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2007年11月30日(金曜日)

樹のような人に聞いた、樹の気の話

肩こり解消のため、鍼の先生にお世話になりました。よく知られているクラシックギタリストも、突然手が動かなくなる危機に見舞われた際に訪れたという治療室です。

鍼を打ち終えたあと、先生はあおむけに寝た私の後頭部に両手をあてて尋ねました。
「いま、テンとつなぎますからね、待っててください。なにか感じますか?」
「……いいえ、感じません。点をつなぐというのは、ツボとツボを結ぶということですか?」
「いやいや、空の“天”の気とつなぐんですよ。まだつながっていませんから、感じないでしょうね」
「なにが、天の気とつながるのですか?!」

先生によれば、天のエネルギーと先生とを見えないパイプでつなげて、天の“気”を私の身体に流し込むのだそうです。つながるには空で輝くエネルギー、たとえば太陽をイメージすればいいのですって。その瞬間、先生は頭頂部にぴりぴりっとした微弱電流のようなものを感じるので、「いま、つながった」とわかるのだとか。

横たわったまま目を閉じていたら、私の頭のてっぺんから首、鎖骨にかけて、1本の太い芯のようなものがまっすぐに打ち込まれたイメージがふっと浮かんできました。

そんな時間のあいだに先生が話してくれたのは、樹木というものの偉大さ。若い樹はまだエネルギーが弱いけれど、百年以上の歳月を生きてきた古木は素晴らしいエネルギーに満ちて、魂のようなものを持つ存在になっているといいます。

071130kawag.jpg「樹齢百年を超えた樹の下に立って“気”でつながれば、会話を交わすこともできるんですよ」
「樹が、言葉を伝えてくるのですか?」
「いや、伝わってくるのは純粋なエネルギーそのものです。それを受け取る人間の脳が、自分が理解できる言葉に翻訳するんでしょうね」
「樹はどんなことを言うんでしょう」
「素晴らしいですよ。彼らはその土地を守り、幸福にするために尽くしている存在です。自分はなにも求めない。大地やまわりの生きものに豊かな自然のエネルギーを分け与えるために、じっと動かずにその場所で生きつづけている、というのが伝わってくるんです」

先生が住んでいる町の駅前には150歳のクスノキが繁っていて、先生の気持ちがあまりにもそのクスノキに同化しているため、家族には「死んだらあの樹の根もとに埋めてほしい」と頼んでいるのですって。

長身痩躯で優しい風貌をした先生。白い簡易ベッドから起きあがって先生の顔を眺めたら、たしかにその姿が1本の樹木めいて見えてきました!

(写真は沖縄の濃い緑につつまれた、素晴らしい自家製天然酵母のパンをつくっている宗像堂ベーカリー。中庭が小さなカフェになっていて、買ったパンを食べることができます。このお店もみずみずしい樹々のふところで守られているのですね)

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2007年11月28日(水曜日)

みかん狩り

2007_1124_105748.jpg天気に恵まれた三連休、20名くらいで一泊二日で伊豆熱川温泉に行ってきました。

毎年ぞろぞろ旅行に行くのも今年で8回目。(私は途中参加していませんが。)企画力のあるメンバーに毎回感謝しています。10周年企画もあるようなので楽しみ♪

旅行2日目の午前中、みかん狩りに行ってきました。

海が臨める山にみかんの木があり、そこで好きなだけみかんを取っていただくことができます♪

こりゃ楽しい!

「大きいのが美味しいのかな?小さいのが美味しいのかな?」

「この木と、あっちの木どっちが美味しい?」

「陽のあたる場所になっているミカンの方が美味しいに違いない。」

「土からの養分を早く吸い上げた、下の方になっているミカンがおいしいはずだ!」

と、訳の分からないウンチクを言い合い、みかん評論家にでもなった気分で、皆でみかんを分け合って味見していました。(そんな人は、うちのグループだけでしたが・・・)

結果、木によって味が違うことも分かったのですが、「小さめのミカンの方が、ちょっと酸っぱいけれど香りがあって美味しい!」ということに。
大きなミカンは甘いこともあるんですが、大味だし薄皮が分厚くて食べにくいんです。
食に詳しい友人も「果物でも野菜でも成長期の方が味が濃いよね」と教えてくれました。

スーパーで安いのは、どちらかというと小さなミカンがたくさん入っている方。
なので今までお得感があるから小さめのミカンを買っていることもあったのですが、これから堂々と小さなミカンを買おうと思います♪

(まぁ、今回のみかん狩りに限ってかもしれませんけどね。)

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2007年11月27日(火曜日)

渋谷の音の風景

071127kawag.jpg渋谷駅の改札口を出てハチ公前の交差点に立つとき、生理的な嫌悪感で鳥肌が立ってしまうことがありませんか。

理由は、複数のビルの巨大スクリーンが、てんでに大音量でひどい音質の音楽を強制的に聴かせるから。
無意味な音と音とが頭上でぶつかり合い、神経をいらだたせる騒音のスプレーと化します。耳が拷問されているように感じて、思わず両手で耳をおおってしまいます。いったいあのスクリーンは、誰にむけて、なにを訴えたいのでしょうか?

耳に飛び込んでくる音に注意を払いながら街を歩くと、目が見ている風景とはまた違った街の風景が浮かんできます。
たとえば、目がショーウィンドーに美しくディスプレイされたブランドの新作バッグを捉えているとき、耳に入ってくるのは2軒隣のドラッグストアの店頭の呼びかけの声と、だれかの携帯電話が鳴る音だったりします。

聴覚による渋谷の地図を書いてみること。私のささやかな計画のひとつです。

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2007年11月26日(月曜日)

フリッコ@スロー展

料理家 宮川順子さんみなさま、こんにちは。先日お伝えしました、11月15日(木)・18日(日)のガストロノミプレゼンツ「スローフードの楽しみ方」トークイベントが無事に終了いたしました。定員先着30名様のところ、立ち見の方まででるほどの大盛況。お忙しい中、わざわざいらしていただいたみなさま、このイベントにご興味をお持ちくださったみなさまに、この場を借りてお礼を申し上げます。

 アンケートの結果を見ると、講師の宮川順子さんのお話に感銘を受けたという感想が圧倒的に多かったようです。 先生のお話は「現代の食事情の安全性や問題点」という広い視点から、「では、何をどのように食べればよいのか」という実生活に密着した内容に落としこまれたものでした。「スローフード」というと、様々な意味があり、少々難しく聞こえますが、私たちがすぐに実践できることをまとめると次のようになりそうです。

スロー展【1】 まずは、朝ごはんからしっかり食べること
【2】 家族や友人と、話をしながら時間をかけて楽しく食べること
【3】 できるだけ、手作りの料理を食べること
【4】 調味料や食材は、近場の安全で安心のものを選ぶこと

どうでしょうか?このくらいなら、今の生活にも取り入れられそうですよね?私も、今まで以上に意識をしてみようと思っています。


さてこの日、イベントの途中にガストロノミア グリルパン17cmを使って先生の手作り「フリッコ」の試食を行いました。(使用したオリーブオイルは、以前このブログでもご紹介させていただいた、ブオーノ・イタリアさんにご協賛いただいたもの!)フリッコとは、イタリア北部の郷土料理です。とっても簡単なのですが、パルミジャーノ・レッジャーノの旨みとジャガイモの甘さがマッチしておいしい!!私はこのイベント終了後にも、2回ほど自宅で作って食べました。ワインにも合うので、ぜひお試しくださいね。(下記レシピは、宮川順子さんよりご提供いただきました。)

■ フリッコ ■(15cm円形3枚分)

【材料】
* ジャガイモ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4~5個
* パルミジャ-ノ・レッジャ-ノ‥‥100g
* オリ-ブオイル‥‥‥‥‥‥‥‥‥適量
* 塩・コショウ

フリッコ【作り方】
1.ジャガイモはできるだけ極薄のせん切り(スライサ-を使えば簡単)にして水にさらす。 チ-ズはブロックであれば摩り下ろしておく。
2. ジャガイモの水気をペ-パ-タオルなどでよく拭き、チ-ズと混ぜる。
3.むら無くよく混ざったら、テフロンのフライパン(もちろんガストロノミア グリルパンでOK!!)にオリ-ブ油を熱し、 平らにしながら、焦がさないように弱火でじっくり焼く。
4.底面が薄いきつね色になったら裏返し、裏にも焼き色がついたら、お好みで、軽く塩・コショウし皿に盛る。

※写真は、初めてフリッコを作ったときの写真です。待ちきれず、完全に焼ける前にひっくり返してしまったのですが、本当はおせんべいのようにパリパリになるまではひっくり返さないほうが良いようです。ご注意ください。もちろん、これはこれで「イタリア風もんじゃ焼き」のようでおいしかったです。


秋は、おいしいものがたくさん出回る季節。大切な家族や仲間と、おいしい食材に感謝して、皆さんなりの「スローフード」を実践してみてくださいね。


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2007年11月21日(水曜日)

食の本も色々

20071121.jpg「ミシュラン東京2008」の発売、いよいよ明日ですね。
既に発浮ウれていますがの3ッ星店は…

レストラン カンテサンス(フレンチ)、レストラン ロオジエ(フレンチ)、シャトーレストラン ジョエル・ロブション(フレンチ)、神田(日本料理)、濱田家(日本料理)、小・日本料理)、すきやばし次郎(すし)、鮨 水谷(すし)です。

一つ星、二つ星のレストランを見て、うむむぅ。

私が大ファンの三田にあるフレンチ「コートドール」が、まったく星なしとは残念!事前奄ナはコートドールは三ツ星確定とも言われていたんですけどね。

☆の数は分からないけど、かならず☆は取ると思っていたのもあり、義父の誕生日祝いに「コートドール」の予約をしたところでした。ミシュランで☆がつくと蘭ェ取れなくなりますからね。(実際、3つ星レストランの蘭d話が殺到しているようです。)

「レストラン カンテサンス」はランチとディナーを、「レストラン ロオジエ」と、「シャトーレストラン ジョエル・ロブション」はランチだけ食べたことがあるけれど…コートドールだって引けはとらないはず。
(あ、もちろん自腹ですよ。)

「でもコートドールは1年半ほど前に食事したから、その間で味やサービスが変わっちゃったのかな?」
…なんて、一瞬思いがよぎるのが、ミシュランの怖いところ。

ミシュランの星の数が減ったことでフランスではシェフの自殺者が出てしまったくらい、大きな影響がありますから。
食事の嗜好は人それぞれですから、自分が美味しいと思ったものを楽しみたいですね。

話は変わって、先日ガストロノミア プレゼンツ「気軽に楽しむ スローフード」にお伺いしました。講師はお知り合いでもある料理家 宮川順子先生。体に優しい食に対する知識がとっても豊富な方です。私も大ファン♪

先生曰く・・

工業製品の食品をつかわず、手作りをすること。
有機無農薬また近隣でとれたての野菜を使用すること。
サラダ油ではなく、油の原料が明確なものを使用すること。

などなどなど。
体の基本になる食についての大切さを学びました。

また宮川先生がお薦めする「食卓の向こう側」も購入し読ませていただきました。西日本新聞で、「食」と「くらし」をじっくり見直そうという、長期連載をまとめたものです。
今の時代大切なのは、もしかするとミシュランより、こうした食の問題を考える本なのでしょう。

一番大切なのは血となり骨となる日頃の食事だとしみじみ思います。
特別な日以外には☆付レストランで食べられませんから・・・^^;

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2007年11月20日(火曜日)

コミュニケーションツール

081119_staff_kasa.jpg冬になると「鍋パーティー」をする定番の仲間達がいます。
木枯らしが吹く頃、誰彼となく「そろそろ鍋をしよう!」という知らせが入ります。
学生の頃からいつも集まっては鍋をしてきました。

当時はみな若かったので、一人暮らしの人の家にしょっちゅう集まっては「テツ鍋」をしていました。
「テツ鍋」とは?
「鉄鍋」ではないです。
「徹鍋」です。

そう、「徹夜鍋」=「徹夜で鍋をしつづけること」です。

若い頃というのは「時間はあるけど金はない」が鉄則で、私達もそんな若者達の例にもれずお金があまりありませんでした。昔の苦学生ほどではなかったけれど、みんな若気の至りで無計画にお金を使ってしまうので、結果的にお金がないことが多かったのです。

安い近所の八百屋さんで白菜はもちろん、にんじんやじゃがいもといった通常鍋の具材にはなりにくい材料まで安く購入し、お肉はいつも豚バラでした。豚バラとじゃがいもは安くて腹持ちが良いのです!

お金はないのに時間だけは豊富にあるものだから、具材がある限り鍋は延々と続きます。
授業が終わった夕方5:00くらいから鍋は始まり、入れ替わり立ち代りいろいろな人間が具材持参で参加しては去って行き、翌朝の1時限目の授業開始ギリギリまで鍋はつづきます。

味もずっと同じだと飽きてしまうので、最初は「水炊き」、次に「味噌鍋」、そして最後は「キムチ鍋」です。それが何ラウンドも繰り返されます。


先日もその鍋仲間達からお声がかかり集合となりました。
今回のお題は「タイスキ」です。仲間達の中にタイで仕事をしている人がいて、ちょうど日本に一時帰国していたのです。「本場のタイスキを教えてあげよう!」と意気込む友人。本場でしか入手できない秘伝のチリメ[スを持参して帰国してきたくらいです。

タイスキというと、タイでも有名な「コカレストラン」のタイスキぐらいしか知らなかったのですが、友人が教えてくれたレシピは以前食べたそれとは全く違っていましたが、とてもおいしかったです。

ベースのスープは鶏がらを何時間も煮込んでこまめに灰汁をとったので、さっぱりとした澄んだチキンスープに仕上がりました。
具材は鶏肉や野菜類をはじめ、魚の練り物も投入。
味のポイントはやはりタレ。友人が持参した秘伝のタレをベースに、後はお好みでパクチーの刻んだものや唐辛子、ニンニク、ライムなどで銘々が味付けします。人によって激辛になったりマイルドになったり。タレに鍋のスープを加えて食べるので味に深い奥行きが出ます。そしてちょっと飽きてきたらタレの配合を変えてみたりして、いろいろに楽しめます。

タイスキをつつきながら、友人のタイでの仕事ぶりや生活のこと、文化のことなんかを、ああでもない、こうでもない、と話し合います。
鍋が続く限りおしゃべりもまた延々と続くのです。しまいには、しゃべりたいから鍋を続けているのか、鍋の延長線上でしゃべっているのかわからなくなります。
鍋が目的なのか、おしゃべりが目的なのか・・・。

さすがに若いときのように「テツ鍋」は無理ですが、それでも鍋が始まると昔の頃のテンションにみんなが引き戻され、鍋をつつきながら身の上話やらよもやま話やらを始めるのです。

そしてさんざん食べて、さんざんおしゃべりした後、「いろいろあるけどさ、何はともあれお腹いっぱいで幸せだよねー」というのん気な感想を述べ合って解散。

結局私達にとって「鍋」というのは食事である以上に「コミュニケーションツール」なのではないでしょか。鍋を囲み、つつき合いながら、最近楽しかったこと、うれしかったこと、腹が立ったこと、悲しかったこと、、そんなことをとりとめもなくしゃべりつづけ、そしてまた鍋をつつく。
そしてふと気が付いたら「お腹いっぱいで幸せだなぁ・・」、でハッピーエンドに
鍋の集いは幕を閉じるのです。それは昔も今も変わりません。

昔とちょっと違うのは食べる量が減ったことと、健康についての話題が増えたことですかね。

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2007年11月18日(日曜日)

山あり谷あり…の途中

071118kawag.jpg4日間を沖縄で過ごして、さきほど東京に戻ってまいりました。ばたばたの更新で申しわけございません。

小さなレンタカーをよろよろと走らせて、沖縄のカフェを署伯ャ訪れました。京都や奈良には町屋を改装したカフェが多いように、沖縄には古い外人住宅を改造した、かの地ならではの空気感を持つカフェが増えていて、その洗練ぶりに驚かされます。

旅といえばストライクス・アンド・ガーターズ。旅をしているあいだは、ストライクで大喜び!なものに出会ったり、ガーターで無言……のできごとに出会ったりの連続です。

人生もストライクとガーターの連続ですが、伝統的な言い回しをすれば「人生山あり谷あり」ですよね。帰りの那覇空港のロビーで、ふと、のぼり坂をのぼっているときは苦しい、くだり坂を下りているときは楽なものだという考えが脳裏をかすめました。苦労をしている時期って、じつはのぼり坂の途中だったりするのかもしれませんね。

写真は那覇のメインストリートの歩行者天国で出会った子どもたち。シャボン玉を浴びて踊ったり、アスファルトの上にいっしんふらんに絵を描いたり。眺めているだけで、チョークを持つ手に伝わってくるアスファルトの固くごつごつした感触が甦ってきました。

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2007年11月14日(水曜日)

イヴ・チュリエス氏

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先日、イヴ・チュリエス氏を囲むお食事会にご招待いただきました。

実際お目にかかるとオーラのある方で、初対面の際はあまりに緊張して言葉がでなかったほどです。
そう、この方料理界、パティスリー界をはじめ、職人にとっては神様のようにあがめていらっしゃる、すごい方なんです。

イヴ・チュリエス氏のお店は、トゥールーズ近郊のコルド・シュー・ル・シエルという中世から歴史ある山間の町の4つ星ホテル「ル・グラン・エキュイエ」のオーナーシェフとして活躍されています、天皇皇后陛下も訪れたこともあり、美智子皇后陛下はチュリエス氏のショコラを気に入られたというエピソードもあります。

イヴ・チュリエス氏講習会も大盛況だったようですね(予定ェあり、行けずに残念!)。
この時、アシスタントをされたビゴの店の藤森シェフも下記のようにおっしゃっています。

「修業時代確か日本円で12万ぐらい したチュリエスの本三冊を 買った時の感激は今でも忘れません。その本人の前で仕事ができるなんて。最後ご本人の前でコメントした時は涙が出そうでした。まだボクしか商売をしてなかった頃。金蔵サン、稲村サン、土屋サン、柳サン、川口サン、たちと銀座のシェフが毎月集まってご飯を食べる会がありました。スゴイ。メンバーでしょ!その頃「この世界に入って一番最初に買った本は?」と質問したら、全員が「チュリエス」だったと記憶しております。」引用:藤森氏のブログより

日本のスイーツ界の大御所全員が最初に買った本が「チュリエス氏」なのですから、すごいことですよね。
フランス料理と製菓の技術、メ[スや調理法にいたるまで細かく説明された百科事典全12巻。フランスの食文化の歴史の中で、これほど幅広く細かく丁寧に編集されたものはないと言われています。

フランスのMOF(Meilleru Ouvrier de France)はご存じですか?
これは様々な職人技においてフランス国家が最高位と認めた賞になります。
1976年、MOF選考会ではイヴ・チュリエス氏が「パティスリーとトレトゥール部門」で一つのMOFを、そして「グラスとコンフィズリー」でもうひとつのMOFを合計2部門のMOFを受賞されました。これは前代未聞の栄誉ある出来事だったそうです。

MOFを取得される国家最高の職人であり、そして文章も書かれる技術も優れていらっしゃったのですね。

イヴ・チュリエス氏を囲む会で、編集者の方が「どうして文章を書かれるようになったのですか?」と伺ったところ・・・
「その頃、まだフランス料理の技術を一つにまとめた本がなかったので、本を作ることにより今の技術を後世に伝えたいから。」とおっしゃっていました。

また、チュリエス氏から同席した方々に対し「ボンボンショコラはどんな時に召し上がりますか?」という質問がありました。

「食事のコースは、文章のようなもの。アミューズから始まり、最後はボンボンショコラで終わります。そう、ボンボン・ショコラは文章を締めくくるポワン“.”と同じ意味なんですよ。」とチュリエス氏は、語ってくれました。なんとも美しい表現ですよね。

また「フランス人のチョコレートの消費量は板状のチョコレートが85%、残りの15%がボンボンショコラと言われています。これはフランス人は友人同士で分け合うという習慣があり、板チョコレートなら割って皆で分けられるでしょう?だから、フランスでは板チョコレートが主流なのです。」とチュリエス氏が教えてくれました。

そしてさらに毎回 チュリエス氏の来日時に広報、およびコーディネートを担当されている、内坂芳美さんより説明がありました。
「フランス語の“COPAIN”は“仲間”という意味。これは仲間同士でPAIN(パン)を分け合うことから来ているんですよ。」
と教えてくださいました。

お話を伺えば伺うほど、イヴ・チュリエス氏の魅力に引き付けられます。

2008バレンタインシーズンには、日本全国のデパートで「レ・グラン」ブランドの9人のMOFのショコラティエのひとりとしてアメ[トボックスの中でチュリエス氏のショコラも楽しめます。

昨年もこの「レ・グラン」のショコラを購入しましたが、美しいキラキラしたジュエリーボックスが印象的。そして何よりMOFのショコラが1つのBOXに集結し、少しずつ色々楽しめるですから今年も購入しないと!
一粒ずつショコラティエの味わいの違いを楽しむことができますよ。

今年のバレンタインデーもチョコレートづくしの毎日が続きそうです。
でも、決してボンボンショコラをバクバク食べるのではなく、チュリエス氏が教えてくださった「まるで文章の締めくくりの“ポワン”のような食後の一粒」として楽しみたいと思います。

*写真上 イヴ・チュリエス氏
*写真下 ブノワでいただいたショコラのデザート(イヴ・チュリエス氏にお出しするのにきっと緊張されたことでしょうね。)

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2007年11月12日(月曜日)

いのちの食べかた

ぶたさん、うしさん公開前から気になっていた映画を観にいってきました。

「いのちの食べかた」という映画です。

わたしたちが毎日頂く野菜、肉、魚などがどのように生産され、
どのように食卓に並ぶかを追っているドキュメンタリーです。

ナレーションも音楽も解説も一切なく、野菜や牛、豚、鮭などの工場、機械の音と従業員が働く姿が実に淡々と描かれています。

ニコラス・ゲイハルター監督が「自分なりの受止め方をしてほしい」と語っているように、余計なものは排除された作品です。

ベルトコンベヤー式に生き物が作られ管理され、市場に並ぶ。
時に残酷と思えるような映像も出てきます。

でもその恩恵にあずかっているのはわたしたち。
反対に、求めたからこそできた状況ともいえます。

そうでなければ、牛が食べたいと思ったら命がけで狩に出なければいけませんね。(苦笑)

パック詰めされた野菜や肉、レストランやファーストフードで出されるお料理など
クリーンなものだけを見るのではなく、その過程を知ることが大事なのだと思いました。

後は見た人それぞれにおまかせ・・
好みは分れると思いますが、見て損の無い映画だと思います。

さて、映画を観て自宅へ帰ってから、
食器にもなるオーブンウェアで、野菜とお肉のオーブン焼きを作りました。
感謝し、きっちり残さず食べること。これが元気の源になるんですものね。

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2007年11月10日(土曜日)

プラチナ色のミストをまく人

071110kawag.jpg人間はそれぞれ独特の空気を身にまとっているもの。まれに、全身をとりまく空気がとても強いと感じさせるひとに出会うことがあります。そばに近づいていくと、そのひとの空気と、私の空気の境界が触れあうときに、「ごつん」と固い音がするような気がします。

先日初めて、その反対の体験をしました。いつのまにか相手の空気に柔らかく包みこまれている、という感覚。包みこみ方があまりにも自然なので、そのひとと別れてからやっと、今までミストサウナのような繊細で気持ちのいい霧に包まれていたのだと気がついたのです。

そのひとがクリスタルボウルで音楽を奏でたりする姿からは想像もできませんが、ご本人によれば「前職は快楽追求系雑誌のライターでした」とのこと。しかし、いつのまにかライターの仕事とは縁が切れ、引き寄せられるようにして現在の生活に落ちついたようです。

じつは自分自身について正確に話すことが苦手な私ですが、そのひとと会話を交わしていると、苦もなく正直な言葉が出てきます。そして別れてから、彼の全身から光のように細かく降り注ぐミストに、しっとりと包まれていたのだと気がつきました。目を閉じて思い返すと、精妙なミストにはプラチナ色に輝く粒子が混じっていたように感じられました。

そういえば、かつて気功の先生が教えてくれたことのひとつに、気のエネルギーの「質」の違いがありましたっけ。先生が手のひらをこちらに向けるたびに、私の両手や両脚は電流が流れたようなびりびりした感じを受け取るのですが、「もっと馴れてくると、あまり感じなくなりますよ」と先生はおっしゃるのです。それは逆ではないでしょうか? 馴れるほど敏感になって、たくさんのことを知覚するようになるのでは?

「肉体に作用する<気>は、大きく粗く振動するヴァイヴレーションなのでわかりやすいのですが、精神に作用する<気>はもっと繊細に振動しています。<気>の質が玄妙になればなるほど、受け取っても感知しにくいんですよ」

先生の言葉が本当だとするなら、初心者の私は、先生が同時に発していたさまざまな種類のエネルギーの中で、肉体に作用するものに反応していたんですね。体験して初めて、ああそうだったのかと腑に落ちることのなんと多いことでしょう!

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