祈りの島、貝殻の聖水
ひとりで五島列島をのんびりと旅して、小さな古い教会の数々をめぐってきました。
旅のきっかけは、京都のひそやかな美しいカフェ、好日居の古い家具の上に並べておいてあった5つの小石。店主が五島列島で心ひかれて拾ってきたというその小石に、なぜか私も吸い寄せられてしまったのです。
五島列島は隠れキリシタンの島。甘やかなターコイズ色に輝く透明度の高い海からは想像もつかない、過酷なキリシタン弾圧の歴史を持つ土地です。
200年以上に渡る厳しい弾圧を受けてもなお、島の人々を信仰に向かわせたものはなんだったのか。質素な教会の扉をひとつ開くたびに、考えずにはいられませんでした。
島には牢獄のあとが残っており、そこでどんな拷問がおこなわれたのか、読むだけで具合が悪くなるような陰惨なものだったのです。
同じ島民のあいだでさえ、現在もカトリックの人々との間には見えない壁が残っているようで、小さな乗り合いタクシーでいっしょになった島のおばさんは、「これから五輪教会に行くの? わたしは50年ここに住んでいるけれど、一度も行ったことがないわ」と、ものめずらしそうに私の顔をのぞきこみました。
無人のひっそりした教会の内部を満たす空気は1軒ごとに違っていて、信者ではない私にもその個性が興味深く感じられました。清浄であたたかな気配に満ちた親しみやすい教会。外部からの闖入者を用心深くみつめ返すような教会。
かつて島々では、礼拝の時間が近づくと、ほら貝を吹き鳴らして人々に知らせていたそうです。現在も教会の柱には大きな巻き貝が置かれ、聖水入れとして使われていました。
島の祈りには、澄んだ海の貝殻たちが静かに寄り添ってきたのですね。








