content_top.gif
2008年10月09日(木曜日)

知識のupdate:紅茶のゴールデンルール

東京カフェマニア主宰 川口葉子

081009kawag1.jpgある企画のナビゲーターとして、磯淵猛さんの紅茶専門店ディンブラまで足を伸ばして、インド紅茶旅行直前の磯淵さんにインタビューさせていただきました。紅茶をめぐる素敵なお話をたくさん聞かせていただいたのですが、ちょっとびっくりしたのは淹れ方のゴールデンルール。

有名な「紅茶のゴールデンルール」とは紅茶をおいしく淹れるための5つの基本原則のことで、ヴィクトリア王朝時代以来ずっと変わっていないらしいのですが、その中に「新鮮な水を完全に沸騰させたお湯を使う」という項目があります。

そのルールに忠実に、「お湯は思いっきりぐらぐらと沸騰させること」と、むかし教わった覚えがあり、そのまま知識を更新しないで今日まで来てしまったのですが、じつはそれでは紅茶がおいしくならないのですってね? 最近ではこちらのほうが常識でしょうか。

なぜなら、茶葉から香りや良い風味をひきだす大切な役割を果たしているのは、水の中に含まれている酸素で、この酸素、お湯の温度が90℃を越えはじめると、急速に失われていくのだそうです。完全に沸騰させてしまうと、もう酸素はあまり残っていないのですって。

それでは、ちょうどいい温度にお湯を沸かすにはどうすれば?という疑問に、岩淵さんは目で確認することを教えてくれました。やかんのお湯が沸きはじめたら、やかんのふたを取って目で状態を確かめるのです。

(1) 90℃を越えると、やかんの底の周辺から細かい泡がたちのぼる。
(2) 92~93℃になると、やかんの底の中央からも細かい泡がたちのぼる。
(3) 95℃を越えると、お湯の表面が小さく波打ちはじめる。
(4) 98℃に達すると、その波が大きくとがってくる。ここで火を止めて、すぐにあらかじめ茶葉を入れておいたポットに注ぐ。

081009kawag2.jpgポットにお湯を注ぐと、細かな泡をたくさん付けた茶葉が、お湯の表面に全部浮き上がってきます。この茶葉が自然に沈みきるのを待って、抽出完了。

さらに誰でもおいしく淹れられるコツは、とにかくたっぷりの量のお湯を沸かすことだそうです。飲む分量だけ沸かそうと思わずに、思いきって2リットルのお湯を沸かすと、それだけ酸素もたっぷりと含まれて、茶葉からおいしい成分がひきだせるのだそう。

酸素の量という点で、ミネラルウォーターは不合格。水道の蛇口から勢いよく流れ出てくる水をそのまま使うのがいちばんのようです。東京の多摩川水系の水はおいしいと言われていて、カルキの匂いもほとんど気にならないですよね。

私が小学生の頃に学校で習った人類の歴史や宇宙のなりたちなんて、もう何十年も前の歴史や科学の産物…つまり「20世紀の知識」で、現在の小学生たちが習っている21世紀の知識とは、かなり違ってしまっているのだろうなと、ふと思いました。

content_btm.gif content_top.gif
2008年10月03日(金曜日)

ジャン=ポール・エヴァン、聖夜のシンデレラ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

081003kawag1.jpg東京ミッドタウンのリッツカールトンホテルで、ジャン=ポール・エヴァンの美しい新作ショコラが披露されました。

冬から春にかけてはショコラにとって重要な季節。ノエル(クリスマス)やヴァレンタインデーが巡ってきますね。

2008~2009年のジャン=ポール・エヴァンのクリエーションのテーマは<INFLUENCES(アンフリュアンス)>、すなわち“影響”。
シネマ、旅、モード、そしてユーモアとデカラージュ(言葉遊び)にインスパイアされたショコラの数々は、いっそうアーティスティックな洗練を深めるとともに、思わずにっこりしてしまうような遊び心に溢れていました。

たとえば、「ビュシェット」と名付けられた棒付きショコラ。フランスでは劇場の幕間に棒付きのアイスクリーム・バーを楽しむそうで、そのかたちを一連のショコラケーキに取り入れたのです。優雅な風味とカジュアルなヴィジュアルのなんとも言えないコントラスト。

また、真っ赤な旅行鞄をかたどった「ビュッシュ ドゥ ヴォワヤージュ」のエレガントな洒落っ気には脱帽するばかり。鞄のなかみはショコラガナッシュと、甘酸っぱいフランボワーズのジュレと、香ばしいヘーゼルナッツのビスキュイ。

さらに、ホームメイドを意味する「ビュッシュ メゾン」をそのまま家のかたちにして表現したケーキは、上品なショコラノワールの三角屋根の下に、ショコラムースとショコラのヴィスキュイが詰まっています。

081003kawag2.jpg感嘆の声をあげてしまったのは、「シンデレラ」と題された聖夜のための優美なショコラ製パンプス! パンプスを飾る深紅のオーナメントボールもショコラで作られています。クリスマスシーズンに限定20個のみ販売、15,750円。
そのフォルムの完璧さ! ひとくち食べるだけで乙女もおばさまもシンデレラになれそうですが、フォルムを崩すにしのびなくて手をつけられないかもしれませんね。

来日したジャン=ポール・エヴァン氏自身が、これらの新作および新しくなったマカロンの説明をしてくれました。私はもともと小ぶりで繊細な彼のマカロンが大好きなのですけれど、いっそうの改良を加えてさらに進化したというのです。

バタークリームを加えてコクを増した「マカロンショコラ キャラメル」、オレンジフラワー風味のパッションガナッシュをはさんで、ココナッツをトッピングした「マカロンショコラ パッション」など、ひとつ手をのばすともう止められない誘惑! 

アールグレイの茶葉をトッピングして、ガナッシュからも繊細な生地からも高貴なベルガモットが香り立つような「マカロンショコラ ベルガモット」と、ビターチョコレートのガナッシュをサンドして、砕いたカカオ豆をトッピングした、もっともチョコレートを力強く感じる「マカロンショコラ アメール」が私のフェイヴァリットです。

ショコラ好きにとって危険な季節が、今年も訪れようとしています。

content_btm.gif content_top.gif
2008年09月27日(土曜日)

東京の空の下コーヒーは流れる

東京カフェマニア主宰 川口葉子

ご年配のかたほど、コーヒーにある種のロマンティックな想いを抱いていらっしゃるようです。コーヒーにまつわる思い出について、ある企画に寄せられたアンケートの回答を眺めているうちに、そんなことを思いました

まだ、コーヒーが贅沢なものだった時代を生きた女性は綴っています。
「あまりお金を持っていない学生時代に、財布とにらめっこしながら自分の出せる精いっぱいのお金で飲んだコーヒーは本当に今でも忘れられません」。

記憶に深く刻みこまれた一杯は、現在飲むことのできるどんな贅沢なコーヒーよりもかぐわしく、余韻に満ちた味わいなのでしょうね。

かつてはクラシックな手挽きのミルや、輝くサイフォンといった道具たちに憧れをかきたてられた人々も少なくなかったようです。いっぽうでは、こんな70代の男性もいらっしゃいました。
「正月には奮発してブルーマウンテンを一週間は淹れるのが我が家の永年の習慣!」

080927kawag.jpgこんな発言を聞いたら、「ちょっと待った!」とコーヒー好きの方々がいっせいに手を挙げて、かつての日本独自のブルーマウンテン崇拝をめぐる誤解をどうやって説明したものかと頭を悩ませるに違いないのですけれど、それでもやっぱり、なんだかいいなと感じてしまったのです。

清々しくあらたまった気持ちでお正月を迎える慣習と、日常のコーヒーにもハレとケの二面を持たせるという発想の楽しさ。季節と暦のリズムを暮らしの中に取り入れることに、コーヒーが一役買っているのですね。

コーヒー豆のクリスマスブレンドというのはあちこちのコーヒーショップで見かけますが、お正月の松の内というハレの7日間のためのコーヒーには、まだ出会ったことがありません。私ならどんなものを選んで、どんなふうに淹れるだろうと想像をめぐらせて楽しみました。

スターバックス1号店が銀座に誕生したのが1996年。東京育ちの現在の小学生なら、ものごころついたときには、みんながあたりまえにカプチーノを飲んでいたわけです。50年後に彼らが懐かしく思い出すコーヒーは、どんな姿をしているのでしょうか。

content_btm.gif content_top.gif
2008年09月19日(金曜日)

渋谷で最もカフェらしいカフェ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080919kawag.jpgマークシティと東急プラザを結ぶ猥雑な裏通りに建つ渋谷古書センター。コーヒーが飲める古書店Flying Booksは、その2階の窓に青色の看板をのぞかせています。

ビート・ジェネレーションの作家たちの本やアート系の書籍が美しく並ぶ店内の一角に、4つの黒いスツールが並ぶ小さなカウンターがあります。そこがカフェ。

注文できるのはコーヒーやミントラテなど飲みものだけですが、気鋭の若手オーナー山路和広さんに取材させていただいとき、そのカフェ魂が閃光のように輝くのを何度も目のあたりにしました。そして、渋谷で最もカフェらしいカフェはここかもしれないと、どきどきするような喜びを感じたのです。

高校生の頃から勉強はドトールでしていたという山路さん。昔ながらの珈琲店も愛用するとともに、1990年代半ば、表参道が瞬く間にフレンチ系カフェでいっぱいになった時代にはオープンカフェの魅力を満喫し、パリを旅すれば20~30年代文化を生み出した歴史的カフェや新しいカフェを訪ね、アメリカの有名無名のブックカフェを回っては人や本との多数の出会いを重ね……と、山路さんの「本とカフェをめぐる旅」の厚みとひろがりは素晴らしいのひとこと。

 「日頃、『本を読む=精神的な旅に出る』と考えています」 (山路さん)

“未来のための古本屋”であるFlying Booksには彼の豊かなバックグラウンドが存分に発揮され、ゲーリー・スナイダーを招いた(!)ポエトリー・リーディングをはじめ、刺激的なイベントが多数おこなわれてきました。この場所の尽きない魅力について、後日またAllAboutカフェで詳しくご紹介しますね。

Flying Booksで時間を過ごしたら、私の携帯電話にまで羽根が生えてしまったらしく、この直後にバッグからどこかへ旅立ったようです。今ごろビートニクスの聖地、シティライツ書店の上空を飛んでいるかもしれません…。

content_btm.gif content_top.gif
2008年09月12日(金曜日)

カフェは個人の幸福を考える場所である

東京カフェマニア主宰 川口葉子

『スペシャルティコーヒーの本』など多数のコーヒーにまつわる著作でも知られる珈琲工房ホリグチの堀口俊英さんと、ある企画で対談させていただく機会がありました。

コーヒー好きの人々には今さらご紹介するまでもありませんが、堀口さんは焙煎はもとより、各国のコーヒー農園に出向いて栽培指導をおこない、生豆の買いつけから、焙煎業者やカフェ開業希望者に対する指導、コーヒーの味わいを客観的に分析・評価する方法の研究にいたるまで、コーヒーという仕事のパイオニアとして長年にわたり活躍されてきました。

0809kawag.jpg対談のテーマは「ご自由に」と主催者。ふりかえってみれば、堀口さんからおうかがいしたお話は刺激的なオール・アバウト・コーヒー。

ワインを評価するものさしをコーヒーに持ち込んでも無効だというお話。しかし、コーヒーの栽培と流通はワインから学ぶべきだというお話。私たちはワインを選ぶとき、産地と農園と作り手と年度を確認しますものね。コーヒーもそうなるべきと堀口さんはおっしゃいます。

かつて、コーヒーのプロたちがみなコーヒーのおいしさについても流通のしくみについても主観的なものさしでしか把握できず、消費者のシンプルな「なぜ?」に答えることができなかった時代から、コーヒーをめぐる状況はこの数年で劇的に変化してきました。

その立役者のひとりが堀口さんですから、自分の頭とからだを使って道を切り拓いてきた体験に基づくお話が、刺激的でないわけがありません。どんなジャンルにせよ、先駆者の言葉にはなにかしら聞く人の心をかきたてるものがあるようです。

自家焙煎カフェやビーンズショップを開きたいと考える個人に、綿密な開業指導をおこなっている堀口さん。30年以上にわたる経験から、街を歩いていてコーヒー店に入ると、立地条件、席数、スタッフの数、メニューなどをぱっと見て、そのお店の売り上げがすぐにわかってしまうそうです。

もっとも共感したのは、次のような言葉でした。
「いま、個人店が企業の出す店と戦うのは本当に難しい。小さなピストルで戦車に立ち向かうようなものです。僕は開業指導を通して、その個人に火炎瓶を渡しているんですよ(笑)」

その比喩はいささかぶっそうですけれども、私が以前から考えていた「カフェとは個人の幸福を考える場所である」ということが、いっそう強化されたのを感じました。作り手にとっても、お客にとっても、カフェは個人が世界と向きあい、ささやかでも自分の足で歩いていくための空間なのです。

content_btm.gif content_top.gif
2008年09月05日(金曜日)

1/4の奇跡~本当のことだから

東京カフェマニア主宰 川口葉子

ドキュメンタリー映画『1/4の奇跡~本当のことだから』を観てきました。この日は上映前に入江富美子監督が壇上に立ち、映画づくりのプロセスを話してくださったのですが、それは映画そのものと同じくらいに感動を呼ぶストーリーでした。

080905kawag.jpg入江さんはある大晦日の夜、「周囲の人々に対して感謝のかけらも感じることのできない、だめな自分」をありのままにまるごと受け入れたとき、ごく自然に大きな感謝の気持ちが湧きおこってくるという体験をしました。

「感謝をしなければいけないと人から言われ続けてきたのですが、私にはどうしてもそれができませんでした。でも、そのときわかったんです。感謝はするものじゃなくて、自然に湧いてくるものなんですね」

魂からあふれ出る感謝に身をゆだねたとき、自分と周囲をへだてている境界さえも消えうせ、意識がひろがっていって宇宙とひとつになるというすばらしい体験が訪れたようです。そして、「自分の中の“ありがとう”が増えたとき、この宇宙全体の“ありがとう”の量が増えた」という確信を抱いた入江さんは、宇宙に感謝を増やす映画をつくろうと決意したのだそうです。

映画のテーマは養護学校の先生、山元加津子さんをめぐるドキュメンタリーにしよう、ということだけは直観的に決まっていました。とはいえ、入江さんは映画をつくった経験もなければ資金も人脈もなく、まったくのしろうと。なにもかもゼロから始めなければならなかったのです。

何から手をつければいいのかさえわからない状況の中で、入江さんの道を照らしたのは、恩師にあたる人物の「ミッション」という言葉だったそう。

「私はヴィジョンではなく、ミッションに従って生きようと決めたのです」
入江監督はそう語りました。

「ヴィジョンは自分で思い描くものだから、実現するには自分で力を出さなければなりません。でも、ミッションは天から与えられるものだから、自分の考えとは違う道を進まされることも、大変なことも多いけれど、天が力を与えてくれるよと、先生が教えてくれたのです」

たくさんの出会いと情熱に支えられて完成したドキュメンタリー映画『1/4の奇跡~本当のことだから』を、入江監督は”さずかりもの”と呼びました。その“さずかりもの”が上映されているスクリーンを見つめながら、私は涙が止まらなくなっていました。MS(多発性硬化症)という難病で亡くなった少女、笹田雪絵さんの綴った詩が、あまりにもすばらしかったのです。いったいどんな奇跡が、彼女にそのような深い叡智を与えたのでしょうか?

映画は、障害を持つ人々、難病を抱える人々の、一見、まるで苦しむためだけに生まれてきたように見えてしまう大変な人生が、本当は人間全体の未来を支えてくれているのだということを、たしかな裏付けをもって、静かに心に沁みるトーンで語りかけてきます。そして、無数の命に支えられて生きている私たちひとりひとりが、そのままで、かけがえのない存在なのだと。

手作りの自主上映会でひろがっている映画です。生きていくのがときどき、ちょっとしんどいなあ、と感じている人には大きな勇気をもたらしてくれると思います。もしお近くで上映される機会があったら、ぜひご覧になってみてくださいね。上映スケジュールはこちら

余談。この日、9月5日は入江監督の2番目のお子さんの誕生日。この日に映画が上映されるということは、ちょっと特別な意味がありました。なぜなら……答えは、映画のラストシーンに秘められています。

content_btm.gif content_top.gif
2008年08月15日(金曜日)

プレーヤー的な、解説者的な

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080815kawag.gifスポーツ競技を観戦するときは、どちらかといえばプレーヤーに感情移入するタイプの人と、解説者・評論家に変身するタイプの2通りに分かれますね。

私は徹底的にプレーヤーになりきってしまうたちです。オリンピックという短い一瞬の舞台に、4年間かけて最高のコンディションにもってくるための計画などを想像していると、ものすごく疲れます。そして、たとえば競泳の女子の試合がスタートするとき、飛び込み台に立った選手の足が、がくがく震えているのがTV画面に映し出されたりすると、たちまち自分も緊張してしまうのでした。

この選手、昨晩はきっと早く寝つかなくてはとあせりながら、気持ちが高ぶってあまり眠れなかったんだろうなとか、ベッドから暗い天井を見上げて、どんなおまじないの言葉を自分に言い聞かせ続けたんだろうとか、イメージトレーニングの方法とか、母国で応援している家族の顔を思い出すと、あたたかいような苦しいような気持ちになるのかしらとか、とにかく山のように想像して自分も追体験して苦しくなってしまいますから、そんな選手が試合後、持てる力を出し切ったという表情を浮かべたりすると、今度はこちらも嬉し泣きしてしまいます。ああ、なんて忙しい。

ところが、うちには私とは正反対の、声の大きな解説者・評論家がひとりいて、画面を見ながら選手にうるさくアドバイスをするのです。聞いている私のほうは、まるで自分が指導を受けているような気分に。

プレーヤー気質(?)の人間の傾向として、評論家=自分は全然痛くもかゆくもないところでものを言う卑怯者、ととらえがちですから、夫の解説を聞いているうちにだんだん腹が立ってきてつい叫びました。
「そんなに言うなら、自分があそこに行って勝負してくれば?!」

夫はなぜ私がぷんすかしているのか、理解しかねているようでした。ごもっとも。

本番の合図の音が鳴り響いたら、たとえ両膝の震えがとまらなくても、頭の中が真っ白になっていても、自分を信じて足を踏み出さなくてはなりません。舞台にひとりで立つプレーヤーは孤独なもの。そのとき、逃げ出しそうになる自分を支えてくれるのは、応援でも意志の力でもなくて、日々ひたすら積み重ねてきた練習だけのような気がします。

でも、どんなに想像をたくましくしても、道をきわめた人間にしか見ることのできない風景、知ることのできない真実があるのですよね。
私も、スポーツ競技とは無縁ですが、この日々を生きるプレーヤーのひとりとして、ささやかですが、自分にしか見えない風景、人まねではなく自分の手で触れる真実をめざしたい……連日の熱戦を見ながら、そんなことを思ったのでした。

content_btm.gif content_top.gif
2008年08月08日(金曜日)

こんな衣服を望んでいます

東京カフェマニア主宰 川口葉子

1日に1度は、意識して「気持ちのいいこと」をするように心がけています。本当に心身が求めているものを時間をかけて作って食べるとか、稀少なダマスクローズの精油をたらしたお風呂に、キャンドルをともし、音楽を流しながらゆっくりつかるとか。

ちょっと気持ちのいいことはたくさんみつけられるけれど、本当に深く気持ちのいいことに出会うことは、感覚が鈍っていては難しいのです。日ごろから自分の身体がつぶやく声に耳を澄ませていなければ、いま、心身が必要としているものに気がつかないから。

いつも首や肩がだるいので、限りなく肌に優しい衣服や毛布で包んであげたいと思うようになりました。化学繊維ではなく、大地と太陽と雨に育まれた自然の素材で作られた布。
「植物の呼吸に包まれている」
と身体が感じられるような、のびのびと手足を伸ばせる、気持ちのいい衣服。

すぐに思い浮かぶのはオーガニックコットンですが、じつは無農薬栽培された綿でも、製造や流通の段階で、人体に有害な化学薬品が使われていることが少なくないのですって。オーガニックコットン100%の表示も、まるごと信頼するわけにはいかないようです。

あれこれ探してみたら、ドイツの衣料品メーカー「ヘスナトゥーア」をみつけました。創業者はシュタイナーのバイオダイナミック農法によるシルク生産の取り組みをはじめ、原料栽培から衣服への製造加工の段階まで、オーガニックであることを貫いているそう。

080808kawag.jpgこの会社には、綿花を栽培する人々も、自分たち社員も、自社が製造した衣服を身につける人々も、すべてはひとつのつながりの中で生きている、という哲学があるようです。

ヘスナトゥーアのWebサイトを見ると、その衣服のデザインが現在の東京でクールに見えるかどうかは微妙なところ。ドイツやアメリカではインターネットで購入できるようですが、日本からはまだ購入不能。

私は切に願っています。「自然の生命力に包まれて、本当に気持ちがいい」と肌で実感できて、しかも私たちの生活に自然に溶けこむようなデザインの衣服を、日本で誰かが作ってくれることを。

content_btm.gif content_top.gif
2008年08月01日(金曜日)

ものの命を継ぐ~和の伝統をカフェで

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080801kawag.jpg新刊『カフェとうつわの旅~あたらしい和のかたち』が青山出版社より発売になりました。
Amazonや楽天ブックスはもちろん、全国の書店の店頭にも並んでいますので、カフェ本のコーナー、または雑貨本のコーナー、旅行ガイドのコーナーなどでもし見かけたら、ぜひ手にとってご覧くださいね。

テーマは、カフェで出会うことのできる日本ならではの美しさ。その例はいくつも数えあげることができますが、今回の本づくりを通してとくに感じたのは、「繕う」という知恵の豊かさでした。

壊れたもの、欠けたものをていねいに、こまやかに修繕することで、新しくて完璧なものよりも価値を高めてしまうという日本の先人たちの発想のおもしろさ。その典型的な例が「金継ぎ」という陶磁器の繕いの技法です。

金継ぎは、割れたり、ふちが欠けたりしたうつわを漆で接着し、その上から金粉を巻いて磨いていく修理方法。『カフェとうつわの旅』では、2つのカフェでみつけた金継ぎをご紹介しています。

ひとつは岐阜・多治見で人気の陶芸作家・安藤雅信さんと奥さまの明子さんが開いているすばらしいギャラリーカフェ「ギャルリ百草」でみつけた白いうつわたち。いずれも安藤雅信さんの作品ですが、ニュアンスに富んだ白いうつわの上に細く、鈍く光る金継ぎの跡は、ものの命を、壊れるつど直しながら使い続けていくというギャルリ百草の精神をそのまま語りかけてきます。

もうひとつは、東京の下町に誕生した美しいギャラリーカフェ「馬喰町ART+EAT」のうつわたち。ここでは、金継ぎした茶碗だけを集めて、「割れ茶会」なるお茶会が催されているのです。金継ぎをおこなっているのは美術家の蓜島庸ニさん。
馬喰町ART+EATでは、家具たちもまた、古いウィスキー工場の樽として使われていた木材を再利用し、新しい木材と組み合わせて第二の生命を与えたものです。

古くなったものを繕い、その命を継いでいく。
命を継ぐことで、美しさがいっそう深められていく。

日本の人々のあいだに根づいていたそんな暮らしかたが、現代のカフェの中で、ふたたび力を持ち始めているように思えます。詳しくは、本のページで。

content_btm.gif content_top.gif
2008年07月25日(金曜日)

プロの仕事

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080725kawag.jpgプロとアマチュアの境界線は、昨今、限りなく曖昧なものになったと多くの人が感じているようです。昨日までアマチュアだった人が、今日からはプロ、そんな事態がきわめて起こりやすいのが、おもしろくもあり、つまらなくもあり。

それでもなお、「プロの仕事ぶりは違う」と舌を巻いてしまうときがあるもので、私はそのような、プロの底力を感じる体験がとても好きです。長年にわたってひとつの仕事に真剣に関わってきた人が、仕事を通して自然に磨かれていった力を、ふとした瞬間になにげなく見せてくれる--その人と出会えてよかった、と思う瞬間です。

たとえば、先日パスタの作り方を教えていただいた南青山のリストランテのシェフは、ディチェコのパスタを使っていました。私も麺の味がおいしいから、という理由で自宅でディチェコを使っているのですけれど、シェフに尋ねると
「アルデンテでいてくれる時間が長いから」。

お店では、ワインを飲みながら会話に夢中になるあまり、テーブルに運ばれてきたパスタをすぐに食べてくれないお客さまもいるのだとか。放置されているあいだに加熱が進んでしまいますね。
たとえシェフが細心の注意を払ってアルデンテに茹であげても、最高の状態でお客さまの口に入らなければ意味がありません。プロはそういう要素にまで視線が行き届いているのですね。

毎月お世話になっているレインドロップのアロマテラピストは、私の体重がほんの1kg減っただけで、足の裏に触れながら「痩せられましたね」と指摘してくるし、美しく繊細にして機能的なイタリアの輸入下着を並べたショップのマダムは、「お胸にさわらせていただきますね」と、胸の下側と上側を両手ではさむようにして軽く触れただけで、ジャストサイズのブラジャーを2つ私に手渡して、試着室に案内してくれました。

その、恐ろしいほどの正確さ! マダムによれば、本当は女性の胸を見ただけでサイズを判断できるのだけれど、お肉の質によってぴったり合う下着が違ってくるので、触れてみることが必要なんだそうです。やわらかなお肉の人と、堅いお肉の人では、たとえサイズがまったく同じでも、選ぶべき下着はぜんぜん違うのですって。

プロの仕事ぶりを見るにつけ、自分もそうありたいと願わずにはいられません。

content_btm.gif