足のかたちになる靴の物語
谷中に「そのみつ」というオーダーメイドの靴屋さんのアトリエがあります。こじんまりした店高ヲですが、気鋭の若手職人が成功させたショップとして全国に名を知られ、人気を集めています。
今年の春、偶然にそのアトリエの前を通りかかり、革の色彩の微妙な濃淡や、シンプルかつチャーミングなデザインに心惹かれ、オーダーすることにしました。
代金は靴の基本料+その人の足型にぴったり合わせるための細かな作業の工賃。私の場合は合計で5万円とちょっとでした。いささか手間のかかる足なのです。
左足と右足のサイズがほんの少し違うので、ふつうの靴屋さんで左足に合わせて靴選びをするときは23.5cm、右足で選ぶなら24cm。たいてい24cmを選びますから、いつも左足が微妙に靴の中で遊んでしまいます。オーダーメイドの靴なら、そんな問題もきれいに解消してくれるはず。
「そのみつ」では、まず店頭で時間をかけて靴のデザインと革を選択しました。選んだのは、足の甲がきれいに見える右下の写真のデザイン。色は深いグリーンで作っていただきたかったのですが、ちょうどその革が終了したところだったので、珍しい、春の空のようなスモーキーなブルーを選びました。
あとは驚くほど細かな採寸が待っています。椅子に腰かけた状態で、両足のありとあらゆる部分の寸法を測ったら、次に立ち上がった状態で再びありとあらゆる寸法を測ります。座っているとき、立っているときでは、足の指やかかとへの力のかかり具合が違いますから、各サイズも微妙に変化するのですよね。
「仮縫いの状態まで仕上がったらご連絡させていただきます。申しわけないのですが、おそらく半年ほどお待ちいただくことになるかと」
すべてが丁寧な手仕事ですから、大量生産はできないのです。そうして、「仮縫いが出来上がりましたので、試し履きにいらしてください」という電話をいただいたのが12月のこと。クリスマス前にアトリエを訪れて、見ているだけで散歩に出かけたくなるような美しい靴を試し履きさせていただきました。
私のためだけに、たっぷり時間をかけて作られた、1足の空色の靴。その靴に足を入れると、職人さんは両手のひらと指を使って、つま先、甲、かかとの密着具合をきめ細かく確かめて、「ここが当たりませんか?」「ここは締まった感じがしますか?」と尋ねていきます。
甲の部分がちょうどぴったりすぎる、もう少しゆとりを持たせてもいいのでは?と錐垂キると、「うちの靴は浮燉も革で作っていますから、履いていただいているうちに、足のかたちになるんです。今の時点でここをゆるくしてしまうと、ちょっと履き慣れてきたときに、靴の中で足が前にすべってしまうと思うんですよね」とのこと。
ああ、そういえばそうなのです、ヒールの高い靴を履いたときの最大の悩みはその“前すべり”でした。
靴を履いて何往復か歩いてみて、甲の部分以外の微妙なサイズ調整を何箇所かおこなうことを決めたあと、空色の靴は再びアトリエに戻っていきました。
「お待たせするばかりで本当に申しわけありません……来年、1月20日に完成します」
というわけで、オーダーしてからほぼ10ヶ月のあいだ待つことになった靴ですが、待つのも楽しみのうち。そして、待つ時間が長ければ長いほど、大切にしようという気持ちが熟成されていくものです。
そのみつの革は履けば履くほど、落ち着いた深い色に変化していくのですって。しかも、そのかたちは私の足のかたちそのものになっているのですから、自分の足をいたわるように、まめに修理しながら愛用したいと思います。桜をめぐってぶらぶらと散歩できる季節が待たれます。








