
2008年03月14日(金曜日)
コーヒーの風味、ひとの風味
東京カフェマニア主宰 川口葉子
どういうわけでしょうか、人生にコーヒーが深くかかわっている人々には、いわく言いがたい風味が醸しだされているようです。もの静かな変人だったり、名言集のようなひとだったり、豊かな内観の達人だったり、エネルギッシュな革命家だったり。
コーヒーの味と香りという目に見えないものをとらえる作業の緻密さや、そのおいしさをひとに伝えることの難しさ、一杯のコーヒーの背後にひろがる世界の複雑さに接していることが、その人間のたたずまいにも風味をもたらすのかもしれません。雪におおわれた札幌・月寒(つきさむ)の町に、自家焙煎珈琲豆の販売店「いわい珈琲」を訪ねて、そんなことを考えました。
「コーヒーの世界は、自分が積みあげてきた知識や技術ががらがらと崩れてしまうことがあります。いくらやってもつかみきれない部分がある。それがコーヒーにかかわる仕事の苦しさであり、面白さなんだと思います」
そう話してくださったのはご主人の岩井さん。ものごとの完成形が予測できると、途端につまらなくなってやめてしまうたちで、「子どもの頃もプラモデルのできあがりが見えてくると、そこで興味を失っていました(笑)」とおっしゃいますから、もともとコーヒーの世界にふさわしい要素をお持ちだったのかもかもしれません。
いわい珈琲は最高のクオリティの豆を厳選したスペシャルティコーヒーを焙煎・販売するお店で、カフェではありませんが、お願いすれば何種類でも気軽に試飲することができます。
赤いやかんがのったアラジンのストーブの前に腰かけ、あれこれ試飲させていただいた中で何よりも強烈な体験となったのは、同じ豆を違う抽出方法で飲みくらべることでした。ペーパードリップと、お店のおすすめのフレンチプレス。
さしだされた2杯のコーヒーは、これが同じ豆かと目を疑うほど、それぞれに全く異なる風味が引き出されていました。おいしいですか、と問われればどちらもおいしいのですが、目指しているベクトルがまるで違うのです。ペーパードリップは豊かなコクと余韻の世界へ向かおうとし、フレンチプレスは甘みや旨みの世界を追究しようとします。
私もしろうとなりにささやかな知識と技術を何年か積み重ね、自宅で「夏はコーノ式ペーパードリップ、冬はネルドリップ」を楽しみ、それをベストだと考えてきたのですけれども、まさにその瞬間にがらがらと崩れてしまいました。
東京に戻って以来、毎日「朝はフレンチプレス」です。この方法は豆の持つ風味をストレートに抽出するので、長所も短所もそのままカップの中にくっきりと表れてしまい、本当に良い豆でないとフレンチプレスを使う意味がありません。
「好きなものをずっと好きでいるのは難しい」
穏やかな物腰でそうおっしゃる岩井さんの言葉が、同じ思いを抱く者として胸に響きました。好きなものを仕事にしてしまうと、ただシンプルに楽しむという最良の甘受のしかたはできなくなってしまうのですよね。
いわい珈琲で教えていただいたことは一度ではとうていお伝えしきれないので、後日AllAbout[カフェ]で詳しくご紹介させていただきます。

2008年03月07日(金曜日)
電車の中のきれいなひと
東京カフェマニア主宰 川口葉子
電車の中で、若くきれいな人々を見かけることが多くなりましたね。ときどき読書の目をやすめ、車内の美男美女を眺めて小さな眼福を味わっています。
近頃の10代、20代の女性たちの手足が長く、顔だちがこじんまりと整っていて目に快いのはもちろんですが、最近めざましいのが“美人男性”の増加。造形はもちろんのこと、着るものも髪型もセンス良くまとめて、東京の青年たちはいつのまにこんなにきれいになったのだろう、と驚いてしまいます。
きのうの午後、人のまばらな車両で出会った美貌の青年。ちょっと凝った仕立てのかろやかな細身のスプリングコートに、これまた細身のチャコールグレイのスーツを優美に着こなし、座席の上に薄いビジネスバッグを置いて自分は座らず、ドアのところにもたれている姿はちょっとほれぼれするようでした。
その彼がポケットから取り出したのは、小さなハンドクリーム。彼は両手の甲にクリームをのばし、繊細な指先までていねいにすりこみました。きめのこまかい、美しいお肌です。
それから青年は、なんとCDケースくらいの大きさの、女子高生たちが持ち歩くような折りたたみ式のミラーを取り出しました。鏡を熱心にのぞきこむ仕草はまさに女子高生そのもの!
次にマスカラを塗りはじめたらどうしよう…と心配になったけれど、青年は駅につくまでひたすら鏡を眺めていました。あれは自分でも眼福を味わっていたのでしょうか。まことにうらやましいことです。

2008年02月29日(金曜日)
おばあちゃんの距離
東京カフェマニア主宰 川口葉子
電車の中でよく感じることですが、若い女の子ほど、身体が他のひとと触れあうのをいやがりますよね。
私も若い時分には、見知らぬ誰かとほんのちょっと肘が当たるのも避けるほどでしたから、もしかしたら本箔Iなものでしょうか。
年齢を重ねた女性ほど、身体的距離が近いのを気にしないように思えます。電車の座席に腰かけていて、両腕がべったりと両隣のひとにくっついても意に介さないふう。
それは彼女の腕がたくさんの日々、たくさんの子供たちを抱きあげ、頬ずりし、そのよだれや涙やおしっこをきれいに始末してきたために接触に無頓着になったのかもしれません。
おばあちゃんの距離感で思い出すこと。もう署粕N前のことになりますが、私は電車が行ってしまったばかりの小さな駅のホームでベンチに座り、ピアスをつけようとしていました。
耳たぶに穴を開けて間もないころで、まだピアスの着脱に慣れていませんでしたから、ひどく時間がかかっていました。
ベンチの前にやってきて、私の隣に腰かけた小柄なおばあちゃん。興味しんしんで私の手つきを見つめているのがわかります。
ああ、そんなに凝視されたら、ますますピアスが入らなくなる……と、内心ひそかにあせっておりますと、なんとおばあちゃんはいきなりベンチの上に正座して、ぐるりと膝を回し、私に直角に向き直りました。
距離が近いです。しかも直角です。
「痛くないの?」
おばあちゃんは好奇心もあらわに尋ねてきました。いえ、大丈夫なんですよ、と答えましたが、私はもうふきだす寸前。
「大変だねえ! やっぱり痛いだろう!」
やっとのことで両耳にピアスが装着されるのをとっくり鑑賞してから、彼女は率直に感想を述べ、正面に向き直りました。
私もこんなおばあちゃんになるんだ、と心に決めました。見たいものは見たい、話しかけたかったら話しかける。それくらい自由になれてこそ、長生きの甲斐があるというものです。

2008年02月22日(金曜日)
日あたりの良い心で食べる:Sacra cafe.
東京カフェマニア主宰 川口葉子
よく晴れたお昼どき、清澄庭園に面したSacra Cafe.で、気持ちの良い一皿を堪狽オました。薬を使わず健康に育てられている鶏が産んだ新鮮な卵と、有機栽培のほうれん草を使ったフロランタン。
安心して口にできるそのおいしさは、カフェのオーナー夫妻の食べものに対するバランスの取れた考え方をそのまま反映するものでした。
このところ少し身体の調子を崩していた私。毎日食べるものに対しても、自分の身体に対しても、疑心暗鬼になっていました。
安価に流通している輸入食材が信用できないのはもちろんのこと、健康に良いと宣伝されている食品も、トランス脂肪酸などの危険性をひとつずつ調べていけば怪しさはきりがありません。
Sacra Cafe.のオーナーはマクロビオティックの料理教室に通い、ベジタリアンの食事を実践していた時期があったそうです。
「でもそのうちに、頭で食べていることに気がついたのです」
あれは身体に良くない、これも食べてはいけない……そんな「食べると危険」情報ばかりが先行すると、逆にそれがストレスになって、シンプルな「ごはんの喜び」が見えなくなってしまうのですね。
たぶん、親しい人と笑いながらおおらかに楽しむ食事は、眉間にしわを寄せながら摂取するストイックな食事よりも、ずっと心身を元気にしてくれるのでしょう。2週間ほど前に急に身体の不調を自覚した私は、健康のためには楽しみを制限しなければ、という命令形で頭がいっぱいになっていたのだと気がつきました。
Sacra cafe.では、千葉の信頼できる生産者のもとから届く有機・減農薬のお米や野菜を中心に、「△△式」「△△べジタリアン」といった形式にはこだわらず、身体にやさしい食事とスイーツが丹念に手作りされています。その、のびやかで明るいおいしさ!
こじんまりした空間には古いボーエ・モーエンセンの椅子と胡桃材のテーブルが並んでいます。椅子の背に刻印されているのは王冠のマークとAの文字。この椅子たちはかつて、デンマークの王立アカデミーで使われていたものなのだそうです。
窓からは陽射しがたっぷりさしこみ、明るい店内には包みこむような、でも決しておしつけがましくなることのない、ひとつのトーンが感じられました。その空間で私が久しぶりに感じていたのは、確かな信頼感であったかもしれません。
食事のあと、ゲランドの塩を使った「塩クリームのロールケーキ」をひとくち味見して幸福な気持ちになり、そのあと会う予定の友人たちにも味わってもらおうとテイクアウトしたのです。めいめいが夜、自宅に持ち帰って小さなわくわくを楽しめるようにと、わざわざ1個ずつ小さな箱に入れていただいて。
それなのに、こらえ性のない友人たちは、箱をのぞきこんでたまご色のしっとりした生地を目にするなり、なんとその場で食べてしまいました。食いしん坊たちめ!
▼Sacra Cafe.(サクラカフェ)
http://sacracafe.com/sacra/
※休日は遠方からもたくさんのお客さまが訪れ、平日のランチタイムには界隈で働く人々でいっぱいになるそう。ゆっくり時間を過ごしたい人はその時間帯をはずしましょう。

2008年02月15日(金曜日)
カフェチェーンが出版社を提訴?
東京カフェマニア主宰 川口葉子
あるカフェチェーンが出版社を訴えた、というニュースが巷を少々にぎわせていますね。
ニュースによれば、原因となったのは一冊の雑誌に掲載されたカフェチェーンのランキング。ひとりのライターさんが合計11のカフェチェーンを覆面調査した結果が掲載されており、最下位にランクされたカフェチェーンが「名誉を傷つけられた」として出版社に1100万円の損害賠償を求めているのだそうです。
記事中のランキングでは、1位はタリーズ、2位はセガフレード・ザネッティ、3位はスターバックス。上位のお店だけ発表すれば波風も立たなかったのでしょうが、最後の11位までずらりと名前を並べると、まるで学校の廊下に期末テストの順位が最下位まで全員張り出されたような緊張感がありますね。
提訴に踏みきった当事者の憤りは理解できるのですが、いささか冷静さを欠いた、大人げない反応のように思えます。記事はあくまでも個人の主観的な判断で書かれていますから、落ち着いた年代の読者ならうのみにはせず、自分なりの基準でお店を選ぶはず……少なくとも、私の場合はそうです。
このカフェチェーンは、ブランドイメージへの被害を最小限に抑えるためには、笑って取り合わないのが一番だったのではないでしょうか。なにしろ世の中の大多数の人々は、毎週読み捨てられていく一冊の雑誌の中でそのカフェチェーンが最下位だと決めつけられたことなど知りもしなかったわけで、今回の提訴のニュースで初めてその事実が広まってしまうことになったのですもの。
カフェは本来、カップ一杯分の心の余裕を提供する場所であるはず。こんなランキング結果にも心の余裕と洒落っ気をもって対処するなら、逆にイメージ向上のチャンスに転じられるかもしれません。
たとえば、記事で指摘された欠点を3ヶ月かけて本気で改善し、このライターさんに1年間無料パスをプレゼントするというのはいかがでしょう。「あなたのおかげでこんなに素敵なお店になれました。お好きなだけご確認ください」という感謝の言葉とともに。そして、改善後の印象をあらためて記事に書いてもらえばいいではありませんか?

2008年02月08日(金曜日)
大人のための絵本『love ~ラブ~』
東京カフェマニア主宰 川口葉子
『love ~ラブ~』
画:ジャン・ベルト・ヴァンニ
文:ローウェル A.シフ
青山出版
(1890円)
デザイン性の高い絵本をいただきました。1964年にフランスで出版され、世界中で100万部以上のミリオンセラーとなった絵本の復刻版。バレンタインデーに大切な人に贈るにもふさわしい一冊です。
デザインを手がけたのはイタリアの画家ジャン・ベルト・ヴァンニ。ローマ大学建築学部出身、映画やオペラの舞台美術でも活躍した彼の才狽ェ豊かに発揮された『love~ラブ~』は、色彩や造形はもちろんのこと、紙の質感、手書きの文字、複雑なかたちに切り抜かれたページが隣りあうページに落とす不思議な光と影の効果にいたるまで、まるごとアートとして楽しめる凝った仕上がりです。
みごとな造形にばかり目が向きがちな絵本ですが、物語も強く心を動かすもの。主人公の女の子の姿に、自分の中に横たわる“屋上者”の魂が共振するのを感じました。
登場するのはかわいくない女の子。いささか風変わりな個性の持ち主で、人にいやがられることもするから、いつもひとりぼっちです。でも、彼女が手紙に書いた言葉は……。
唐突に、断ち切るようにして訪れるラストシーン。最後のひとことがあまりにも思いがけない言葉だったので、もしかしたら伏線となるページを読みとばしてしまったかしらと、もう一度最初からページをめくったほどです。
最後のページの意味について考えをめぐらしているうちに、溢れるようなせつなさに心臓をつかまれて涙してしまいました。たくさんの解釈が成り立つ言葉です。たとえばそこに人と人とのコミュニケーションのすれちがいや、あたたかな愛情を交わすことの困難さを読み取る人もいるでしょう。
私はひとりの女の子の孤独な魂と、そんなにも孤独でいながら世界を呪詛することなく、この世界の良いものを感じとり、世界を愛そうとする心を、なんと強く美しいのだろうと思ったのです。

2008年01月25日(金曜日)
スプーンが立つ?スペイン式チョコラータ
東京カフェマニア主宰 川口葉子
マドリッド~グラナダ~バルセロナと10日間のスペイン旅行をしたときの最大の記憶は、とにかく1日中食べてばかりいたこと。宿泊したウェスティン・パラスの優雅な朝食、ホテルリッツのアフタヌーンティー、グラナダの修道院ホテルのガスパチョと、私の身体に深く刻み込まれている記憶はガウディの建築よりむしろ料理。
スペインの朝食といったら、チュロスとチョコラータです。1日に5回食事をすると言われるスペインの人々にとって、食べる喜び=人生の喜びだとか。むやみに親近感を感じてしまいますが、そのスペインの食文化で重要な役割を占めているのがバル。
バルといえば、日本でもタパス(小皿料理)をつまみに立ち飲みで楽しむバルが流行しましたが、そんな「夜のバル」ではなく、「昼のバル」の魅力を取り入れたカフェが昨年末、目黒駅3分ほどの路地裏に登場しました。
カフェ「LUBERO(ルベロ)」のオーナーはスペイン旅行の折にバルの魅力を満喫し、濃厚なチョコラータを自身のカフェのメニューに組み込みました。
そのチョコラータは、私たちが想像するフランス式の「ショコラ・ショー」、つまり、ココア状のさらりとしたホットチョコレートドリンクではなく、半固形。テーブルに運ばれてきたとき、思わず「生チョコ?!」と目をみはりました。
スプーンですくいながらいただいた温かなチョコレートは、ドリンクとも呼べるしスイーツとも呼べそうな不思議なとろりとした食感。
「だまされたと思って、お砂糖を加えてみてください」
オーナーがおっしゃるので、おそるおそるチョコラータに砂糖とミルクを加えて混ぜてみますと、なるほど甘みをプラスしたほうがいっそうおいしくいただけます。
お店は2階建ての1軒家。1階奧のつきあたりに階段があり、2階席も自由に利用することができます。2階奧にはギャラリーも設けられていますので、のぞいてみてくださいね。
▼LUBERO(ルベロ)」
東京都品川区上大崎3-5-18
TEL:03-5421-5518
http://lubero.jp/

2008年01月18日(金曜日)
小さな2つの珈琲屋台の飲みくらべ
東京カフェマニア主宰 川口葉子
沖縄の島風に呼ばれて、東京から沖縄にたったひとりで移り住んだ女性、辻佐知子さん。
彼女が那覇の国際通りの路地裏でいとなむ小さな屋台の珈琲店「ひばり屋」さんの魅力については、拙著『カフェの扉を開ける100の理由』に綴らせていただきました。
※こちらのサイトでも珈琲屋台ひばり屋をご紹介させていただいています。
いつもなら那覇に行かなければ、辻さんの太陽のような笑顔とあたたかなお喋りとおいしいコーヒーに会うことはできませんが、今週末に屋台イベントで東京にいらっしゃるとのお知らせをいただきました。
JR中央線・武蔵小金井で同じくチャーミングな珈琲屋台をいとなむ「出茶屋」さんとの合同企画で、2人の女性店主のコーヒーの味を飲みくらべて楽しむという趣向。
辻さんは沖縄で「うつわによってコーヒーの味はどう変わる?」をテーマに、さまざまなうつわとコーヒーの取り合わせを試すという素敵な催しもおこなったそうですが、今回はカフェオレとカフェラテの飲みくらべが楽しめるようです。
週末の東京もきっと冷え込むことと思いますが、コーヒーの湯気と、気さくな辻さんのおもてなしに、心はぽかぽかあたたまるはず。お近くの方は散歩がてら立ち寄って、どうぞお気軽に辻さんとのお喋りを楽しんでくださいね。
「屋台デュオ!」~沖縄珈琲屋台ひばり屋が東京に遊びにきたよ~
【日時】 2008年1月19日 12時~20時までま
【特別メニュー】
「珈琲飲み比べセット」…600円
水の重力で淹れるドリップ珈琲 (出茶屋)
圧力で抽出するエスプレッ・(ひばり屋)
美味しいコーヒーの魅力をぜひ飲みくらべてみてください
petal.さんの可愛いお花一輪付き
「カフェオレ・カフェラテ飲み比べセット」…700円
フランスの珈琲牛乳カフェオレ (出茶屋)
イタリアの珈琲牛乳カフェラテ (ひばり屋)
珈琲を牛乳で割った優しい味の飲みくらべです
petal.さんの可愛いお花1輪付き
【場所】
武蔵小金井のお花屋さん「Petal」の前、「珈琲屋台出茶屋」にて
JR武蔵小金井駅南口から小金井街道をまっすぐ徒歩5分、坂の途中。
Flowers&Plants「Petal.」
※屋外でのイベントですので、暖かい格好でご来店ください。

2008年01月11日(金曜日)
風水のような、タオのような
東京カフェマニア主宰 川口葉子
家族というつながりは奇跡のようだと実感したお正月でした。日ごろは両親が元気でいてくれることに安心して自分の生活にかまけ、めったに実家に電話をすることもない私ですが、お正月に夫と帰省をすれば上げ膳据え膳で迎えてもらえるのはなんとありがたいことでしょう。
いつも、どんなときでも無条件に私の幸福を願っている家族。若い頃はそれが負担で、不自由とさえ感じたものですが--「不幸になる権利を奪われている」と思ったものです--いまでは本当に幸せな家庭で育ったのだと感謝しています。
生まれた瞬間から何十年もの間、ずっと変わることなく、見返りも求めずに注がれ続けてきた愛情。考えてみれば、それは本当に奇跡のようなものではありませんか。
そんなわけで、実家に帰ったときに両親から「麻雀をしましょう」と提案されたときも、麻雀が全然できないにもかかわらず、さからわずにつきあうことにしました。両親はどこかで「麻雀は脳の老化防止に良いらしい」というもっともらしい情報を仕入れてきて、20年ぶりに物置から麻雀パイをひっぱりだしてきたのです。
夫も私もまともにルールさえ理解していませんから、手渡された入門書を斜め読みしたあとは、父から教えてもらいながら実践。それが、父の言葉を聞いていると、まるで世界のなりたちと人生について語っているようなのです。おかげで急に、麻雀という遊びが内包している世界観に興味を惹かれてしまいました。
「いま、東の風が吹いているからね、それを忘れないで」
これは場風(ばかぜ)の説明なのですが、順繰りに東南西北の風が流れるその世界観は限りなく風水的と申しましょうか、タオ的と申しましょうか。もともと中国の遊びですから当然なのですが。
「自分の手ばかり見ていないで、場を読むんだよ」
「最初からゴールの形を決めつけないで、柔軟に変えていくこと」
「やってきたパイに逆らわないほうがいい」
父はそんなことをアドバイスしてくれましたが、まるでタオイストが宇宙の法則や人生訓を語っているようではありませんか。ひとつのゲームを深く探究していくと、宇宙の法則にまで突き抜けてしまうのかもしれません。
よく言われた「ドラは出世の妨げ」というのも、なかなか含蓄のある麻雀アフォリズムに思われます。自分のラッキーな持ち駒をどう活かすかに気をとられて、高いゴールにたどりつけないこと。
…なんてことに感心するばかりで、ちっとも勝負強くなりませんでした。

2007年12月29日(土曜日)
1年の最後に
東京カフェマニア主宰 川口葉子
日本のコーヒー界に大きな足跡を残された方の訃報が、この年末に飛び込んできました。もはやその人と言葉を交わすことはできなくなってしまいましたが、ある種、神様的な存在だったその人が魂をかけて育てあげたコーヒーの味と香りの記憶は、薫陶を受けた人々によって永く受け継がれていくに違いありません。心よりご冥福をお祈りします。
今はなき表参道の美しいカフェで、その人が焙煎したコーヒーを、そうとは知らずにずっと飲んでいたのだということがわかったのは数年前のことでした。
私の初めての著作 『東京カフェマニア』 の最初の章に、社会人になりたての時代にこよなく愛したカフェの記憶に触れ、いまでは名前すら思い出せなくなっているけれど、表参道の路地裏でひっそりと蔦におおわれて佇んでいたカフェに足しげく通っていた、と書いたところ、それを知った方が当時のオーナーとのご縁をつないでくださったのです。
すでに消えてしまったカフェのオーナーに初めてお目にかかり、往年の日々の記憶をうかがうのは不思議な気持ちがするものです。
「いつもお店のコーヒーを美味しく飲んでいました」
そう申し上げたとき、オーナーの口をついて出たのが、彼の名前でした。彼の焙煎した豆を用いるだけではなく、直接カフェに招いて丁寧にドリップの指導もしていただいたのだといいます。
人生の何年間かを、その人が焙煎したコーヒーの深く豊かな味わいとともに過ごすことができたのは、私にとって誇るべき幸運でした。クリスマスイブにこの世界から去っていかれたというその人に、そっと静かに、心からの感謝を捧げたいと思います。
今年もほんわか茶飲み日誌に1年間おつきあいいただきましてありがとうございました。2007年の私のお当番は1月11日(金)からのスタートです。新しい年もどうぞよろしくお願い申し上げます。