日本橋「たいめいけん」とタコの謎
5,6年ぶりに日本橋の老舗洋食店、たいめいけんを訪れました。かつて私は日本橋からそう遠くない会社に勤務していたので、伊丹十三とのエピソードが残る「タンポポオムライス」も、芝海老オムライスも、昔ながらのプレーンなオムライスも食べたことがあったのですが、夫が「たいめいけんのラーメンを食べてみたい」と言い出したのです。
不思議なことに、ラーメンもたいめいけんの古くからの名物のひとつで、初代オーナーが現オーナーに「ラーメンは決してメニューから消してはいけない」と言い残したのだとか。
お店の正面入り口ではなく、通りを入った側に「麺」というシンプルな看板が出ていて、そこが立ち食いラーメンコーナー。もっとも、たいめいけんの中でつながっていて、テーブル席に座ってラーメンを注文することもできるのですが。
私たちは芝海老オムライスと、名物の50円コールスローと50円ボルシチを完食したあとで、デザートのようにしてラーメンをいただきました!
昔ながらの“東京ラーメン”とはこういう味だったのか、と新鮮な気持ちで楽しめるラーメン。澄んだスープのあと味が、とても甘いのです。
初代オーナー・茂出木心護さんの、いかにも江戸っ子らしい洒落と料理人話が楽しめる本『たいめいけん よもやま噺』を読んでおりましたら、「三日もラーメンを食べないともう恋しくて恋しくて……」と題したページに、このラーメンのスープのとりかたが語られていました。
豚のもも肉、豚骨、鶏ガラ、玉ネギ、ニンジンを使って、コトコトと5時間ほど煮るのですって。
同じページに、昭和3年の「泰明軒」(初代オーナーが奉公した、日本における洋食屋さんの草分け)のラーメンの恐ろしいエピソードが紹介されています。昭和3年当時は、麺を打つのに使う「かんすい」が高価だったので、安い十銭の洗濯ソーダを使っていたのだとか。結びの言葉がふるっています。
「今から思うとぞっとしますが、
それで何ともなかったんですから、
昔のかたは、心身ともにご丈夫だったと思っております」
さて、たいめいけんの建物には、もうひとつ「凧(たこ)の博物館」という小さな看板が出ていて、同じビルの5階に多数の江戸凧が展示されています。
たいめいけんと凧にどのような関係があるのだろうと思っていたら、この『たいめいけん よもやま噺』のなかで茂出木心護さんが自身の凧マニアぶりが語っていました。巴里(パリ)の凱旋門の上で凧をあげるのだといって、江戸凧持参でフランスへ!
そんなこともあって、茂出木さんは結婚式のスピーチを頼まれると、「亭主操縦のコツは凧あげの要領と同じ」などと披露したのですって。









