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2007年09月09日(日曜日)

不運な一日の天使

東京カフェマニア主宰 川口葉子

どんなにイヤな一日にだって、かならずひとり天使がいる。

心を両手でつかまれるような言葉に、曽我部恵一のエッセイで出会いました。曽我部恵一はその言葉を中島らもから聞いた大事な話として書いていますが、やはりこの言葉に大きく心を動かされたのでしょう。

「その天使がすべてから自分を救い出してくれる。
それはスーパーにいるおばちゃんかもしれないし、
バギーに乗った赤ちゃんかもしれない。
『その日の天使』」

070909kawag.jpg中島らもは52年の生涯のかなりの期間を、アルコールや薬の依存症、躁鬱病に苦しみながら過ごしました。
人生の耐えがたいほどの苦みをよく知っている彼が「どんなにイヤな一日にだって、かならずひとり天使がいる」と語る姿を想像すると、人間の心の愚かしい弱さと、それでも最後まで残っている輝くような強さとを、同時に感じずにはいられません。
中島らも自身、この言葉をどれほど心の支えにしてきたのでしょう。

天使はただ、大粒の通り雨をやり過ごそうと入ったカフェで「濡れませんでしたか」と、スタッフがなにげなくかけてくれた言葉かもしれないし、電車の中で透明なよだれをたらしながら、無心に笑ってこちらを見つめていた赤ちゃんのまなざしかもしれません。

自分で目をふさぎ、耳をふさいでしまわなければ、どんなにぱっとしない一日、いやなことだけの一日にも、世界のあたたかさに触れられる瞬間はあるようです。その瞬間に気づく力さえ失わなければ。

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2007年09月02日(日曜日)

屋上者はなぜシャンパンとビールを好むか

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070901kawag2.jpg光がふんだんにゆきわたった空の下、屋上カフェ/ワインバーで飲むシャンパンがあまりにも好きなので、再びこの屋上を訪れました。本日は曇り空でしたけれども。

東京タワーの見える屋上。特等席はこのドイツ製の、ほとんどベッドのような巨大ソファ。
ソファはスムーズに回転させられますから、もちろん東京タワーに向けて座ります。きちんと腰かけると逆になんだか座り心地が悪く、思いきってソファにあがりこみ、お行儀悪くクッションにもたれて横たわると、空がよく見えて気持ちのいいこと! 白い幌(ほろ)を頭上まで上げているので、ほかの席からは、このお行儀の悪さがうまい具合に隠れています。

シャンパングラスごしの東京タワーは、たちのぼる泡に包まれて、くすぐったがっているように見えました。

070901kawag1.jpg屋上と東京タワーが好きです、と私が言うと、たいていのひとは「なるほど、いいよね……」と、わかったようなわからないような顔をしながら心優しくうなずいてくれます。あまり熱心な同意ではありませんが。それからみんな、ふと思いついたように「なんとかと煙は高いところが好き、って言うけれどね?」と、笑ってつけ加えるのが常なのでした。

他人の同意を得られようと得られまいと屋上を愛してやまない人間のことを、個人的に「屋上者(おくじょうもの)」と呼んでいます。

今日、シャンパンを飲みながら気がついたのですが、高いところが好きなのは、屋上者と煙ばかりではないのです。そう、泡。シャンパンの泡も高いところへ、高いところへと勢いよくのぼりたがり、シャンパンの金色の屋上に到着するなりはじけて消えてしまいます。

なるほど、だから屋上者はシャンパンに親和性を感じるのだ! ビールも例外ではないし、そういえばシャボン玉も!
……と、大きな発見をしたつもりになった午後でした。

※8月に「ほんわか茶飲み日誌」のお休みをいただいたので、今週は2回更新しました。お読みくださってありがとうございます。9月からもどうぞよろしくお願いいたします。

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2007年08月31日(金曜日)

揺れる水のある街角

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070831kawag2.jpg子どものころ、デパートの屋上で金魚を眺めるのが好きでした。
空色の浅いプールでゆらゆらと泳いでいる、朱色や金色の金魚たち。その水にすこしだけ指を入れてみると、太陽にあたためられた水は眠たげにぬるく、昼寝の夢に入っていくときのような、すこし意識が遠のく感じが伝わってくるのでした。

我らは夢と同じ物質でできている。
        (「テンペスト」より)

シェイクスピアの魔術師の言葉を、大人になってから、そのときの状態にあてはめてみたりします。

070831kawag.jpg最近ではめったにデパートの屋上で金魚売り場をみかけることがなくなりました。熱帯魚売り場さえも少ないようです。
数少ない金魚の天国といえば、銀座松屋の屋上。帽子をかぶって小さな金魚プールの前に座りこむと、金魚のゆるやかな動きが水底に淡い光の波模様をつくるのがよく見えて、いつまでも見飽きません。

街角で出会う水の風景は、気持ちにも水分をたっぷり与えてくれるものですね。有楽町ャjービルの前には巨大な水槽が出現して、濃いブルーや黄色をした沖縄の魚たちが泳ぎ回っていました。

水槽の前に身をかがめたら、水面とガラス窓に映った空が重なって、まるで魚たちが高層ビルの上空を飛んでいるように見えました。南の島の魚たちには、東京の空の泳ぎ心地はどう感じられたでしょうか。

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2007年08月19日(日曜日)

谷中「カヤバコーヒー」の歌

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070818kawag1.jpg『東京タワーの歌』は鼻歌の名曲。落語好きの友人が、東京タワー好きの私にCDを送ってくれました。一度耳にすればいやでも覚えてしまう明朗で気持ちのいいメロディ、脱力する歌詞。東京タワーにふさわしい鼻歌です。

その『東京タワーの歌』を作詞作曲して歌っているひと、芸名「寒空はだか」さんにお願いして、ポートレートを撮影させていただきました。現在私が原稿書きに取りくんでいる本、『屋上喫茶階』に登場していただくためです。なにしろ東京タワーといえば、東京の屋上的存在ですもの。

若手芸人・寒空はだかさんの正式な肩書きは、ご本人によれば「歌うスタンダップコミック」。この日、彼が聞かせてくれた屋上観については『屋上喫茶階』(今年10月末に発売嵐閨jのページにしるすことにして、撮影の最後にサービスで1曲うたってくださった『カヤバコーヒーの歌』があまりにも素晴らしかったので、茶飲み日誌に書かせていただきます。

070818kawag2.jpgカヤバコーヒーは谷中の小さな交差点に建っている古ぼけた喫茶店。谷根千散歩ついでに、ここでコーヒーを飲んだことのある方も多いでしょう。そのカヤバコーヒーが、1年ほど前から閉まっていることをご存知ですか? お店を営んでいたご高齢のおばあちゃん二人組のうち、おひとりが亡くなられたそうなのです。

カヤバコーヒーは、根津にお住まいの寒空はだかさんの日常散歩コース。
「若いほうのおばあちゃんが亡くなったそうだけれど……どっちのことかな?! 休業中ということになっているけれど、残念ながら、お店はたぶんもう再開しないと思う」
そんな情報も教えてくれました。

有楽町のビルの屋上で彼が最後に歌ってくれたのが、愛する喫茶店に寄せた『カヤバコーヒーの歌』(作詞・作曲・歌:寒空はだか)。1番しかないのでCD化が難しいらしいのですが、喫茶好きの心を打つ、懐かしい匂いのする歌でした。亡くなったカヤバコーヒーのおばあちゃんの魂も、天国からこの屋上に降りてきて、歌声に耳を傾けていたのではないかと思います。

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2007年08月05日(日曜日)

カフェが扉を閉じる理由

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070803kawag1.jpg好きだったカフェが閉店するのはさびしいものです。ことに、お店を作っていた人々と言葉を交わし、なんでもないけれど気持ちにぽっと灯がともるような記憶が胸に残っている場合には。

カフェを作る人々が、カフェという場所に寄せるさまざまな願いと迷い。訪れるお客さまをもてなすためにはこうありたい、と心に決めている小さな、でもきっぱりとした意志。お店のオーナーと言葉を交わすとき、そういった思いの片鱗に触れたり、カフェをめぐる喜怒哀楽に接したりすることがあります。

カフェは生きもの。生きものの成長は作り手とお客さまが日々、ライブで生みだしていくものですから、その生涯は、たとえ短かろうが長かろうが、とうていひとことではまとめられないようです。そして、その生きものが幕を閉じる理由も。

旅の途中で訪れたカフェの若い女性オーナーから、1通のはがきが届きました。もうじきベビーが誕生して彼女がお母さんになるため、迷ったすえにカフェを閉店する決意をしたそうです。彼女は毎日たったひとりで、でもお客さまたちに助けられて楽しみながら、ちょっとびっくりするほど種類の豊富なお料理を作ったりスイーツを作ったりしていましたから、子育てをしながらカフェを続けるというのは難しいでしょう。

女性オーナーの場合は、人生の変化が直接カフェの閉店につながることが多いのですよね。結婚、離婚、ママになること、海外へさらなるお料理修業に。さまざまな理由で、カフェは閉じられていきます。

どうぞお幸せに。一人旅だった私に、心やすまる時間とおいしいごはんをプレゼントしてくれてありがとう。私に言えることはそんな言葉くらいしかないのですが、その空間の記憶はいつまでも心に残っていることでしょう。

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2007年07月28日(土曜日)

人のいる動物園

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070727kawag2.jpg北海道旅行の途中で旭山動物園に立ち寄りました。たびたび大きく報道されてきたので、現代的ですべてが美しく整備された園内を想像していたのですが、行ってみれば手作りの素朴なぬくもりでいっぱいの、でこぼこした動物園。逆にそれが魅力になっているのですね。

暑さをものともせず水の中をすいすいと泳ぎ回る園内の二大スターは、もちろんシロクマとゴマフアザラシ。すでに彼らの姿をご覧になった方も少なくないかもしれませんね。

どうしてシロクマもアザラシも笑っているように見えるのでしょう? 群がる人間たちの姿がおかしくて、ついにやりとしているようにも思えます。くねるおしりも軽やかに、自由自在に動き回っているのはシロクマやアザラシのほう。混雑で身動きがとれないのは人間のほうです。

この日も、シロクマのごはんタイムには見物客の長い行列ができていました。巨大なシロクマがまじかで小魚をとらえるさまは壮観。おまけに、シロクマの足の裏までじっくりと観察することができました。
シロクマの足の裏がこんなに可愛いなんて! もし人間を襲う気になったら私たちなどひとたまりもないにもかかわらず、その足の裏は、まんまるな黒いパンケーキそっくりなのです。
「足の裏がチャームポイントの動物……」
私のシロクマ観が大きく変わった一瞬です。

070727kawag1.jpgしかし何よりも心に残ったのは、ここに動物たちの世話をし、試行錯誤を重ねながら動物園をけんめいに作り上げている人々がいるという「人の気配」でした。実際にその人々の姿を見かけることはなかったのですが、園内のいたるところに立っている手書きの看板から、彼らがいきいきと働き、そして考える姿が強く伝わってきました。

動物が病気になったとき、動物のお医者さんはどんなふうに治療するか。
クモザル3匹がどうしてべつべつの檻に入っているのか。

手書きの看板には、そういったことがやさしい言葉でいきいきと綴られているのです。この動物たちの魅力をわかってほしい、思いきり楽しんでほしい、そして自分たちのしていることを知ってほしい……作り手の人々のそんな真剣な思い、息づかいがこれほどまでに身近に感じられるのは驚きでした。

人のいる動物園。
旭山動物園の風景を思いだすとき、そんな言葉が浮かんできます。

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2007年07月21日(土曜日)

夏の小さな音

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070721kawag1.jpg川崎大師ののんびりした風鈴市にでかけました。日が暮れて、境内には浴衣を着た盆踊りの踊り手たちや、はしゃぐ子どもたち、そぞろ歩きの大人たちが勢ぞろい。みんながちょっとほぐれた撫薰オている場所はいいものです。

ずらりと並ぶ屋台の電球に照らされているのは、全国から集められた2万個以上の風鈴たち。昔ながらの江戸風鈴から、京都の竹風鈴、瀬戸焼の風鈴、荻焼の風鈴、長野県諏訪でつくられているエミール・ガレ風の流麗な風鈴、デザイナーによる小さな現代彫刻のようなかたちの風鈴まで、いつのまにこんなに進化したのだろうと目をみはりました。

070721kawag2.jpgときおり微風が吹くと、いっせいに短冊がそよいで音色を響かせます。手吹きガラスの風鈴の澄んだやさしい音、銅の風鈴のかろやかな音、南部鉄の余韻豊かな音。

同じかたちの風鈴でもひとつひとつ微妙に音色が違うので、買おうとする人々はみな、何度も手で鳴らして耳をかたむけ、こっちのほうがいい?などと言い交わしながら音色を選んでいます。売り子たちも心得たもので、なんとなく買いそうな雰囲気を漂わせた人々が歩いてくると、すかさず総出でうちわを使って音色を響かせるのでした。

目を閉じて風鈴の音だけに耳を澄ませていると、昭和も明治も江戸も、その小さな響きのなかで幾重にも層になり、微細にふるえながらつつましい余韻を残しているように思えます。その後、焼き鳥とビールで至福のしめくくりに入ったときも、風鈴の音がずっと耳の底で小さく響いているようで消えませんでした。

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2007年07月14日(土曜日)

小山薫堂のパン屋さんの「百年カレーパイ」

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070713kawag1.jpgたいへん好きなクラシックホテルのひとつ、日光金谷ホテルのシェフと小山薫堂のオフィス「ORANGE」のコラボレーションにより、神谷町にパン屋さん「オレンジのバイテン」がオープンしました。

用事ついでに立ち寄ったところ、それほど目立つ店高ヲにはしていない、こじんまりしたお店にもかかわらず、次々に女性のお客さまがひとりで訪れては1個、2個とパンを買っていきました。それもそのはず、このシンプルで楽しげなお店は「山椒は小粒でぴりりと辛い」という感じのオーラを放っているのです。

070713kawag2.jpg話題の中心は、なんといっても「金谷ホテルの百年カレーパイ」(320円、写真の左側)。シェフと小山薫堂が試行錯誤を重ね、金谷ホテルのスパイシーなのに甘さたっぷりで濃厚な「百年カレー」を、さっくりふんわりしたパイ生地で包んだもの。深みのある甘さの正体は、やわらかな干し白ぶどうでしょうか。上品だけれどしっかり効かせたスパイスも効果的です。

ガラスケースにはこのほか、「昔ながらの手作りパン」として、ほんのり甘いバタークリームにみかんを並べた、チャーミングな「みかんパン」(160円/写真の右側)、揚げパンにきなこをまぶした「黄金パン」(140円)、こっぺぱん各種(150円~160円/ピーナツバター、あんバター、ジャムバター)、メロンパン(160円)、コロッケパン(250円)、やきそばドッグ(240円)など、ちょっとなつかしいパンが並んでいました。

070713kawag3.jpgどのパンも素朴で魅力的に見えるうえに、カウンターの中にいた感じのよい女性スタッフが、質問すればなんでも的確に答えてくださるので、ついつい、2種類のチーズを入れた「ちーずぱん」(160円)と、ふだんなら決して選ばないジャムバターの「こっぺぱん」までついでに購入し、さらに、可愛いオレンジ色の洗面器に涼しげな氷といっしょに浮かんでいたオレンジジュースも購入。
この100%オレンジジュースは和歌山産で6種類。糖度12度以上の甘いみかんをしぼった「味一しぼり」(350円)、あまずっぱい温州みかんをしぼった「きよみ手しぼり」(250円)、さわやかな「はっさく手しぼり」(250円)など。のどがかわいていたので、ジュースだけ店内でいただきました。

ただひとつの後悔は、1つだけあったスープメニューに気づかずに注文しなかったことです。カウンターのはしに白いル・クルーゼのお鍋が飾られていたので、もしかしたらお総菜もあるのかしら、とは思ったのですが。次回は「冷たいポテトポタージュスープ」(420円)も忘れずにいただくつもりです。

オレンジのバイテン
東京都港区麻布台1-11-10
TEL 03-3560-3725
OPEN 11:00~18:00、土日祝おやすみ
オレンジのバイテンのブログ

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2007年07月08日(日曜日)

エクウス

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070707kawag.jpg劇団四季からご招待いただいて、『エクウス』の初日を観てまいりました。写真は劇場の1階に併設されているカジュアルなカフェ。店内には開演前におなかをいい具合にしておこうとする人々の、小さな期待に満ちた活気が行き交っています。

『エクウス』は戯曲&映画『アマデウス』の脚本でも知られる名手ピーター・シェーファーの作品。6頭の生きた馬の眼を突き刺すという事件を起こした少年と、少年の心の奥深くの謎に踏み込もうとする精神科医との緊迫したやりとりが舞台上で展開されていきます。

『エクウス』がブロードウェイで初演されたのは30年以上も前のこと。以来、緊張感に満ちた脚本の素晴らしさと、やや衝撃的な内容から、世界中でくりかえし上演されてきました。私は80年代に映画版を観ており、スクリーンではリチャード・バートンが精神科医の苦悩を演じたのですが、もしかしてこの医師は少年によこしまな恋愛感情を抱いてしまっているのでは…と、よけいなことまで考えさせる名演(?)でしたっけ。

今年、ダニエル・ラドクリフがロンドンの劇場で『エクウス』の少年役を演じたのも話題になりましたね。映画ハリー・ポッターのファンにとっては少なからずショッキングな事件だったことでしょう。内容もさることながら、後半では全裸になって演技するシーンがあるのです。舞台は濃い闇に包まれ、完璧に計算されたスポットライトの効果のおかげで、見えてはいけないものは見えないようになっているのですけれど。

今回の劇団四季の舞台では精神科医を日下武史が演じており、長年にわたってストレートプレイを積み上げてきた彼の一種の凄みのようなものを堪能ることができました。『エクウス』という舞台は、テレビで活躍する若手の俳優さんたちが得意とするような演技の方法では歯が立たないのです。抑制の効いた、品格を感じさせる演技は、ひとつの”普遍”に到達していたようにも思えます。

あらためて、脚本の素晴らしさも再認識しました。少年の心の底へとどこまでも降りていくことによって、私たちをとりまく世界という不可解なものの謎に触れようとする試み。ラストシーンで少年はついにすべてを精神科医に打ち明け、「事件」の謎は解明されたかに見え、少年は「異常」な世界から「正常」な社会へと復帰できるだろうと告げられるのですが、世界が秘めているあまりにも深く巨大な闇の底には、決して人間の手が届くことはないのでしょう。

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2007年07月01日(日曜日)

人生の24時間

東京カフェマニア主宰 川口葉子

数年にわたって愛用している「ほぼ日手帳」には、各ページのすみに、印象に残る言葉が小さく印刷されています。この手帳を使う楽しみのひとつは、なにげなくスケジュールを書きこんだページの上でおもしろい文章にぶつかることなのですが、ある日、ちょっと衝撃的な文章に出会いました。<読者メールより>と添えられた、こんな内容です。

 中学校を卒業するにあたって…(中略)
 ある先生が言った言葉です
 「自分の歳を3で割ると、それが人生の時間だ」
 私達は15歳÷3=5時
 午前5時の夜明け前、今人生の夜明け前にいるのだと教えてくださいました。
 あなたの人生は今何時ですか?

070630kawag.jpg計算してみて愕然としました。私の人生は、もはや午後なのです。

人生の時間を1日24時間に換算したこの考えは、とりあえず24時間目の72歳でいったん人生の幕が下りる計算ですが、だいたい20歳くらいで目がさめて朝食の時間、30歳で午前10時のおやつの時間を迎えることになります。36歳で正午のランチタイム、45歳で午後3時のおやつ……そして54歳から57歳くらいのあいだに、夕暮れどき、日没の時間になるのです。

この計算で何より驚いたのは、夜の長さ。昼さがりの時間はあっというまに過ぎて夕方へと進んでいくのに、日が暮れて暗くなってからはとても長いように思えます。

ちょっとため息をつきかけたところで、ふと、私が1日のうちでもっとも時間を楽しんでいるのは夜間であることに気がつきました。低血圧の怠け者ですから、午前中はぼーっとねぼけて過ごし、まともにものが考えられるようになるのはお昼ごろ。夕方にむかって少しずつ調子があがっていき、日没は元気いっぱいのシャンパンもしくはビールタイムが始まります。

そんないつもの日々を人生24時間説に換算すれば、私は60歳くらいで人生最大のお楽しみ、ディナータイムを迎えることになり、66歳からは甘いデザートタイム。70歳前後で本を読んだり映画を観たり、だらだらしながらも充実した時間を過ごすことになるではありませんか。このことに気づいてから、60代、70代がけっこう楽しげなものに思えたりしています。

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