叱ってくれる人
長い歴史を歩んできた珈琲店には、いつのまにか伝説ができあがっているものです。はたして事実なのかどうか、伝説の多くは、そのお店の周辺にいた人々が勝手に作りあげてしまったものなのかもしれないけれど。
「むかし、*珈琲店のカウンターはすごかったんだよ。お店もすごいけど、客もすごい人が多くてね」
これは古くからの珈琲ファンが時おり語る伝説です。
「珈琲の飲みかたを知らない奴は、お店の人からビシビシ注意されたし、マナーをわきまえない奴がいると、客が客を叱ったからね。だから僕なんか最初の頃は、おそれ多くてカウンターには座れなかったね」
そんな厳しいカウンター席には、私も怖くて座れそうもありません。でもきっとテーブル席で黙って珈琲を飲みながら、カウンターのやりとりに耳を澄ませて、たくさんの貴重なもの、他では決して知ることのできないものを学んだことでしょう。
近年では、お客さまは神さまになってしまったので、礼儀をわきまえない人を誰かが叱るという光景にはめったに出会わなくなりました。
家族でも友人でもない、その場に居合わせただけの他人に対して、相手の非をさとし、なにかをきちんと伝えるには、とてつもないエネルギーと真剣さが必要です。
ちゃんと叱ってもらえた人は幸せなのです。相手が本気で何かを伝えようとして時間を費やし、大変な努力を払ってくれたことに対して、そして大切なことを気づかせてくれたことに対して、あとから感謝の気持ちが湧いてくるかもしれません。
もし時が戻るのなら、往年の*珈琲店のカウンターに座って、一度はがっちり叱られてみたい。
そんなことを思うせいでしょうか、最近、それは少し違うのではないかしらと感じた誰かの言葉に対して、「私には違和感があります」と率直に言うことが増えてきました。
もしかしたらいずれ「意地悪ばあさん」と呼ばれる日が来るのかもしれません(笑)








