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2007年10月14日(日曜日)

フェルメールのパンプディング

東京カフェマニア主宰 川口葉子

071013kawag1.jpg東京ミッドタウンの向かい、国立新美術館でフェルメールとオランダ風俗画展が催されています。長いあいだ実物を見たくてたまらなかった『牛乳を注ぐ女』の日本初公開。いそいそと出かけました。

なにげない日常の一瞬を描きながら、見る者にふと永遠というものについて思わせずにはおかない、その絵。

「一度でいいから、この絵に描かれている牛乳をなめてみたい」

エッセイにそう綴ったのは著名なアーティストだったでしょうか。彼がオランダの美術館でフェルメールの絵に相対したとき、周囲に人影がなくなったのを見はからって本当に絵をなめてしまったのか、そうでなかったのか、私の記憶はあやふやです。

上のエッセイ以外にも、私の中には『牛乳を注ぐ女』に魅せられてきた幾多の画家や作家たちが綴った言葉の断片が積もり積もっていますから、先入観なしにこの絵を観るのは難しかったのですが、絵の持つエネルギーは心身に直接的な作用をもたらしました。

この1週間ほど、眠くてたまらないのに神経が興奮していてベッドに入っても眠れない、という困った不眠症が続いていたのですが、絵を観たあとで美術館の休憩スペースに並ぶウェグナーの椅子に座ったら、たちまち熟睡してしまったのです。40分ものあいだ美術館の椅子で眠りこんでしまうなんて、初めての体験でした。

絵の中で動いているのは、ひとすじの牛乳だけです。それは本当にこっくりとした色で生クリームのように濃厚に見え、牛乳を注ぐために静止している女性は、窓から光を浴びながら、たまらなく魅力的な量感をもってたたずんでいます。目に快い黄色、青色、赤の衣装。青の顔料は当時、黄金よりも高価と言われたラピスラズリ。

なんという静かな幸福感。ゆるぎのない日常。私が受けとったのは、永遠と一瞬とは同じものだという不思議な感覚でした。

牛乳が注がれているお鍋の前には、硬くなったパンがちぎって用意してあることから、「この女性はパンプディングを作っているようです」と、入口で借りた音声ガイドが説明してくれました。新鮮な濃い牛乳で作るパンプディング!

にわかに興味のテーマは食べものに移ってしまったのですが、展示されている絵を見回してみますと、オランダ風俗画には『パンケーキを焼く女』『ワッフルを焼く女』など、台所と食べものの光景がずらり。聖書を画題にした版画でさえ、肝心の聖書の一場面は画面の奥に小さく追いやられ、前景は巨大な魚や野菜たちを山盛りにしたキッチンでの料理風景が描かれているのでした。

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2007年10月08日(月曜日)

渋谷のアキアカネ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

071007kawag2.jpgそれはもう本当に1年に何度あるか、というまれなことなのですが、空が気持ちよく晴れている、ただそれだけのことで、このうえない幸せを感じる日があります。渋谷区役所の神南分庁舎の屋上にのぼったのは、ちょうどそんな日でした。

こんな緑の屋上が東急ハンズの向かいの細道にあるなんて、ご存じでしたか? 渋谷区はヒートアイランド対策のために新しく建設するビルの屋上の2割は緑化しなさいという条例を定めており、神南分庁舎の屋上では、どんな植物が育つかというモデル栽培をしているのです。

「日常の植物の世話は、職員たちがしています。毎朝30分くらいですね」
環境推進担当係のひとが説明してくれました。
余談ですが、区役所の各部署の正式名称は長くて、ひょっとして落語『じゅげむ』をめざしているのではないかと思われます。おめでたそうな漢字をたくさん連ねれば、幸福な人生になるんじゃないかという……渋谷区都市整備部環境保全課環境計画推進係。

071007kawag1.jpg短い期間のうちに、屋上緑化の技術はさまざまな進歩や、はやりすたりを重ねてきました。屋上緑化が提唱されはじめた当初は主流だった、乾燥に強い植物「セダム」も、いまでは推奨されていません。セダムは暑くて雨の降らない時期になると光合成をやめてしまうので、肝心のヒートアイランドの緩和には役に立ってくれないのですって。人間の側の勝手な都合ですけれども。

神南分庁舎の屋上菜園には姫りんごが薄赤い実をつけ、サツマイモが実り、小さな水辺にメダカが泳いでいました。ここにはささやかな生態系ができていて、鳥たちが訪れ、蝶やトンボや蜂が飛び、蟻やヤモリが日なたから日陰へと出入りしているのです。

「今の季節ならアキアカネが飛んできます。今日はちょっと暑いから、いないかな」
そんなお話をうかがっていたら、いえいえ、ここにいますよとばかりに、アキアカネが1匹しずかに飛んできて、目の前の枝にとまってくれました。

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2007年09月28日(金曜日)

電車の偽ママ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070928kawag2.jpg渋谷に新しく誕生したカフェで友人たちに会ったあと、ひとりで帰りの電車に乗るころに、めずらしく頭痛に見舞われました。頭の芯がひりひりするような、妙な頭痛です。

うーん、と思いながら吊革につかまっておりましたら、私の前に座っていた青年が立ち上がり、りりしい目をして私に
「どうぞ」。

ちょうど電車が次の駅に着くところでしたから、ここで彼は降りるのだと思い、空いた席に座ったのですが、彼は降りずに私の前に立っています。なんと、青年は私に席をゆずってくれたのです。

なぜ? いくらなんでも、頭痛が私の撫薰ノあらわれていたのではないはずです。電車に揺られながら考えをめぐらせて、ふと、正解に気がつきました。その日、私は胸の下で切り替えのあるワンピースを着ておりました。そう、マタニティドレスのような。

070928kawag1.jpg“ママになるひと”に間違えられた……!

そう気づいた瞬間、おかしくてふきだしそうになりましたが、違うんです違うんです、私のこのふくらんだおなかに入っているのは、大切な新しい命ではなくて、夜ごとのワインとおいしいものとスイーツなんですと、この心優しい素敵な青年に告白するわけにはいきません。

いっそ、青年を見上げて訊ねるべきでしょうか?
「あなたのファーストネームを教えてください」と。
彼はいぶかしがるでしょうが、名前を教えてくれたら、こう言いましょう。
「◎◎さん、もし生まれた子どもが男の子だったら、あなたのように優しい人間になれるように、◎◎と名づけます。どうもありがとう」

そうすれば彼に、私がどれくらい感動したかが伝わるかもしれない……などと、電車を降りるまで、偽ママとなった私はくだらないことを考え続けていました。

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2007年09月23日(日曜日)

小さな離島に咲いたコーヒーの白い花

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070922kawag1.jpg三軒茶屋の美しいカフェ、マメヒコにて、離島からひとりの小柄な白髪の男性をお迎えして、徳之島コーヒーの会がおこなわれました。

徳之島は鹿児島のはるか南、奄美諸島に属する小さな島です。マメヒコに現れた白髪の男性、吉玉誠一さんは、20年前に大阪から徳之島に移住し、憧れだったコーヒー栽培をたったひとりで始めたのです。根づくかどうかもわからないコーヒーの木に毎日、心をこめて話しかけながら。強い潮風や激しい台風と闘いながら。

070922kawag4.jpg2003年のこと。 その吉玉さんの挑戦に感動し、私たちも応援させていただけたらと、コーヒーの苗木のオーナーになる企画を提案してくださったのがグラウベルのコーヒー焙煎人・狩野さん。東京カフェマニアでもこの情報を告知させていただき、夫と私は1本ずつコーヒーの苗木を買いもとめて、吉玉さんに徳之島で苗木を育てていただくというかたちでオーナーになったのでした。

それ以来毎年1度、苗木の生長のようすを報告し、わずかながら収穫できた徳之島コーヒーの貴重な豆を試飲する会が東京で開かれてきました。そして第5回目となる今年はじめて、遠い徳之島からわざわざ吉玉さんご本人がいらしてくださったのでした。

070922kawag5.jpgこの日、吉玉さんは島で撮影してきた苗木の写真を、オーナーひとりひとりに配ってくださいました。苗木の前の地面には、ちゃんとオーナーの名前を書いた札が。写真にうつった私の木には、やっと咲きました、という風情で小さな小さな白い花がついていました。

「花はジャスミンのようないい匂いがするんですよ」と吉玉さん。愉快そうな目をした、あたたかくいきいきとした撫薰フかたです。このひとに毎日大切に世話をしてもらっているなんて、私の苗木はなんと幸せなのでしょう。

070922kawag3.jpgやっと栽培がかたちになってきたとはいえ、風速50mの台風が珍しくない徳之島で、コーヒーは決して思うようには育っていないようです。まだまだ収穫できなくてオーナーの方々に申しわけないからと、吉玉さんは現在、新しいオーナーを募集することは考えていらっしゃらないようです。

でも、私たちオーナーからすれば、すでに吉玉さんから素晴らしいギフトをいただいてしまっているのですよね。それは遠く離れた島での素敵な挑戦に、ささやかながら参加できているという喜び。だれかを応援させていただけるという楽しみ。吉玉さんが丹精した、徳之島の土の結晶のようなコーヒーを、毎年ちょっと飲めるという嬉しさ。

農作物ですからコーヒーの味は毎年ちがうのですが、独特の透明感はつねに変わりません。来年の徳之島コーヒーはどんな味と香りをもっているでしょうか。嬉しいことに、吉玉さんの後継者も少しずつ現れているようです。

070922kawag2.jpgコーヒーに合わせてマメヒコのテーブルに並んだのは、優しいおいしさの煮豆のプレートとエスプレッャvリン。こちらもみんなの顔をほころばせていました。

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2007年09月15日(土曜日)

8×6

東京カフェマニア主宰 川口葉子

1日半のうちに、たて続けにふりかかった「蜂」のお話です。

発端は、友人がmixiに書いた日記でした。部屋に蜂が入ってきて、30分ものあいだ、蜂に出ていってもらうために格闘したと。殺虫剤を使えば簡単だったのかもしれませんが、生きているものの命をむざむざ奪いたくないという友人の気持ちは、とてもよくわかります。

同じ場面になったら私もそうするだろうな、と考えていたその夜、なんと同じ状況に! いったいどこから入ってきたのか、1匹の蜂が天井の灯のまわりで大きな羽音をたてています。蜂は花の蜜めがけて飛ぶのではないの? どうして灯にぶつかっているの? とあせりましたが、とにかく一刻も早く退出していただきたい。

解決は意外にスムーズでした。懐中電灯をベランダに置き、部屋のあかりを消して真っ暗にして1分ほど部屋の外で待っていたところ、すんなり出ていってくれたようです。やれやれ。

しかしこの夜、蜂のシンクロニシティはまだ続きました。夫がTSUTAYAに行って「ロードショーを観逃したから、この映画を観ようよ」といってレンタルしてきたDVDは『ナイロビの蜂』!

070914kawag.jpgそして翌朝、品川のDEAN&DELUCAのカフェで、新創刊するフリーペーパーの編集長とカフェページの打ち合わせをしていたところ、編集長が「創刊号には銀座の屋上で飼われている蜜蜂の記事も入れますよ」とおっしゃって、養蜂のお話を始めるではありませんか!

この蜂続きはいったいなんなんでしょう。首をかしげつつ、駅のホームで「R25」を手にとったら、そこには世界中のあちこちで蜂の大群が姿を消している怪現象の記事が! 蜂のシンクロニシティ、5連発です。いったい宇宙は私になにを言おうとしているのでしょうか?

それなら、と私が出した結論は「はちみつを食べる」。パンケーキを焼いて、ふだんはメープルシロップ派なのですが、たっぷりのはちみつをかけていただきました。こういう卑近な結末でいいのかしらと疑問は残りましたが、おいしさに変わりはありません。

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2007年09月09日(日曜日)

不運な一日の天使

東京カフェマニア主宰 川口葉子

どんなにイヤな一日にだって、かならずひとり天使がいる。

心を両手でつかまれるような言葉に、曽我部恵一のエッセイで出会いました。曽我部恵一はその言葉を中島らもから聞いた大事な話として書いていますが、やはりこの言葉に大きく心を動かされたのでしょう。

「その天使がすべてから自分を救い出してくれる。
それはスーパーにいるおばちゃんかもしれないし、
バギーに乗った赤ちゃんかもしれない。
『その日の天使』」

070909kawag.jpg中島らもは52年の生涯のかなりの期間を、アルコールや薬の依存症、躁鬱病に苦しみながら過ごしました。
人生の耐えがたいほどの苦みをよく知っている彼が「どんなにイヤな一日にだって、かならずひとり天使がいる」と語る姿を想像すると、人間の心の愚かしい弱さと、それでも最後まで残っている輝くような強さとを、同時に感じずにはいられません。
中島らも自身、この言葉をどれほど心の支えにしてきたのでしょう。

天使はただ、大粒の通り雨をやり過ごそうと入ったカフェで「濡れませんでしたか」と、スタッフがなにげなくかけてくれた言葉かもしれないし、電車の中で透明なよだれをたらしながら、無心に笑ってこちらを見つめていた赤ちゃんのまなざしかもしれません。

自分で目をふさぎ、耳をふさいでしまわなければ、どんなにぱっとしない一日、いやなことだけの一日にも、世界のあたたかさに触れられる瞬間はあるようです。その瞬間に気づく力さえ失わなければ。

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2007年09月02日(日曜日)

屋上者はなぜシャンパンとビールを好むか

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070901kawag2.jpg光がふんだんにゆきわたった空の下、屋上カフェ/ワインバーで飲むシャンパンがあまりにも好きなので、再びこの屋上を訪れました。本日は曇り空でしたけれども。

東京タワーの見える屋上。特等席はこのドイツ製の、ほとんどベッドのような巨大ソファ。
ソファはスムーズに回転させられますから、もちろん東京タワーに向けて座ります。きちんと腰かけると逆になんだか座り心地が悪く、思いきってソファにあがりこみ、お行儀悪くクッションにもたれて横たわると、空がよく見えて気持ちのいいこと! 白い幌(ほろ)を頭上まで上げているので、ほかの席からは、このお行儀の悪さがうまい具合に隠れています。

シャンパングラスごしの東京タワーは、たちのぼる泡に包まれて、くすぐったがっているように見えました。

070901kawag1.jpg屋上と東京タワーが好きです、と私が言うと、たいていのひとは「なるほど、いいよね……」と、わかったようなわからないような顔をしながら心優しくうなずいてくれます。あまり熱心な同意ではありませんが。それからみんな、ふと思いついたように「なんとかと煙は高いところが好き、って言うけれどね?」と、笑ってつけ加えるのが常なのでした。

他人の同意を得られようと得られまいと屋上を愛してやまない人間のことを、個人的に「屋上者(おくじょうもの)」と呼んでいます。

今日、シャンパンを飲みながら気がついたのですが、高いところが好きなのは、屋上者と煙ばかりではないのです。そう、泡。シャンパンの泡も高いところへ、高いところへと勢いよくのぼりたがり、シャンパンの金色の屋上に到着するなりはじけて消えてしまいます。

なるほど、だから屋上者はシャンパンに親和性を感じるのだ! ビールも例外ではないし、そういえばシャボン玉も!
……と、大きな発見をしたつもりになった午後でした。

※8月に「ほんわか茶飲み日誌」のお休みをいただいたので、今週は2回更新しました。お読みくださってありがとうございます。9月からもどうぞよろしくお願いいたします。

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2007年08月31日(金曜日)

揺れる水のある街角

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070831kawag2.jpg子どものころ、デパートの屋上で金魚を眺めるのが好きでした。
空色の浅いプールでゆらゆらと泳いでいる、朱色や金色の金魚たち。その水にすこしだけ指を入れてみると、太陽にあたためられた水は眠たげにぬるく、昼寝の夢に入っていくときのような、すこし意識が遠のく感じが伝わってくるのでした。

我らは夢と同じ物質でできている。
        (「テンペスト」より)

シェイクスピアの魔術師の言葉を、大人になってから、そのときの状態にあてはめてみたりします。

070831kawag.jpg最近ではめったにデパートの屋上で金魚売り場をみかけることがなくなりました。熱帯魚売り場さえも少ないようです。
数少ない金魚の天国といえば、銀座松屋の屋上。帽子をかぶって小さな金魚プールの前に座りこむと、金魚のゆるやかな動きが水底に淡い光の波模様をつくるのがよく見えて、いつまでも見飽きません。

街角で出会う水の風景は、気持ちにも水分をたっぷり与えてくれるものですね。有楽町ャjービルの前には巨大な水槽が出現して、濃いブルーや黄色をした沖縄の魚たちが泳ぎ回っていました。

水槽の前に身をかがめたら、水面とガラス窓に映った空が重なって、まるで魚たちが高層ビルの上空を飛んでいるように見えました。南の島の魚たちには、東京の空の泳ぎ心地はどう感じられたでしょうか。

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2007年08月19日(日曜日)

谷中「カヤバコーヒー」の歌

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070818kawag1.jpg『東京タワーの歌』は鼻歌の名曲。落語好きの友人が、東京タワー好きの私にCDを送ってくれました。一度耳にすればいやでも覚えてしまう明朗で気持ちのいいメロディ、脱力する歌詞。東京タワーにふさわしい鼻歌です。

その『東京タワーの歌』を作詞作曲して歌っているひと、芸名「寒空はだか」さんにお願いして、ポートレートを撮影させていただきました。現在私が原稿書きに取りくんでいる本、『屋上喫茶階』に登場していただくためです。なにしろ東京タワーといえば、東京の屋上的存在ですもの。

若手芸人・寒空はだかさんの正式な肩書きは、ご本人によれば「歌うスタンダップコミック」。この日、彼が聞かせてくれた屋上観については『屋上喫茶階』(今年10月末に発売嵐閨jのページにしるすことにして、撮影の最後にサービスで1曲うたってくださった『カヤバコーヒーの歌』があまりにも素晴らしかったので、茶飲み日誌に書かせていただきます。

070818kawag2.jpgカヤバコーヒーは谷中の小さな交差点に建っている古ぼけた喫茶店。谷根千散歩ついでに、ここでコーヒーを飲んだことのある方も多いでしょう。そのカヤバコーヒーが、1年ほど前から閉まっていることをご存知ですか? お店を営んでいたご高齢のおばあちゃん二人組のうち、おひとりが亡くなられたそうなのです。

カヤバコーヒーは、根津にお住まいの寒空はだかさんの日常散歩コース。
「若いほうのおばあちゃんが亡くなったそうだけれど……どっちのことかな?! 休業中ということになっているけれど、残念ながら、お店はたぶんもう再開しないと思う」
そんな情報も教えてくれました。

有楽町のビルの屋上で彼が最後に歌ってくれたのが、愛する喫茶店に寄せた『カヤバコーヒーの歌』(作詞・作曲・歌:寒空はだか)。1番しかないのでCD化が難しいらしいのですが、喫茶好きの心を打つ、懐かしい匂いのする歌でした。亡くなったカヤバコーヒーのおばあちゃんの魂も、天国からこの屋上に降りてきて、歌声に耳を傾けていたのではないかと思います。

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2007年08月05日(日曜日)

カフェが扉を閉じる理由

東京カフェマニア主宰 川口葉子

070803kawag1.jpg好きだったカフェが閉店するのはさびしいものです。ことに、お店を作っていた人々と言葉を交わし、なんでもないけれど気持ちにぽっと灯がともるような記憶が胸に残っている場合には。

カフェを作る人々が、カフェという場所に寄せるさまざまな願いと迷い。訪れるお客さまをもてなすためにはこうありたい、と心に決めている小さな、でもきっぱりとした意志。お店のオーナーと言葉を交わすとき、そういった思いの片鱗に触れたり、カフェをめぐる喜怒哀楽に接したりすることがあります。

カフェは生きもの。生きものの成長は作り手とお客さまが日々、ライブで生みだしていくものですから、その生涯は、たとえ短かろうが長かろうが、とうていひとことではまとめられないようです。そして、その生きものが幕を閉じる理由も。

旅の途中で訪れたカフェの若い女性オーナーから、1通のはがきが届きました。もうじきベビーが誕生して彼女がお母さんになるため、迷ったすえにカフェを閉店する決意をしたそうです。彼女は毎日たったひとりで、でもお客さまたちに助けられて楽しみながら、ちょっとびっくりするほど種類の豊富なお料理を作ったりスイーツを作ったりしていましたから、子育てをしながらカフェを続けるというのは難しいでしょう。

女性オーナーの場合は、人生の変化が直接カフェの閉店につながることが多いのですよね。結婚、離婚、ママになること、海外へさらなるお料理修業に。さまざまな理由で、カフェは閉じられていきます。

どうぞお幸せに。一人旅だった私に、心やすまる時間とおいしいごはんをプレゼントしてくれてありがとう。私に言えることはそんな言葉くらいしかないのですが、その空間の記憶はいつまでも心に残っていることでしょう。

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