。

070926-staff-kasa.JPGやがて小一時間ほど尾根を登るとようやく山頂にたどり着きました。
山頂は風が心地よく吹いていて、汗ばんだ額をひんやりと風がなで、運動不足で悲鳴をあげている足腰を慰労するのでした。
晴天のおかげで、普段はめったに見られない「鳥海山」が広漠とひろがる雲海の中から神々しく顔をのぞかせ、その佇まいは我々人間に向かって有無を言わせぬ力がありました。

登山は山頂にたどり着いたときの爽快感が楽しみの一つですが、栗駒山については道中の自然美が本当に豊かで改めて登山の別の楽しみを教えてくれました。

中国に行くといつも思うのですが、日本の山々は厳しさの中にどこか懐の深さを感じさせます。
一方、中国の山々は本当に「厳しい」の一言です。それは一瞬の隙もなく、人間など決して寄せ付けてはくれない、立ち入らせまいとする居姿で、荒削りで孤高な感じがします。

また、日本語には草木や花など、自然についての名詞や形容詞がとても多いですが、中国語には花や草木に関する語彙があまり多くありません。中国人の友人に散歩の途中で見かけた草木の名前をたずねてもたいてい「わからない。」といわれますし、せっかく風雅に草花を鑑賞しているのに、その植物が食べられるか食べられないかをご丁寧に教えてくれたりします。
もちろん、中国にも古来から観賞用として牡丹や蓮の花などがありますが、それは一部の限られた人たちの趣味に留まっており、日本のように自然にありのままに咲いている花々を鑑賞するような習慣は恐らくないのではないかと思います。

それだけ日本人は自然と密接に生活をしていて、生活の中で自然の厳しさに畏敬の念を払い、また自然もそういう人間を受け入れる懐の深さがあり、そんな風に日本人と日本の自然はうまく共存してきたのだと思います。
都会ではこのように自然との密接さを感じることはないですが、東北地方などの田舎に行くと、家のつくりやちょっとした庭先に立てかけてある生活具などを見るにつけ、自然と密接に暮らしているのだな、という印象を受けます。

ちょうど今回訪れた頃は、一ノ関近辺の田んぼは黄金色の稲穂がずっしりと頭を地にもたげており、まさに刈り入れの季節でした。
10月中旬あたりに再び紅葉を観に栗駒山を訪れようと思います。
その頃は刈り入れも終わり、家々は冬支度を始めている頃かもしれません。


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2007年09月23日(日曜日)

小さな離島に咲いたコーヒーの白い花

070922kawag1.jpg三軒茶屋の美しいカフェ、マメヒコにて、離島からひとりの小柄な白髪の男性をお迎えして、徳之島コーヒーの会がおこなわれました。

徳之島は鹿児島のはるか南、奄美諸島に属する小さな島です。マメヒコに現れた白髪の男性、吉玉誠一さんは、20年前に大阪から徳之島に移住し、憧れだったコーヒー栽培をたったひとりで始めたのです。根づくかどうかもわからないコーヒーの木に毎日、心をこめて話しかけながら。強い潮風や激しい台風と闘いながら。

070922kawag4.jpg2003年のこと。 その吉玉さんの挑戦に感動し、私たちも応援させていただけたらと、コーヒーの苗木のオーナーになる企画を提案してくださったのがグラウベルのコーヒー焙煎人・狩野さん。東京カフェマニアでもこの情報を告知させていただき、夫と私は1本ずつコーヒーの苗木を買いもとめて、吉玉さんに徳之島で苗木を育てていただくというかたちでオーナーになったのでした。

それ以来毎年1度、苗木の生長のようすを報告し、わずかながら収穫できた徳之島コーヒーの貴重な豆を試飲する会が東京で開かれてきました。そして第5回目となる今年はじめて、遠い徳之島からわざわざ吉玉さんご本人がいらしてくださったのでした。

070922kawag5.jpgこの日、吉玉さんは島で撮影してきた苗木の写真を、オーナーひとりひとりに配ってくださいました。苗木の前の地面には、ちゃんとオーナーの名前を書いた札が。写真にうつった私の木には、やっと咲きました、という風情で小さな小さな白い花がついていました。

「花はジャスミンのようないい匂いがするんですよ」と吉玉さん。愉快そうな目をした、あたたかくいきいきとした撫薰フかたです。このひとに毎日大切に世話をしてもらっているなんて、私の苗木はなんと幸せなのでしょう。

070922kawag3.jpgやっと栽培がかたちになってきたとはいえ、風速50mの台風が珍しくない徳之島で、コーヒーは決して思うようには育っていないようです。まだまだ収穫できなくてオーナーの方々に申しわけないからと、吉玉さんは現在、新しいオーナーを募集することは考えていらっしゃらないようです。

でも、私たちオーナーからすれば、すでに吉玉さんから素晴らしいギフトをいただいてしまっているのですよね。それは遠く離れた島での素敵な挑戦に、ささやかながら参加できているという喜び。だれかを応援させていただけるという楽しみ。吉玉さんが丹精した、徳之島の土の結晶のようなコーヒーを、毎年ちょっと飲めるという嬉しさ。

農作物ですからコーヒーの味は毎年ちがうのですが、独特の透明感はつねに変わりません。来年の徳之島コーヒーはどんな味と香りをもっているでしょうか。嬉しいことに、吉玉さんの後継者も少しずつ現れているようです。

070922kawag2.jpgコーヒーに合わせてマメヒコのテーブルに並んだのは、優しいおいしさの煮豆のプレートとエスプレッャvリン。こちらもみんなの顔をほころばせていました。

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2007年09月19日(水曜日)

デパ地下でひとりごはん♪

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ワタクシ、デパ地下が大好き。
デパートに行って必ず立ち寄るのがデパ地下。
というか、デパ地下に行くためにデパートに行くことの方が多いかも。
デパ地下情報満載のデパ地下.comも愛読しています♪

最近はデパ地下にイートインできるお店も充実し、“ひとりごはん”にもピッタリ。

お腹が減ると、とたんに頭が働かなくなり、気分が悪くなるので、出がけにひとりでお店に入って食べるのは日常茶飯事です。スイーツ系は当たり前ですが、ラーメンでも寿司でも鰻でも一人でお店に入れる性質です。(それを友人に話すと、結豪チかれますが、珍しいですか?^^)

そんな私にとって、デパ地下イートインは買い物がけに食べられて、お手軽でとっても便利。

伊勢丹新宿のB1F「キッチンステージ」では、カウンター席で著名な料理人が目の前で調理してくれて、それをいただくことができます。(2週に一度ほどお店が変わります)
渋谷の東急フードショーの「デモンストレーションキッチン」(2週に一度ほどお店が変わります)も、毎回楽しみですし、日本橋三越の「シェフズ&スペシャリティ ダイニング」では、オムライスで有名な『たいめいけん』などが入っています。

さらに!9月14日には、プランタン銀座のデパ地下が大幅にリニューアルして、イートインのお店もできました。もちろんスイーツも充実の品ぞろえ。詳しくは記事に書きました。(写真は、プランタン銀座のデパ地下で長蛇の列ができるほど人気の“焼きドーナツ”)

これからもデパ地下通いは続きそうです♪

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2007年09月18日(火曜日)

いざ、食欲の秋へ

月心居年に何回か友人と開催している会があります。
くいしんぼう3人が集まって、
近況報告を兼ねて気になっているレストランを食べ歩く会。

秋の味覚第1回目は表参道ヒルズの裏手にある「月心居」という精進料理のお店に行きました。
静かな住宅街にあるお店は、表通りの華やかな雰囲気とは異なり、その一角だけまるで京都。凛とした空気をかもし出しながらたたずんでいます。

こちらの店主は滋賀県大津市の月心寺で修行なさったそうで、
こじんまりとしたお座敷に正座をして食べるスタイルや
手作りの優しい器で出されるお料理、カウンター越しからみえる調理場(まさに台所!)など、
ひとつひとつにこだわりがあり、お寺に精進料理を食べに来ているようなのです。

お料理は全部で8品。

ごまどうふ、
甘く煮た栗と銀杏のごはん、
ピューレ状のトマトが入った冷たい赤だしのお味噌汁、
松茸の焼いたもの、
梨の餡がかかったお野菜の春巻きにみず玉という山菜、

見た目に派手さではありませんが、旬の味覚がいっぱいに詰った、じんわりと身体にしみ込んでくる美味しいお料理です。日頃不摂生している体をリセットするには一番だなぁとしみじみ感じながらしっかりといただきました。

そして最後にその日いただいたお野菜が書かれたお品書きのようなものをいただいたのですが、
30種以上書かれたお野菜をずいぶん食べたなぁと眺めると同時に読めない漢字がちらほら。

黄蜀葵・蕃茄・独活・・・

みなさまは読めるでしょうか。

わたしは漢字リベンジと称してまた行くつもりです。

そうそう、アイネストでも自宅でできるプチ精進料理に似合いそうな器が入荷しました。
優しいムードの器「リネン」

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2007年09月15日(土曜日)

8×6

1日半のうちに、たて続けにふりかかった「蜂」のお話です。

発端は、友人がmixiに書いた日記でした。部屋に蜂が入ってきて、30分ものあいだ、蜂に出ていってもらうために格闘したと。殺虫剤を使えば簡単だったのかもしれませんが、生きているものの命をむざむざ奪いたくないという友人の気持ちは、とてもよくわかります。

同じ場面になったら私もそうするだろうな、と考えていたその夜、なんと同じ状況に! いったいどこから入ってきたのか、1匹の蜂が天井の灯のまわりで大きな羽音をたてています。蜂は花の蜜めがけて飛ぶのではないの? どうして灯にぶつかっているの? とあせりましたが、とにかく一刻も早く退出していただきたい。

解決は意外にスムーズでした。懐中電灯をベランダに置き、部屋のあかりを消して真っ暗にして1分ほど部屋の外で待っていたところ、すんなり出ていってくれたようです。やれやれ。

しかしこの夜、蜂のシンクロニシティはまだ続きました。夫がTSUTAYAに行って「ロードショーを観逃したから、この映画を観ようよ」といってレンタルしてきたDVDは『ナイロビの蜂』!

070914kawag.jpgそして翌朝、品川のDEAN&DELUCAのカフェで、新創刊するフリーペーパーの編集長とカフェページの打ち合わせをしていたところ、編集長が「創刊号には銀座の屋上で飼われている蜜蜂の記事も入れますよ」とおっしゃって、養蜂のお話を始めるではありませんか!

この蜂続きはいったいなんなんでしょう。首をかしげつつ、駅のホームで「R25」を手にとったら、そこには世界中のあちこちで蜂の大群が姿を消している怪現象の記事が! 蜂のシンクロニシティ、5連発です。いったい宇宙は私になにを言おうとしているのでしょうか?

それなら、と私が出した結論は「はちみつを食べる」。パンケーキを焼いて、ふだんはメープルシロップ派なのですが、たっぷりのはちみつをかけていただきました。こういう卑近な結末でいいのかしらと疑問は残りましたが、おいしさに変わりはありません。

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2007年09月12日(水曜日)

変わり続ける銀座

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友人とロサンゼルスを舞台にしたキュートな映画「恋とスフレと娘とわたし」を観た後、ホテル西洋銀座へ…。

というのもホテル西洋銀座では、この映画にちなんで「ママとわたしの休日 スフレデザートセット」がいただけます。(映画の半券をもっていくと10%OFFですよ。)

バニラ風味の優しい香りのスフレにバターがトッピング。チョコレートの濃厚なアイスクリームが別に添えられてきます。映画では、チョコレートスフレでしたが、バターケーキが何度も登場してきたので、バターケーキも食べたくなります。

ホテル西洋銀座のこの老舗な雰囲気も大好き。次々と新しいホテルや、ビルがオープンしますが、変わらない銀座の良さもあります。

9月1日にはザ・ペニンシュラ東京マロニエゲートがOPENし、10月には丸井がテナントにはいる「有楽町イトシア」がOPEN。ブランドビルも次々にできて、銀座・日比谷界隈がどんどん変わっていきます。

新しいものができるのは楽しいけれど、なんとなく寂しい。マロニエゲートの前にあった、カフェ・ボン・サンクの建築物も素敵だったので取り壊された時は、寂しかった・・。

今と昔の銀座の違いを両親に聞いたところ・・・
「銀座四丁目近辺に、地球儀型の森永の広告塔があって、それが子供心に印象的だったな。」という父。
「銀座には川が流れていて、渡し船があったのよ。」という母。

数寄屋橋交差点は“橋”だけに、川が流れていたそうです。「君の名は」で主人公が待ち合せした橋は、数寄屋橋らしい。ちなみに川とも言われていたけれど江戸城の外濠だったそうです。
川があった場所は、今NISHI GINZAデパート+高速道路になっています。

し、知らなかったー。(知らなかったのはワタシだけ?)

数寄屋橋に川が流れていた頃の写真

路面電車も走っていたそうですよ。
銀座が変わるのは今はじまったことではなく、ずっと変わり続けているんですね。

昭和初期の興味深い写真はコチラのページで紹介されています。

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2007年09月10日(月曜日)

夏の締めくくりは・・・

70910-staff-yosi-3.jpg9月に入り、台風も過ぎ去ったところでようやく涼しくなるのだろう、と高をくくっていましたが、どうやら今年の暑さはしつこいようです。
厳しい残暑が続きますが、皆様は夏バテなどしていませんか??


私は個人的に夏が大好きなので、季節が終わってしまうのがちょっと寂しかったりします。

振り返ってみると、今年も充実した夏でした。野外の音楽フェスティバルへ行ったり、祖父母の家に遊びに行ったり、星を見に夜の海に行ったり・・・。小学生並みにやんちゃに夏を楽しんだ気がします。

暑さで流れる汗と格闘して過ごしてきた日々もそろそろ終わりかぁー、としんみりして過ごしていた今週末。
日曜日の朝「わっしょい!わっしょい!」の掛け声で起こされました。
ご近所である大鳥神社(東京都目黒区)のお祭りでした。
ベランダから身を乗り出してみると、お神輿がゆっくりと、威勢のよい掛け声とともに道を進んでゆきます。
そう、まだ夏は終わってない!!のです。

その同じ日、用があって恵比寿へ。
なんと偶然にも、恵比寿でも神輿と遭遇!
半被・ふんどし姿のおじさまたち、若い男女、そして子供までもが神輿を担ぎ、皆さんいい汗かいてました。
都会のど真ん中でまさかお神輿が見られるなんて、不思議な感覚です。

小太鼓、笛、神輿の3つが揃うと、なぜ胸がわくわく、そわそわするのでしょう。
夏の締めくくりにふさわしいイベントに偶然にも遭遇できて、楽しい想い出がまた増えました。


*写真上は、目黒大鳥神社近くで撮影した神輿/下は恵比寿駅前で。

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2007年09月09日(日曜日)

不運な一日の天使

どんなにイヤな一日にだって、かならずひとり天使がいる。

心を両手でつかまれるような言葉に、曽我部恵一のエッセイで出会いました。曽我部恵一はその言葉を中島らもから聞いた大事な話として書いていますが、やはりこの言葉に大きく心を動かされたのでしょう。

「その天使がすべてから自分を救い出してくれる。
それはスーパーにいるおばちゃんかもしれないし、
バギーに乗った赤ちゃんかもしれない。
『その日の天使』」

070909kawag.jpg中島らもは52年の生涯のかなりの期間を、アルコールや薬の依存症、躁鬱病に苦しみながら過ごしました。
人生の耐えがたいほどの苦みをよく知っている彼が「どんなにイヤな一日にだって、かならずひとり天使がいる」と語る姿を想像すると、人間の心の愚かしい弱さと、それでも最後まで残っている輝くような強さとを、同時に感じずにはいられません。
中島らも自身、この言葉をどれほど心の支えにしてきたのでしょう。

天使はただ、大粒の通り雨をやり過ごそうと入ったカフェで「濡れませんでしたか」と、スタッフがなにげなくかけてくれた言葉かもしれないし、電車の中で透明なよだれをたらしながら、無心に笑ってこちらを見つめていた赤ちゃんのまなざしかもしれません。

自分で目をふさぎ、耳をふさいでしまわなければ、どんなにぱっとしない一日、いやなことだけの一日にも、世界のあたたかさに触れられる瞬間はあるようです。その瞬間に気づく力さえ失わなければ。

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