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2008年07月18日(金曜日)

夏の言いまつがい

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080718kawag.jpg暑い季節になると「言いまつがい」が増えてくるのは、頭がぼうっとしているせいでしょうか? カフェのテーブルにつき、スタッフに「マンゴーチーズケーキとコーヒー」を注文しようとして
「マンゴーチーズコーヒーとケーキ!」
と申し上げてしまいました。スタッフが笑ってくれたので、ちょっと救われましたが。

翌日、べつのカフェで友人とひんやり快いオレンジフラワーティーを飲みながら「ホンダとSONY」と言おうとして、口から出たのは
「ソンダとホニー」。
言うなり自分でも力が抜けてしまいましたが、すかさず友人から、「両社ともぜんぜん儲からない、へなちょこ会社みたいだね」とつっこまれました。

熱帯夜が続けば、さらにどんな言いまつがいが生まれるのでしょう…。

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2008年07月13日(日曜日)

ノートの愉しみ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080712kawag2.jpgカフェで革のブックカバーづくりを習いました。
先生は、はじめてお目にかかったときはアロハシャツ姿、今回の講座のときは半ズボン姿。ファッションといい肩の力の抜けた柔らかい感じといい、かつて私が大阪の美しい丘の上のカフェまで、ウクレレを習いに通っていたときの先生にちょっと似ていらっしゃいます。カフェでお茶を飲みながら、まったりとものを教えるという人には、なにかしら共通点があるのかもしれませんね。

課題はいちおうブックカバーですが、参加者5名は自由に革の材料を選んで、作りたいものを作って喜びました。私は夫にリクエストされていた「B5版ノートカバー」だし、素敵な電子辞書カバーを作った人、何色ものスウェード素材を組み合わせて手帳カバーを作った人など、それぞれに個性豊か。

4時間の講座は夢中で手を動かしているとあっという間で、みんな「あとはひたすら縫うだけ」という段階まで仕上げたところで家に持ち帰りました。私は講座のあと、夫と青山の路地裏のカフェで待ち合わせをしていたので、夫が来るまでのあいだにカフェの椅子に座ってひたすらちくちくと針を動かしました。

やがてあらわれた夫に、完成したノートカバーをプレゼントした時の喜びようといったら。彼はノート魔で、私の赤い手帳と同じように、仕事のスケジュールから必要事項、ふとひらめいたことまであらゆることを1冊のノートに書きつけているのです。

080712kawag1.jpg夫も私も、数年前まで何冊かのノートを仕事用、スケジュール用、なんとなく思いつきを書きとめるためのもの、映画演劇観賞用などとさまざまにと分けていたのですが、何冊も持つよりも、1冊になんでも書いてしまうほうがずっと効率的という結論に達したのでした。

おまけに夫はカラフルなシールもノートに挟んでいて、良いアイディアを書いた欄には、そのシールを貼るのです。「女子高生みたいに楽しそう」という私のあきれ顔のコメントをよそに、今月はまだ「名案シール」を2枚しか貼れていないんだ、などと言っています。

ビールを飲みながら、夫の仕事に役立ちそうな本のタイトルを一冊教えてあげたら、彼はさっそくノートに走り書きして「妻のアイディアにはこの色のシールにするよ」と、黄色い花柄のシールを貼りつけました。革のノートカバーは大切に10年使うと宣言していますが、彼なら本当に10年間使いこんでくれそうです。

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2008年07月04日(金曜日)

Yellow(イエロー)

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080704kawag.jpg日ごろ聴くことの多いミュージシャンにはひとつの共通点があります。「英国のひょろ長い青年たち」。
そんなひょろ長系英国バンドのひとつがColdplay。2000年のデビューCDに収められていた「Yellow」という歌が大好きで、散歩しながらときどき鼻歌で旋律をなぞっているのですが、ライブ映像を観ると、どの国のライブでもYellowが始まると会場のみんなが嬉しそうに歌っているんですよね。でも、なんで、黄色…?

このサイトで歌を聴くことができます。訳詞つき。

先週、ここに書いた「エメラルドグリーン」を読んだ友人が、近況をメールで知らせてくれました。そこには、友人が数年来、目の前に置かれていた問題に真剣に取り組んで解決したということが書かれてました。解決したら、思いがけなく宇宙からの素敵なごほうびも、おまけとして付いてきたようです。

手を替え品を替え、繰り返し自分の前にあらわれるトラブルは、きっと人生の宿題なのでしょう。宿題の前から逃げ出さずにしっかり乗り越えた人には、新しい人生のステージが用意されているのだなと、友人の言葉を胸を熱くして読みながら思いました。

「雑事にまどわされず、自分のすべきことに気持ちを向ければ、上(というか深い自分?)とつながれるのですね、きっと」

友人はそんなことも書いていました。それがみごとなタイミングで、私へのアドバイスにもなったのです。自分の人生を確かな足取りで歩んでいる人は、わざわざ誰かを助けようと思わなくても、本当になにげないかたちで、周囲の人々に良い影響を与えられるものですね。そのこともまた、私への示唆となりました。

だけど、今回の茶飲み日誌はなんで黄色で始まったの…?と思われるかもしれません。じつは、その友人のオーラが黄色なのですって。

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2008年06月27日(金曜日)

死者も手をのばす一杯のコーヒー

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080627kawag2.jpg小雨がちらちらと頬にあたる午後、とあるカフェにて作家の片岡義男氏が半日店長となり、自らお客さまに珈琲を淹れるという催しがおこなわれました。(当日の様子はこちらをどうぞ)

片岡義男氏はモノについての優れた書き手であり、自身で写真も撮られることから、カフェの一角には彼が撮影した写真とその実物が展示されたり、写真の裏に短いエッセイを添えてポストカード仕立てにしたものなどが並べられたりして、片岡義男の世界観で構成された書斎のような趣を呈していました。

いま、私はそのとき気に入って購入したポストカードを眺めています。表にはコーヒー袋の写真。裏には『死者も手をのばす一杯のコーヒー』と題したエッセイが綴られています。それによれば、片岡氏が最高のコーヒーとして愛飲している銘柄は、レイヴンズ・ブリュー(わたり鳥のいれたコーヒー)という会社が焙煎・販売する『デッドマンズ・リーチ』。

  “この豆でいれたコーヒーを、死して久しくいまはベッドの上で白骨にとなっている人のかたわらに置くと、白骨は手をのばしてカップをつかむ、という意味の絵が袋に描かれている。” (片岡義男)

080627kawag.jpgというわけで、その袋の図柄が右のもの。骸骨になった人間までとりこしてしまうコーヒーというわけです。

  “アラスカ南西部の海に小さな島がたくさん点在するところがあり、そこにデッドマンズ・リーチと名づけられた浅瀬があるという。意味のニュアンスの豊富な、雰囲気のあるいい名称だ。
それをコーヒーの名に使った感覚も、このコーヒーの素晴らしさのうちだろう、と僕はひとりで満足している。
きれいに粒の揃った豆を見ると、じつに美しく油が浮かんでいる。深煎りの深さの内部に独特な軽さがある、という矛盾したような言いかたが無理なく成立する、たいへんに結構なコーヒーだ。締切りにも効果的、と袋の裏に印刷してある。”

ぜひ一度、このデッドマンズ・リーチを飲んでみたいと思い、RAVEN'S BREW社のWebサイトを探したらオンラインショッピングが可能。さっそくトライしたのですが、どうやらアメリカ国内以外の住所は入力できないようです。だめでもともとと拙い英語でメールを送ったら、すぐに「申しわけありませんが、今のところ日本には配達できません」という感じのあっさりした返信が戻ってきました。

RAVEN'S BREWの店舗はアラスカ州とワシントン州にあるそう。いつか買いに行こうと思っています。サイトにはしっかり韻を踏んだ、こんな気のきいたキャッチコピー:

 Served in bed
 Raises the dead

…が書かれているほか、デッドマンズ・リーチと題した小説が掲載されていたり、デッドマンズ・リーチの歌まで聴くことができて、このコーヒーが抱いている世界の豊かさに驚かされます。

※小説『デッドマンズ・リーチ』を一部、日本語に訳した方がいらっしゃいました。こちらのブログで読むことができます。
「”死”ってのがこんな具合だとはね…(中略)…幸いにもまだコーヒーの匂いだけは感じるようだ」
  (第1章 『死人に口なしとは俺のこと』より)

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2008年06月20日(金曜日)

エメラルドグリーン

東京カフェマニア主宰 川口葉子

友人のすすめで、年初からレインドロップという強烈な技法のアロマテラピーを1ヶ月に1度のペースで受けています。セラピストは長野でサロンを開いている女性。毎月3日間ほど恵比寿に来て施術をしています。

彼女はクライアントに手で触れると、その心身が訴えていることが読み取れる人。施術後にいろいろなことを伝えてくれます。肝臓が悲鳴をあげていました、とか。日々の小さな怒りやイライラを発散せずに飲み込んでしまうと、ストレスを解毒する役目の肝臓がフル回転しなければならないのですって。いま気がついたのだけれど、肝臓と感情って響きが似ていますね。

そのセラピストが私の愛用のピンクオパールのネックレスに目をとめてひとこと。
「その石は、川口さまにはクセがありすぎるかもしれません」
この繊細なピンク色が大好きだし、まわりの人にもよく似合うと言われるのですが…と言ってみたら、
「でも、川口さまはグリーンでいらっしゃいますし」

え?と思って詳しく聞いたところ、私の出しているオーラはもっぱらグリーンなのだそう。このたぐいの話は、自分では確かめようがないのが難点ですよね。

昨日、ひょんなご縁でオーラ・リーディングで有名な人にリーディングをしていただきました。あらあら、私の特徴的なオーラは深いエメラルド・グリーンをしているそうです。

彼女には肉体、感情、精神、そして本質的で変化しないオーラが層状になって、それぞれの色と形と動きをもって見えるらしく、各層の形状と意味するところをひとつひとつ説明してくれました。
同じグリーンのオーラといってもさまざまな色調と濃淡があり、エメラルドを持つ人は、美しいものから大きな喜びを得ていて、美が欠乏すると自分も枯渇してしまうのですって。

080620kawag.jpgそのエメラルド・グリーンと、ターコイズのような明るいブルーと、白い光に包まれたラベンダー色、そしてピンクが、私のどの層にも見えると彼女は言います。肉体のオーラは下半身が灰青色によどんでいて、もっと股関節をゆるめて温め、血行を良くするよう指示を受けました。

私の頭上にたくさん見えているというふわふわした白い光の球は、「上の人たちのエネルギー」なのだとか。彼女はトンデモ情報だという印象を与えるのを恐れたのでしょう、ご自分の口からはあえてそれ以上言わないので、もう少し詳しく教えてくださいとお願いしてみました。

「川口さんは、今以上に言葉に輝きをのせることができます、とこの白い光は伝えています。言葉の輝きで他の人に希望や夢を与えてください、と言っています」

わー、精進しなければ。そのためには「自分の中に美しいものを探しだすこと。答えはきっとみつからないけれど、そのプロセスが大切」という追加メッセージもありました。その光の球はどこから来ているのかなど、あれこれ聞いていたらあっという間に時間が過ぎてしまいました。

帰宅する途中の電車の中でふと、学生時代になにげなく母に聞いた質問を思い出しました。
「ねえねえお母さん、私のイメージを色にたとえると何色だと思う?」
母は迷わずにグリーンと即答したのです。ちなみにうちの家系には、ほんのわずかでも「見えないものが見える」人はいません。さすが母親と言うべきでしょうか。

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2008年06月15日(日曜日)

マジックアワー、二重のオマージュ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080613kawag2.jpg新しい本の入稿を無事に終えることができて、三谷幸喜の『ザ・マジックアワー』を楽しんでまいりました。

私は長年にわたる三谷幸喜脚本の舞台のファン。たぶん多くの舞台ファンが感じていると思いますが、これまでの3本の三谷映画にはフラストレーションをつのらせるばかりでした。

三谷監督の舞台を淹れたてのコーヒーとするなら、映画はまるでフリーズドライしたインスタントコーヒー。舞台上の役者同士のかけあいの面白さ、息づまる緊張と臨場感が、映画のスクリーンからはすっかり失われてしまっているのです。

三谷幸喜の脚本を面白くしているのは、嘘が嘘を呼んで巨大な風船のように膨れあがっていき、いつ破裂するかわからないという緊張感と、絶体絶命の登場人物たちが右往左往してますます窮地に追い込まれていく滑稽さ。

080613kawag1.jpgしかし、前作『THE有頂天ホテル』は華麗な登場人物たちが星のようにちりばめられた結果、伏線があまりにも多すぎて散漫になり、ラストシーンのカタルシスに物足りない感じがあったことは否めません。

三谷脚本の真骨頂は、ビリヤード台のすみっこのボールをひと突きしたら、それが次々に他のボールに当たり、加速しながらポケットになだれこんで大団円!というストーリー作り。
前作は、ビリヤード台に100個ものボールを配置するのに時間がかかってしまい、すべてのボールが気持ちよく衝突しないうちにラストシーンを迎えてしまった、という印象でした。

今作はいたずらにサブストーリーを乱立させず、1本のシンプルな流れに絞ったことで、みごとな玉突きを観ることができます。
ビリー・ワイルダー流の、決して下品にならない笑いにも共感しました。エレガントなばかばかしさ。それで観客を笑わせるというのは非常に難しいことなのです。暴力的な笑いや、人のコンプレックスをベースにした笑いや、社会風刺的な笑いには決して傾かないという決意が、三谷幸喜の根底にあるのでしょう。

佐藤浩市が面白く演じていたのはもちろん、彼の芝居を受けて演技する西田敏行、寺島進がじつに達者。受けの芝居ができる役者は、作品にとっては宝石のような存在なのですね。

全編がこれまでの名作映画へのオマージュに満ちていて、よく知られた映画から、あ、と思うシーンが幾つも引用されています。個人的にもっともぐっときたのは『ニューシネマパラダイス』と『ギター弾きの恋』へのオマージュなのですが、考えてみれば、『ニューシネマパラダイス』は映画愛についての映画であり、『ギター弾きの恋』には『ペーパームーン』の有名な引用が含まれています。
つまり、『ザ・マジックアワー』は二重のオマージュを捧げていることになるのです。三谷幸喜の映画愛が臆面もなく伝わってくる傑作でした。

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2008年06月06日(金曜日)

白はしゃれこうべの白

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080606kawag.jpgいつも白川静の『常用字解』をなんとなく机の上に置いて、ふとした時間にめくっています。漢字のなりたちを解説した辞典ですが、適当にページを開いて目についた漢字の項を読むと、その字がどのようにして生まれたかが書かれていて、思いがけない発見があるのです。

たとえば、「白」という象形文字はこんなふうに解説されています。

白: 象形。白骨化した頭蓋骨の形。風雨にさらされて肉が落ち、白骨になったされこうべの形であるから、「しろ、しろい」の意味となる。偉大な指導者や討ち取った敵の首長の首は白骨化した髑髏として保存した。すぐれた首長の首には、すぐれた呪霊(霊の力)があると信じられていたからである。

これを読むと、白という文字が、もう頭蓋骨の形以外のなにものでもないように見えてきます。

言葉や衣食住に関する文字は、ほとんどが神、または超自然的な力との関係によって生まれてきたこともよくわかります。

「口」という象形文字は、顔についている口そのままの形かと思いきや、じつは神への祈りの文である祝詞(のりと)を入れる器の形なのだそうです。口という形を含まれる漢字はみな、この意味を持つのですって。

「光」という象形文字は、人が頭上に火の光を載せている形。そしてさっき、「音」という会意文字のなりたちを読んで静かな感動をおぼえたのですが、長くなるのでこれくらいで。

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2008年05月24日(土曜日)

走る音楽

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080523kawag1.jpgお昼の番組でタモリ氏が、ドライブしているときに音楽と風景がぴたりとはまったときの新鮮な感動に触れ、「夜の首都高にはワーグナーが合うんですよね」と述べていました。これには共感する人が多いのではないでしょうか。

しかし、もうひとつタモリ氏が挙げた例は、私にはわかりにくいものでした。
「夏に軽井沢のほうを車で走るとき、鬼押出しに向かっていくあたりは、意外なことにクリスマスソングが合うんです。真夏に、古いクリスマスソングっていうのがね」

これは実際に走って体験してみないとぴんとこないようです。
映画のBGMには古典的な“真逆の法則”というものがあり、恐ろしい光景に無邪気で単純な童謡をもってくるといっそう不気味な効果を上げたり、恋人どうしが幸福そうに街角を歩いていく光景に哀感を帯びたメロディーを合わせると、その幸福のはかない美しさが際だったりすることがありますので、「真夏の高原とクリスマスソング」もその組み合わせなのかもしれませんね。

余談ですが、ワーグナーが戦闘音楽としても危険な魅力をはらんでいることは周知の通り。フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』の名物シーンといえば、ワルキューレを大音量で流しながらヘリコプター部隊が空爆を繰り返す光景。人間の感情を高揚させる音楽は、どこかデモーニッシュな要素を含んでいるようです。

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2008年05月09日(金曜日)

タイトル= カフェ発、2cm角の豆宇宙

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080509kawag1.jpg「和」をテーマに、あたらしいカフェの本を執筆しています。取材で訪れたお店の中に、篆刻(てんこく)のアーティストが営むカフェがありました。
篆刻とは、書道家が署名の下にぽんと押すはんこを思い浮かべていただければいいでしょう。石や木の素材に姓名や雅号などを彫ったものです。

カフェで見せていただいた作品はいずれも、伝統的な篆刻の枠にとらわれず、お客さまの名前とイメージをもとに、篆刻アーティストのヒロサダさんが自由でしなやかな発想を展開して刻みこんだもの。わずか2~3cm四方のはんこの中にひとつひとつ異なる小宇宙…というより“豆宇宙”が創造されていて、そのデザインの楽しさ、線のこまやかさに目をみはりました。

店内には篆刻用の小さな石がたくさん並んでいます。篆刻を注文するお客さまはその中から好きな石を選ぶだけ。デザインはすべてヒロサダさんのセンスにおまかせし、できあがりを楽しみに待つことになります。

作品があまりにも素敵だったので、私も自分用にひとつ注文せずにはいられませんでした。お願いしたのは「葉子」という名前と、コーヒーを添えてくださいということ。

約1ヶ月を経て送られてきた郵便物の中には、小さな小さな「葉子」の宇宙が入っていました。「葉」の草かんむりを左に長く伸ばしてソーサーに見立て、その上にコーヒーカップをひとつ。「子」の上の部分は、よく見るとコーヒー豆になっています! 豆の部分は実物大で2mmほど。

私には「子」の文字が人の姿に見え、まるで藤棚を眺めて藤の花に手をさしのべている人のようだと思ったのですが、ヒロサダさんは「子」の文字を1本の花のつもりで彫ったのだそうです。コーヒー豆が咲く花として。そうであれば、「葉」の文字の下の部分は、その花に誘われて飛んできた蝶の姿なのかもしれません。080509kawag2.jpg


「ゆったりと落ち着いた時間の流れている雰囲気の方だったので、ごてごて飾らずに、できるだけシンプルに仕上げました」とヒロサダさん。
はんこを注文したお客さまはみな小さな平面からたくさんの風景を自由に読みとり、この部分は○○に見えます、この文字は○○に見えますと、楽しげな手紙を書き送ったりなさるそうです。

これからは旅先で友人にあてて書く絵はがきの最後に、この印を押すつもりです。

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2008年05月04日(日曜日)

下落合2丁目、カフェと、馬をつないだ大ケヤキ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080504kawag1.jpg下落合2丁目。大正時代に建てられた日本家屋を使ってカフェが開かれています。そのカフェで過ごした帰り道、高級住宅街の一角に不思議な光景をみつけました。

道路のまんなかにそびえるケヤキの樹。あきらかに交通のじゃまをしています。走ってきた車は下の写真のように、このケヤキをよけて通過しなければなりません。ちょっと愉快な光景です。

ふつうなら車が優先されて、樹は切り倒されてしまいそうなものですが、いったいどうしてこんな光景が生まれたのでしょうか? しばし見とれていたら、ケヤキの胴体にしめ縄が巻かれていることに気づきました。ご神木?

うまい具合にすぐ近くに交番をみつけたので、扉を開けてみましたが誰もいません。奥に声をかけてみると、はいはい、とのんびりした声で返事をしながらおじさんが現れました。(おまわりさんと呼びたいところですが、制服姿ではなかったので判断できなかったのです)

「あの樹はどうして道のまんなかに立っているのですか?」
「…ああ、あれね、ケヤキ。昔は2本あったんだけど1本は落雷で焼けちゃってね。あの樹のおかげで車がスピード落とすから、安全でいいんだよね」

080504kawag2.jpgおじさんの話によれば、かつてこの一帯は近衛文麿の一族が広大な屋敷を高ヲており、戦前までは「近衛町」と呼ばれていたとか。ケヤキの樹はその当時からのものだそうです。
「近衛一族があのケヤキに馬をつないでいたんだって」
「はあ……」

偉い人の一族ゆかりの樹であることはわかりましたが、馬をつないだという理由で、こんなに大切に保存されるものでしょうか? 重ねておじさんに訊ねても、はかばかしい回答は得られませんでした。

後日、インターネットでざっと調べてみたら、この界隈には怪談らしきものがあるような、ないような。まあ、古くから続く集落やお屋敷の跡地には怪談はつきものですよね。

なんにせよ、百年前からその土地に根を張り、時代の移り変わりを眺めてきた生きものに街角でばったり遭遇できたことで、自分が知っている東京の姿は歴史のあまりにも薄い表面なのだということを、あらためて思ったのでした。

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