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2008年11月08日(土曜日)

日本茶カフェで、ほんものの生姜を買う

東京カフェマニア主宰 川口葉子

あるメディアの企画で、表参道の路地裏のすばらしい日本茶カフェ「茶茶の間」におじゃまして、日本茶ソムリエの和多田さんと対談させていただきました。

和多田さんの刺激に満ちたお話の内容はいずれまた書かせていただくことにして、目をひかれた八百屋さんの話。夕暮れどきの茶茶の間の店舗の前に、ご夫婦が立って、みごとな林檎やトマトやシイタケなどを並べていたのです。

081108kawag.jpg聞けば、茶茶の間が材料を仕入れている卸のご夫婦が、早朝に仕事を終えると、とりあえず一日の作業はおしまいなので、ボランティアみたいなお値段でこの場所に立ち、野菜売りを楽しんでいらっしゃるのだとか。
しっかりと質の良い元気な野菜たちは、リニューアルしたこの近くの高級スーパーにも卸しているのだそうです。

ここ数年、ふつうにスーパーで買える野菜がちっともおいしくなくて、がっかりすることの多かった私。もっとも、かつての野菜の風味をご存じの年配の方々は、何十年も前から同じことを嘆いていらしたのですけれど。

ことに気になるのが、夏以外のトマトが、真っ赤に完熟して見えるくせに水っぽくて味が薄いこと。じつは、トマトの赤さと風味は関係ないんですってね。
そしてもうひとつが、生姜の風味が失われていること。日本産の生姜を選んでいるのですが、辛みはあっても味わいが感じられず、なんとも物足りないのですよね。

茶茶の間の店先の出張八百屋さんで、ちょっとなつかしい姿をした生姜をみつけました。思わず手に取ると、おじさんが
「生姜ごはんを作ってごらん、おいしいよ!」
と、作り方を教えてくれました。薄くスライスして、ごはんを炊くときにいっしょにお釜に入れて、みりんと、ほんの少し日本酒と、ひとつまみの塩をふるだけ。

想像したらあまりにもおいしそうなので、2パック買いもとめました。写真はこのときいっしょに購入した元気な野菜たち。
「昔ながらの日本の生姜だから、ジンジャーエールを作ってもおいしいよ」

八百屋のご夫婦によれば、一般的に流通している生姜は、たとえ日本産であっても、タネが中国産なのですって。こうして茶飲み日誌を書いている現在時刻は午前3時なのですけれど、今からわくわくしながら朝食用の生姜ごはんを仕込みます。

ご夫婦は毎週火曜日から金曜日まで、茶茶の間の前にいらっしゃるそうです。

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2008年10月31日(金曜日)

CANAL CAFEの鯉は大正の蛍を見たか?

東京カフェマニア主宰 川口葉子

081031kawag1.jpgCANAL CAFEのデッキサイドにもっとも居心地の良い時間が流れる季節は、いまです。
桜の季節には平日でも長蛇の列ができるので、桜酔いする前に人酔いしてしまいそう。秋たけなわ、晴天の続くこの季節の昼下がりなら、ゆっくり深呼吸するようにして陽光を心に取りこむことができるのです。

お花見のできるオープンカフェとしてよく知られているCANAL CAFE。入口から左手は気軽なレストランに、右手は広々としたセルフサービスのカフェになっており、レストランなら事前に電話予約しておけるのですが、抜けの良い空と桜並木の下で過ごせるのはカフェのほうなんですよね。

友人と水辺の椅子に座ってグリーンカレーとドラフトビールのランチを楽しみ、水面の上で脚をぶらぶらさせて遊びながらのんびり過ごしました。

CANAL CAFEの前身は、大正時代に東京で最初に誕生したボート場。
カフェの現オーナーの祖父にあたる人物が、都民のためのレクリエーション施設を作ろうと、私費で郷里から船大工を呼び寄せて100艘のボートと乗り場を造ったのだそうです。その名も「東京水上倶楽部」。みんなのために私財を投じるとは、なんて粋な人物だったのでしょう。

081031kawag2.jpg当時は夏になれば蛍が放たれ、花火が打ち上げられていたようです。
現在はたくさんの鯉が背びれを水面につきだし、水面にみごとな航跡をつくりながら悠然と泳いでいます。巨大な鯉になると体長1メートル近いのではないかと目を疑うほど。

もしかしたら、古老の1匹は、東京水上倶楽部時代の蛍たちを見たことがあるのではないでしょうか。鯉の中には100歳を超えて生きるものもいるそうですから。
考えてみれば大正時代から、まだ100年も経っていないんですよね。

CANAL CAFE(カナルカフェ)
東京都新宿区神楽坂1-9
TEL 03-3260-8068

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2008年10月24日(金曜日)

谷中の散歩、珈琲花歩

東京カフェマニア主宰 川口葉子

081024kawag1.jpgたまに通っている西日暮里の整体マッサージがある界隈は、大通りから一本細道に入れば、すぐに昔ながらの静かな住宅街に迷いこむようになっています。大小のお寺と墓地が密集する小路を、清潔な午前の光にお線香の匂いが遠く近く混じってくるのを嗅ぎながら散歩するのは、この季節はとくに気持ちがいいもの。

そんなのどかな一角に、「花歩」という白い暖簾を下げた、古びた一軒家が佇んでいます。
「珈琲」の文字につられて暖簾をくぐると、かつてたしかに日々の暮らしがおこなわれていたことがうかがえる間取りに、お客さまを迎えるためのテーブルが居心地よくしつらえられ、すだれごしに庭の緑が柔らかく輝いていました。

平日の午前だったせいでしょうか、先客は、2つある部屋の一方に青年がひとりだけ。庭を眺めて珈琲を飲みながら、腕時計の秒針の音さえ聞こえてきそうな、しんとした時間を楽しんでいるようです。彼のじゃまをしないように、もうひとつの部屋で珈琲をいただきました。

壁に飾られているのはレコード盤や、みやびな色彩の裂布細工、刺繍の木枠たち。時計の下には「自由に歩くのでご注意下さい」と貼り紙がありました。たしかに、針はグリニッジ標準時を無視して気ままに散歩しているようです。

081024kawag2.jpg素敵な風情の女主人に尋ねてみると、彼女は築50年を越えたこの家屋の2階に住んでいらっしゃるそう。以前、雑誌にお店が掲載されたら、しばらくのあいだ一気に混雑するようになってしまって、満席でお入りいただけなくなったのがしのびなくて……とのこと。ご迷惑をおかけしないよう、この小さなエッセイの場で取り上げさせていただくことにしました。

コーヒーはコクテール堂の豆を使って、ていねいに1杯ずつ淹れられます。あわせて注文した紅玉りんご入りのしっとりケーキも、オーダーを受けてから生クリームを泡立てるなど、本当に一から支度をしてくださるので、運ばれてくるまでに少し時間がかかります。
そのあいだに、窓辺の蚊遣りから白い煙がたなびいて、さしこむ日射しの中でさまざまなかたちに渦巻くのをじっと眺めて楽しみました。

谷中の散歩の途中で花歩に立ち寄るときは、小さな古い家に流れている時間に呼吸を合わせられるよう、どうぞおひとりで、心楽しく。

珈琲花歩(コーヒーかぽ)
東京都台東区谷中3-21-8
TEL 03-3821-5642
OPEN 10:30~18:00
CLOSE 土日祝

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2008年10月17日(金曜日)

ネモ船長のパン屋カフェ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

081017kawag1.jpgお店の名前にまつわる、小さな偶然。

数年前に、4人の女性がコーヒーにまつわる小説を1篇ずつ綴った『コーヒーカップ4杯分の小さな物語』(書肆侃侃房)という短編集が出版されました。
私も4人の中のひとりとして小さな物語を書いたのですが、その中に、喫茶店のカウンターに座ってジュール・ヴェルヌの冒険小説『海底ニ万マイル』を読むおじさんを登場させました。おじさんの名前は根本さん。海底二万マイルのヒーロー、潜水艦ノーチラス号のネモ船長にちなんでもいるのです。

カフェの取材で訪れた武蔵小山の街をのんびり散歩しているうちに、ネモという名前のベーカリー&カフェをみつけました。もしかしたら、ジュール・ヴェルヌ好きのパン職人が開いたお店?……確認したら、根本孝幸さんというパン職人のお店でした!

ベーカリーの奥にしつらえられたフランス風の居心地の良いカフェで、エスプレッソと、パルマ産の生ハムをはさんだフォカッチャをいただきました。ルッコラの香ばしい苦みは、なぜこんなにも生ハムの旨味と相性が良いのでしょう。あらためて「ひきたてあう2つの風味」の不思議を思いました。

081017kawag2.jpgよく考えてみると、そんなふうにシンプルに素材の味を楽しめたのは、味わいのベースを作るローズマリーのフォカッチャが、おいしいのだけれど声高に主張していないから。フォカッチャはフォカッチャとして、自分の役割をよく心得ている……そんな良さなのです。

お店を出るときに購入したのは、自家製天然酵母を使い、伊賀から理想の小麦粉「タマイズミ」を少量ずつ取り寄せて焼き上げているというバゲットと、黒ゴマたっぷりのプチパン。どちらもフォカッチャと同じように、これみよがしではないプレーンなおいしさ。合わせたお料理やワインをより魅力的に楽しませてくれました。

後日、根本シェフがかつてオーバカナルのベーカリーシェフを担当していたと知り、ああなるほど!と腑に落ちたのでした。今はもう存在しない素敵なカフェでもオーバカナルのバゲットが、フレンチトーストを作るのにぴったりの、くせのない良質のベースとして愛用されていましたっけ。

ネモという名前に惹かれて入ったお店は、幾つものささやかな偶然に満ちていました。

nemo Bakery & Cafe
東京都品川区小山4 -3-12

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2008年10月09日(木曜日)

知識のupdate:紅茶のゴールデンルール

東京カフェマニア主宰 川口葉子

081009kawag1.jpgある企画のナビゲーターとして、磯淵猛さんの紅茶専門店ディンブラまで足を伸ばして、インド紅茶旅行直前の磯淵さんにインタビューさせていただきました。紅茶をめぐる素敵なお話をたくさん聞かせていただいたのですが、ちょっとびっくりしたのは淹れ方のゴールデンルール。

有名な「紅茶のゴールデンルール」とは紅茶をおいしく淹れるための5つの基本原則のことで、ヴィクトリア王朝時代以来ずっと変わっていないらしいのですが、その中に「新鮮な水を完全に沸騰させたお湯を使う」という項目があります。

そのルールに忠実に、「お湯は思いっきりぐらぐらと沸騰させること」と、むかし教わった覚えがあり、そのまま知識を更新しないで今日まで来てしまったのですが、じつはそれでは紅茶がおいしくならないのですってね? 最近ではこちらのほうが常識でしょうか。

なぜなら、茶葉から香りや良い風味をひきだす大切な役割を果たしているのは、水の中に含まれている酸素で、この酸素、お湯の温度が90℃を越えはじめると、急速に失われていくのだそうです。完全に沸騰させてしまうと、もう酸素はあまり残っていないのですって。

それでは、ちょうどいい温度にお湯を沸かすにはどうすれば?という疑問に、岩淵さんは目で確認することを教えてくれました。やかんのお湯が沸きはじめたら、やかんのふたを取って目で状態を確かめるのです。

(1) 90℃を越えると、やかんの底の周辺から細かい泡がたちのぼる。
(2) 92~93℃になると、やかんの底の中央からも細かい泡がたちのぼる。
(3) 95℃を越えると、お湯の表面が小さく波打ちはじめる。
(4) 98℃に達すると、その波が大きくとがってくる。ここで火を止めて、すぐにあらかじめ茶葉を入れておいたポットに注ぐ。

081009kawag2.jpgポットにお湯を注ぐと、細かな泡をたくさん付けた茶葉が、お湯の表面に全部浮き上がってきます。この茶葉が自然に沈みきるのを待って、抽出完了。

さらに誰でもおいしく淹れられるコツは、とにかくたっぷりの量のお湯を沸かすことだそうです。飲む分量だけ沸かそうと思わずに、思いきって2リットルのお湯を沸かすと、それだけ酸素もたっぷりと含まれて、茶葉からおいしい成分がひきだせるのだそう。

酸素の量という点で、ミネラルウォーターは不合格。水道の蛇口から勢いよく流れ出てくる水をそのまま使うのがいちばんのようです。東京の多摩川水系の水はおいしいと言われていて、カルキの匂いもほとんど気にならないですよね。

私が小学生の頃に学校で習った人類の歴史や宇宙のなりたちなんて、もう何十年も前の歴史や科学の産物…つまり「20世紀の知識」で、現在の小学生たちが習っている21世紀の知識とは、かなり違ってしまっているのだろうなと、ふと思いました。

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2008年10月03日(金曜日)

ジャン=ポール・エヴァン、聖夜のシンデレラ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

081003kawag1.jpg東京ミッドタウンのリッツカールトンホテルで、ジャン=ポール・エヴァンの美しい新作ショコラが披露されました。

冬から春にかけてはショコラにとって重要な季節。ノエル(クリスマス)やヴァレンタインデーが巡ってきますね。

2008~2009年のジャン=ポール・エヴァンのクリエーションのテーマは<INFLUENCES(アンフリュアンス)>、すなわち“影響”。
シネマ、旅、モード、そしてユーモアとデカラージュ(言葉遊び)にインスパイアされたショコラの数々は、いっそうアーティスティックな洗練を深めるとともに、思わずにっこりしてしまうような遊び心に溢れていました。

たとえば、「ビュシェット」と名付けられた棒付きショコラ。フランスでは劇場の幕間に棒付きのアイスクリーム・バーを楽しむそうで、そのかたちを一連のショコラケーキに取り入れたのです。優雅な風味とカジュアルなヴィジュアルのなんとも言えないコントラスト。

また、真っ赤な旅行鞄をかたどった「ビュッシュ ドゥ ヴォワヤージュ」のエレガントな洒落っ気には脱帽するばかり。鞄のなかみはショコラガナッシュと、甘酸っぱいフランボワーズのジュレと、香ばしいヘーゼルナッツのビスキュイ。

さらに、ホームメイドを意味する「ビュッシュ メゾン」をそのまま家のかたちにして表現したケーキは、上品なショコラノワールの三角屋根の下に、ショコラムースとショコラのヴィスキュイが詰まっています。

081003kawag2.jpg感嘆の声をあげてしまったのは、「シンデレラ」と題された聖夜のための優美なショコラ製パンプス! パンプスを飾る深紅のオーナメントボールもショコラで作られています。クリスマスシーズンに限定20個のみ販売、15,750円。
そのフォルムの完璧さ! ひとくち食べるだけで乙女もおばさまもシンデレラになれそうですが、フォルムを崩すにしのびなくて手をつけられないかもしれませんね。

来日したジャン=ポール・エヴァン氏自身が、これらの新作および新しくなったマカロンの説明をしてくれました。私はもともと小ぶりで繊細な彼のマカロンが大好きなのですけれど、いっそうの改良を加えてさらに進化したというのです。

バタークリームを加えてコクを増した「マカロンショコラ キャラメル」、オレンジフラワー風味のパッションガナッシュをはさんで、ココナッツをトッピングした「マカロンショコラ パッション」など、ひとつ手をのばすともう止められない誘惑! 

アールグレイの茶葉をトッピングして、ガナッシュからも繊細な生地からも高貴なベルガモットが香り立つような「マカロンショコラ ベルガモット」と、ビターチョコレートのガナッシュをサンドして、砕いたカカオ豆をトッピングした、もっともチョコレートを力強く感じる「マカロンショコラ アメール」が私のフェイヴァリットです。

ショコラ好きにとって危険な季節が、今年も訪れようとしています。

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2008年09月27日(土曜日)

東京の空の下コーヒーは流れる

東京カフェマニア主宰 川口葉子

ご年配のかたほど、コーヒーにある種のロマンティックな想いを抱いていらっしゃるようです。コーヒーにまつわる思い出について、ある企画に寄せられたアンケートの回答を眺めているうちに、そんなことを思いました

まだ、コーヒーが贅沢なものだった時代を生きた女性は綴っています。
「あまりお金を持っていない学生時代に、財布とにらめっこしながら自分の出せる精いっぱいのお金で飲んだコーヒーは本当に今でも忘れられません」。

記憶に深く刻みこまれた一杯は、現在飲むことのできるどんな贅沢なコーヒーよりもかぐわしく、余韻に満ちた味わいなのでしょうね。

かつてはクラシックな手挽きのミルや、輝くサイフォンといった道具たちに憧れをかきたてられた人々も少なくなかったようです。いっぽうでは、こんな70代の男性もいらっしゃいました。
「正月には奮発してブルーマウンテンを一週間は淹れるのが我が家の永年の習慣!」

080927kawag.jpgこんな発言を聞いたら、「ちょっと待った!」とコーヒー好きの方々がいっせいに手を挙げて、かつての日本独自のブルーマウンテン崇拝をめぐる誤解をどうやって説明したものかと頭を悩ませるに違いないのですけれど、それでもやっぱり、なんだかいいなと感じてしまったのです。

清々しくあらたまった気持ちでお正月を迎える慣習と、日常のコーヒーにもハレとケの二面を持たせるという発想の楽しさ。季節と暦のリズムを暮らしの中に取り入れることに、コーヒーが一役買っているのですね。

コーヒー豆のクリスマスブレンドというのはあちこちのコーヒーショップで見かけますが、お正月の松の内というハレの7日間のためのコーヒーには、まだ出会ったことがありません。私ならどんなものを選んで、どんなふうに淹れるだろうと想像をめぐらせて楽しみました。

スターバックス1号店が銀座に誕生したのが1996年。東京育ちの現在の小学生なら、ものごころついたときには、みんながあたりまえにカプチーノを飲んでいたわけです。50年後に彼らが懐かしく思い出すコーヒーは、どんな姿をしているのでしょうか。

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2008年09月19日(金曜日)

渋谷で最もカフェらしいカフェ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

080919kawag.jpgマークシティと東急プラザを結ぶ猥雑な裏通りに建つ渋谷古書センター。コーヒーが飲める古書店Flying Booksは、その2階の窓に青色の看板をのぞかせています。

ビート・ジェネレーションの作家たちの本やアート系の書籍が美しく並ぶ店内の一角に、4つの黒いスツールが並ぶ小さなカウンターがあります。そこがカフェ。

注文できるのはコーヒーやミントラテなど飲みものだけですが、気鋭の若手オーナー山路和広さんに取材させていただいとき、そのカフェ魂が閃光のように輝くのを何度も目のあたりにしました。そして、渋谷で最もカフェらしいカフェはここかもしれないと、どきどきするような喜びを感じたのです。

高校生の頃から勉強はドトールでしていたという山路さん。昔ながらの珈琲店も愛用するとともに、1990年代半ば、表参道が瞬く間にフレンチ系カフェでいっぱいになった時代にはオープンカフェの魅力を満喫し、パリを旅すれば20~30年代文化を生み出した歴史的カフェや新しいカフェを訪ね、アメリカの有名無名のブックカフェを回っては人や本との多数の出会いを重ね……と、山路さんの「本とカフェをめぐる旅」の厚みとひろがりは素晴らしいのひとこと。

 「日頃、『本を読む=精神的な旅に出る』と考えています」 (山路さん)

“未来のための古本屋”であるFlying Booksには彼の豊かなバックグラウンドが存分に発揮され、ゲーリー・スナイダーを招いた(!)ポエトリー・リーディングをはじめ、刺激的なイベントが多数おこなわれてきました。この場所の尽きない魅力について、後日またAllAboutカフェで詳しくご紹介しますね。

Flying Booksで時間を過ごしたら、私の携帯電話にまで羽根が生えてしまったらしく、この直後にバッグからどこかへ旅立ったようです。今ごろビートニクスの聖地、シティライツ書店の上空を飛んでいるかもしれません…。

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2008年09月12日(金曜日)

カフェは個人の幸福を考える場所である

東京カフェマニア主宰 川口葉子

『スペシャルティコーヒーの本』など多数のコーヒーにまつわる著作でも知られる珈琲工房ホリグチの堀口俊英さんと、ある企画で対談させていただく機会がありました。

コーヒー好きの人々には今さらご紹介するまでもありませんが、堀口さんは焙煎はもとより、各国のコーヒー農園に出向いて栽培指導をおこない、生豆の買いつけから、焙煎業者やカフェ開業希望者に対する指導、コーヒーの味わいを客観的に分析・評価する方法の研究にいたるまで、コーヒーという仕事のパイオニアとして長年にわたり活躍されてきました。

0809kawag.jpg対談のテーマは「ご自由に」と主催者。ふりかえってみれば、堀口さんからおうかがいしたお話は刺激的なオール・アバウト・コーヒー。

ワインを評価するものさしをコーヒーに持ち込んでも無効だというお話。しかし、コーヒーの栽培と流通はワインから学ぶべきだというお話。私たちはワインを選ぶとき、産地と農園と作り手と年度を確認しますものね。コーヒーもそうなるべきと堀口さんはおっしゃいます。

かつて、コーヒーのプロたちがみなコーヒーのおいしさについても流通のしくみについても主観的なものさしでしか把握できず、消費者のシンプルな「なぜ?」に答えることができなかった時代から、コーヒーをめぐる状況はこの数年で劇的に変化してきました。

その立役者のひとりが堀口さんですから、自分の頭とからだを使って道を切り拓いてきた体験に基づくお話が、刺激的でないわけがありません。どんなジャンルにせよ、先駆者の言葉にはなにかしら聞く人の心をかきたてるものがあるようです。

自家焙煎カフェやビーンズショップを開きたいと考える個人に、綿密な開業指導をおこなっている堀口さん。30年以上にわたる経験から、街を歩いていてコーヒー店に入ると、立地条件、席数、スタッフの数、メニューなどをぱっと見て、そのお店の売り上げがすぐにわかってしまうそうです。

もっとも共感したのは、次のような言葉でした。
「いま、個人店が企業の出す店と戦うのは本当に難しい。小さなピストルで戦車に立ち向かうようなものです。僕は開業指導を通して、その個人に火炎瓶を渡しているんですよ(笑)」

その比喩はいささかぶっそうですけれども、私が以前から考えていた「カフェとは個人の幸福を考える場所である」ということが、いっそう強化されたのを感じました。作り手にとっても、お客にとっても、カフェは個人が世界と向きあい、ささやかでも自分の足で歩いていくための空間なのです。

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2008年09月05日(金曜日)

1/4の奇跡~本当のことだから

東京カフェマニア主宰 川口葉子

ドキュメンタリー映画『1/4の奇跡~本当のことだから』を観てきました。この日は上映前に入江富美子監督が壇上に立ち、映画づくりのプロセスを話してくださったのですが、それは映画そのものと同じくらいに感動を呼ぶストーリーでした。

080905kawag.jpg入江さんはある大晦日の夜、「周囲の人々に対して感謝のかけらも感じることのできない、だめな自分」をありのままにまるごと受け入れたとき、ごく自然に大きな感謝の気持ちが湧きおこってくるという体験をしました。

「感謝をしなければいけないと人から言われ続けてきたのですが、私にはどうしてもそれができませんでした。でも、そのときわかったんです。感謝はするものじゃなくて、自然に湧いてくるものなんですね」

魂からあふれ出る感謝に身をゆだねたとき、自分と周囲をへだてている境界さえも消えうせ、意識がひろがっていって宇宙とひとつになるというすばらしい体験が訪れたようです。そして、「自分の中の“ありがとう”が増えたとき、この宇宙全体の“ありがとう”の量が増えた」という確信を抱いた入江さんは、宇宙に感謝を増やす映画をつくろうと決意したのだそうです。

映画のテーマは養護学校の先生、山元加津子さんをめぐるドキュメンタリーにしよう、ということだけは直観的に決まっていました。とはいえ、入江さんは映画をつくった経験もなければ資金も人脈もなく、まったくのしろうと。なにもかもゼロから始めなければならなかったのです。

何から手をつければいいのかさえわからない状況の中で、入江さんの道を照らしたのは、恩師にあたる人物の「ミッション」という言葉だったそう。

「私はヴィジョンではなく、ミッションに従って生きようと決めたのです」
入江監督はそう語りました。

「ヴィジョンは自分で思い描くものだから、実現するには自分で力を出さなければなりません。でも、ミッションは天から与えられるものだから、自分の考えとは違う道を進まされることも、大変なことも多いけれど、天が力を与えてくれるよと、先生が教えてくれたのです」

たくさんの出会いと情熱に支えられて完成したドキュメンタリー映画『1/4の奇跡~本当のことだから』を、入江監督は”さずかりもの”と呼びました。その“さずかりもの”が上映されているスクリーンを見つめながら、私は涙が止まらなくなっていました。MS(多発性硬化症)という難病で亡くなった少女、笹田雪絵さんの綴った詩が、あまりにもすばらしかったのです。いったいどんな奇跡が、彼女にそのような深い叡智を与えたのでしょうか?

映画は、障害を持つ人々、難病を抱える人々の、一見、まるで苦しむためだけに生まれてきたように見えてしまう大変な人生が、本当は人間全体の未来を支えてくれているのだということを、たしかな裏付けをもって、静かに心に沁みるトーンで語りかけてきます。そして、無数の命に支えられて生きている私たちひとりひとりが、そのままで、かけがえのない存在なのだと。

手作りの自主上映会でひろがっている映画です。生きていくのがときどき、ちょっとしんどいなあ、と感じている人には大きな勇気をもたらしてくれると思います。もしお近くで上映される機会があったら、ぜひご覧になってみてくださいね。上映スケジュールはこちら

余談。この日、9月5日は入江監督の2番目のお子さんの誕生日。この日に映画が上映されるということは、ちょっと特別な意味がありました。なぜなら……答えは、映画のラストシーンに秘められています。

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