
2006年09月03日(日曜日)
おだやかな臨終
東京カフェマニア主宰 川口葉子
「だれかが死ぬときは、大事な家族のところに、必ず<お知らせ>が行くもんだよ」
義父はよく言います。彼の父親が亡くなる前には、家の玄関のドアがとつぜん、そばに誰もいないのにバーンというすさまじい轟音をとどろかせたそうです。
「お父さんが呼んでいる!」
そう直感した彼は全力疾走で父親の枕もとに駆けつけ、息をひきとる瞬間に間にあったといいます。たいへん長生きをした父親は、駆けつけた息子に手を握られてにっこりし、おだやかに旅立ったとか。
その不思議なできごとを大切に記憶している義父ですから、自分が亡くなるときも、息子に<お知らせ>をするかもしれません。それはすなわち、うちのマンションのドア? のんびりと島暮らしを営んできた長寿の家系なので、幸いにしてそんな日はずいぶん先なのだと思いますが。
死をどうとらえるかは家庭によって違うことでしょう。夫の育った家庭でも、私の育った家庭でも、肉親たちはおおむね健康で長生きをしたために、死は悲しいけれど自然で避けられないものとしておおらかに受け止められてきました。
先日出版した本『カフェの扉を開ける100の理由』のなかに、すこしだけ長野の亡き祖父のエピソードを書き、祖父がのこした冗談について綴ったのですけれども、そのページを父親に見せたら、さっそく「おじいちゃんはもっとおもしろい冗談ものこした」という感想が。私が期待していたのは、おじいちゃんも天国で喜んでいるだろうとか、懐かしいねとか、そのたぐいの言葉だったのですが…。
父によれば、祖父は病床で「自分が死ぬときは時代劇の中で息をひきとる人がよくやるように、なにか言いかけて、急にがくっと首をたれてみせる」と笑って宣言していたそうです。そうして亡くなるとき、本当に宣言の通りにして旅立ったのだとか。がくっと首をたれた祖父を見て、父は0.3秒くらいのあいだ、冗談か本気か判断がつきかねたそうです。

2006年08月25日(金曜日)
8月の光
東京カフェマニア主宰 川口葉子
どういうわけか今年の8月は、夕暮れどきに美しい光があらわれることが多いですね。
はっきりしない曇りの日にこそ、西の空に「ヤコブの梯子」が鮮やかにのびているのが見られます。しかもそれは見慣れた下向きの梯子ではなくて、上向きにのびている梯子。神々しい光景が毎日、空で無言のうちにくりひろげられていることに、不思議な感慨をおぼえます。
夏なんてきらい。
暑くてだるくて不快で、なにひとつする気になれない。
周囲にはそんなふうに言うひとも少なくなく、じじつ私も若い頃は夏が苦手でぐったりしていたものですが、30歳を過ぎてから夏が大好きになりました。
空に光がたくさんある感じが、好きなのです。そのふんだんな光を浴びて、街をゆく人々の髪や肩や腕が光っていたり、植物の緑や舗道に落ちる影が濃くなる感じも。
8月の終わり、暑さはまだまだ続きますが、すでに光は最高潮の頃の強さを失いはじめています。そんな時期には印象的な風が吹くもの。毎年、この時期になるとベランダに椅子を出して、風に吹かれながら読書して過ごすのが楽しみです。濃いコーヒーを淹れ、カップとおやつをトレイにのせて。

2006年08月18日(金曜日)
8月15日の花火大会
東京カフェマニア主宰 川口葉子
あちこちで花火大会たけなわですね。
友人のブログにこんな一節がありました。
> 江戸時代の粋な花火の味わい方とは
> 酒一献かたむけながら、まさしく花火の音だけ聞き、
> それがどんな花火なのか想像する。
> それがよろしい。
> とされていたようです。
彼女は青山の小さな洋書店のあるじ。神宮の花火大会の夜は、お店のなかで、音だけ楽しんで過ごしたそうです。
毎年すこしずつ、花火見物がじょうずになっていく夫と私。今年も多摩川の土手で恒例の大田区平和記念花火大会がおこなわれましたが、去年学習した「ビニールシートに座るより、椅子のほうがラクみたい」というのを活かし、アウトドア用の小さな椅子持参ででかけました。
この花火大会の何が素晴らしいって、おしあいへしあいの場所取りが全然ないこと。たくさんの人が集まるのですが、多摩川の土手は余裕がたっぷりあるので、のびのびと楽しめるのです。隅田川の花火大会に二度、横浜の花火大会に二度でかけて、あまりの混雑ぶりにへとへとになってしまった私にとっては、地元のこんなのんびりした花火大会がいちばん心やすらぎます。
ビールが切れたりすると、土手から駅近くに戻って買わなければならないことも学習済みです。昨年、夫は浴衣姿で何度も土手とビールのあるコンビニの間を往復し、ビールをかかえた姿を自分の教え子たちに目撃されていますから、今年はクーラーボックスにたっぷりの氷と缶ビール2本、スパークリングワイン1本、白ワイン1本をつめて持参しました。白ワインのコルクは自宅であらかじめ抜いて、もう準備万端。これだけ飲みものを用意すれば充分だろうと思ったのですが、川風の気持ちよさにつられて、ふたりできれいに飲み干してしまいました。
8月15日。
この宵、多摩川の土手は、つぎつぎに夜空に咲く花火とジャズの演奏を楽しむ人々の穏やかな撫薰ナ満たされましたが、60年ばかり前には同じ場所に人々が絶命して横たわっていたこともあったのです。
毎年、開会のあいさつではそんなこともさらりと触れています。真夏の夜空で赤や青に、金色に、幾重にも花ひらく閃光は、地上を去った人々や、いまここに生きている人々の、何億もの魂の輝きを集めてスパークしているようにも見えるのでした。

2006年08月06日(日曜日)
手の仕事
東京カフェマニア主宰 川口葉子
浴衣の季節になりました。帯をしめた人々が街を往き交うのを見るにつけ、千葉よしのさんの染めた藍の着物のことが思いだされます。
銀座のギャラリーで、彼女の手が生みだした着物が美術品のように飾られているのを見たことがあります。本来はふだん着であるはずの藍染めですが、ちょっと気の遠くなるような手仕事によって作られた千葉よしのさんの藍染めは、現代にあってはもはや美術工芸品。
息をつめるようにしてその色を見つめていると、白髪の紳士がやってきて横に立ち、
「このかたは、まず麻の種を畑にまくことから始めるのですよ」
と教えてくれました。
90歳を越える千葉よしのさんは、麻を育てて麻糸をつむぐこと、藍の種をまいて藍を育てること、そして麻布を藍で染めることまで、すべて自分の手ひとつでおこなってきたといいます。
「通常の藍染めは火を用いて一年中作業をしますが、このかたはいっさい火を使わず、あたたかい季節に藍が自然のままの温度で発酵する期間だけ染めるんです。藍に加える材料も灰汁やみりんといった自然のものばかりですから、藍の状態を調べるときは、なめてみるそうですよ」
千葉よしのさんの母親にあたる故・千葉あやのさんは重要無形文化財保持者に指定されており、千葉家の人々が守り受け継いできた最古の藍の技法は稀有なものだったのかもしれませんが、そのような手の仕事が、わずか100年前には、少なくともいまよりはずっと身近にあったのだとしたら、私たちは産業の発展という名のもとに、いったいどれほどのものを失ってきたのでしょう?
正藍染には殺菌作用や虫よけとしての効果もあるといいます。その着物のとなりには、もう少し若い男性作家による、これもまた見事な細かい刺繍の帯が飾られていました。髪の毛ひとすじほどの細さの糸で刺繍するその繊細な模様には目をみはるばかり。
「このかたは、刺繍をする針も自分で作っていらっしゃいます。このかたに弟子入りするには、暗闇の中で針に糸を通さないといけないんだそうですよ」
ここまでくると、なんだか宮本武蔵に弟子入りするようにさえ聞こえてきますね。それにしても、「ほどほどに良いもの」にはいくらでも出会うことができますが、「鳥肌がたつほど良いもの」には、なかなか出会えないものだなあ、と思いました。

2006年07月28日(金曜日)
コーヒーをうがいした男~恋愛小説家
東京カフェマニア主宰 川口葉子
『恋愛小説家』はジャック・ニコルャ唐ニヘレン・ハントの二人がアカデミー賞主演男優賞、主演女優賞を並んで獲得したヒューマンコメディ。
ストーリーはよくある「偏屈で頑固で孤独な主人公が、はじめて愛を知り、変貌を遂げる」という単純なパターンにのっとっているのですが、脚本のくふうと主演二人の存在感のおかげで、決して大味な映画にはならず、最初から最後までにやりとしながら気軽に楽しめる仕上がりになっています。
なにしろジャック・ニコルャ唐ナすから、鬱陶しいほどクセのある毒舌男(そのくせ、甘美な恋愛小説を書く作家)がはまり役。彼の潔癖性ぶりの描写もおかしくて、ニューヨークの舗道を歩くときは決して敷石の割れ目をふまないように歩いています。帰宅するやいなや真新しい石鹸で手を洗い、一度使った石鹸はただちにごみ箱へ。そのため、バスルームの戸棚の中にはつねに新品の石鹸が山積みになっています。
行きつけのカフェにも自分用のフォークとナイフを持参。カフェでは座る席を決めていて、先客がいると、とんでもない膜セを吐いて追い出してしまいます。当然ながら、店じゅうの鼻つまみ者になっているジャック・ニコルャ刀Bウェイトレスに対しても無茶な要求ばかりするので、無視されがち。
そんな彼がウェイトレスを呼び止めるためにした仕草、それはなんと、通りすぎるウェイトレスにむかって、コーヒーをうがいしてみせたこと! コーヒーが登場する映画は山ほどありますが、コーヒーでガラガラゴロゴロとやってみせた男なんて、私の知るかぎりではジャック・ニコルャ唐セけです。

2006年07月23日(日曜日)
山手線はコーヒーカップのふちを回る~珈琲時光
東京カフェマニア主宰 川口葉子
古い喫茶店の好きなひとなら、おそらくご覧になったことでしょう。小津安二郎生誕100周年にあたって、台湾のホウ・シャオシェン監督が東京で撮影した小津へのオマージュ映画『珈琲時光』。スクリーンのなかで、神田のエリカ、銀座のももやなど、おなじみの老舗喫茶店が静かな光に包まれている光景を観ることができます。
タイトルには「珈琲を味わうときのように気持ちを落ちつけ、心をリセットし、これからのことを見つめるためのひととき」という意味があるそうですが、映画のなかでコーヒーに劣らず重要な役割を担わされていたのは、東京の街をたえず行き交う無数の電車たちでした。
「東京と電車は切り離せないというのが私の東京観なのです」
監督がそう語るように、主人公たちは日々くりかえし都電荒川線や山手線、中央線などに乗って小さな移動をしています。古書店の主人役の浅野忠信が自画像として<緑色の山手線の車輌に囲まれた胎児>を描いたのも、電車や駅のホームにマイクを向けて音を収集しているのも、電車がかけがえのない自分たちの日常であるからなのでしょう。
山手線はゆっくりと円を描いてまわっているだけで、決して東京都心から離れることはありません。だからこそフリーライター役の一青窈は、山手線のなかで安らかにうたたねをすることができたのです。
考えてみれば私も、さほど混雑していない昼間の山手線の座席に腰をおろして電車のリズムに揺られているときには気持ちが落ちつき、これからのことを考えたり、小さなアイディアが降ってくるのをつかまえたりしていることが多いのです。それは「珈琲時光」という言葉に託された時間と同質のもの。
昼間の山手線は、コーヒーカップのふちをぐるぐると回っています。

2006年07月16日(日曜日)
チョコレート式人生と、シチュー式人生と…
東京カフェマニア主宰 川口葉子
「人生はチョコレートの箱」
そう言ったのはフォレスト・ガンプの母親でした。
「開けてみるまで中身はわからない」
チョコレート式に人生を送るひとは、新しい風の匂いを恐れないのでしょう。築き上げたひとつの世界が終わりを迎えても、何度でも顔を上げて、真新しい世界に飛び込んでいく勇気。それがチョコレート式人生の真髄です。
私の生き方は、ありあわせ野菜のシチューのように思えます。とりあえず目の前にあるおいしそうな野菜を次々に放り込んでいったら、いつのまにか現在のような味ができあがりました。最初に何気なく入れて今ではすっかり溶けてしまった具も、味のベースになっています。この先みつける具によっては、また味が微妙に変わることでしょう。シチュー式の人生に必要なのは、たっぷり具を煮込むことができる厚手の大きなお鍋だけ。
結城にあるカフェを訪れてオーナーにお話をうかがっているうちに、ミルクレープ式の人生があるのだと知りました。それは薄いクレープを1枚ずつていねいに焼いて、クリームをはさみながらひたすら積み重ねていく千枚のクレープ。
驚いたのは、カフェを構成するものごとのひとつひとつに、熟考が重ねられていること。オーナーになにを質問しても、通り一遍の答えではなくて、自分のやりかたを模索してきたひとならではの答えが返ってきます。決して立派な言葉が並んでいるわけではないのですが、何気ない言葉の背後に、あいまいな憧れだけではこのカフェは作れなかったのだという事実が横たわっているのを感じました。
きっとオーナーの中では、ミルクレープはまだ完成していないのでしょう。でも、その完成した姿が私には見えるように思いました。黄金色のミルクレープを完成させるのは、夢を描く力と、実現への強い意志。

2006年07月09日(日曜日)
音から色へ、ランボー変換
東京カフェマニア主宰 川口葉子
Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青。
詩人ランボーはよく知られた詩のなかで、母音を鮮やかな色に変換してみせました。
なぜAが黒くてEが白いのか、理由についてはさまざまな謎ときが試みられており、中には非常に説得力のある説も、むやみに色っぽい説もありますが、勝手ながら私は、ランボーの頭のなかに音を色彩にむすびつける回路があったのだと想像しています。音を聞くと自動的に色がイメージされる回路が。
たくさんのひとが、そんな回路を持っているのではないでしょうか。変換結果はそれぞれ違うかもしれないけれど。
ドは空色
レは黄緑色
ミはイチゴ色
私の回路は、音階をそのように変換します。なぜか数字の3を見てもイチゴ色が浮かんできます。ランボー回路をもっている人々の変換結果を集めたらおもしろそうですね。

2006年06月30日(金曜日)
癒す心、治る力
東京カフェマニア主宰 川口葉子
アンドルー・ワイルの本『癒す心、治る力』に出会ったのはもう10年以上前のことでしょうか。薬に対する考え方を根本から変えてくれた、私にとってのバイブルです。
身体に本来そなわっている驚異的な「治る力」と、それをはたらかせる自分の心を信じよう。ワイル博士の本を何冊か読んで以来そう考えるようになり、風邪薬をはじめ大半の薬を手放しました。いま、うちにあるのは、年に2~3度お世話になる頭痛薬と便秘薬の2種類だけです。
しかし先日、この2種類さえも手放したくなるできごとが起こりました。
私は市販の薬をひきだしにしまっています。薬の紙箱から外に、銀色のカプセルに並んだ錠剤を出したまま。先日ひさしぶりに頭痛に見舞われたときのこと、忙しいので手っ取り早く解決しようと、ひきだしをあけて錠剤を飲んだのですが…。
ひきだしの奥に隠れていた薬の紙箱をなにげなくひっぱり出して、箱のおもてを見ると、そこには「自然に近いお通じをお求めのかたに」の文字が。そうです、この1年ばかり私が頭痛の薬だと思って飲んでいたのは、便秘の薬だったのでした!
それで頭痛は治ったのかって? いつも「薬を飲んだ」ということに安心して、頭が痛いことをあまり意識しなくなるので、効いたといえばちゃんと効いたのかもしれません…。

2006年06月25日(日曜日)
CAFE UNIZON~空の名前・みどりのゆび
東京カフェマニア主宰 川口葉子
沖縄本島・宜野湾市に、CAFE UNIZONをたずねました。
米軍基地のある町の風景は不思議です。建物の列がふっととぎれ、やけに空がひろい場所に出たと思うと、そこは普天間飛行場だったり、青々とした芝生のひろがる米軍住宅だったり。
カフェは米軍住宅ごしに北谷の町と海をのぞむ高台にありました。風のとおる気持ちのいい空間に、ゆったりしたソファと観葉植物。大きな窓からは空がよく見えています。
CAFE UNIZONをプロデュースした三枝克之さんは、『空の名前』の企画編集、『月のオデッセイ』『旅のカケラ-パリ・コラージュ』の執筆など、数々の名作を生みだしてきた作本家です。アートに対する鋭い眼力と編集のセンスはカフェにも存分に発揮され、店内には分野を問わず魅力的なもの、それまで沖縄では手に入らなかったものが集められていました。
新鮮な刺激は、音楽や美術、文学などに限らず、たとえばスタッフがエプロンがわりに身につけている布からも伝えられています。なにげなく巻かれたヨーガンレールの布は、眼をとめたお客さまからたびたび質問を受けるそう。1枚の布からひろがる、小さなインスピレーション。
「カフェとアートは似ていると思うのです」
そう話してくれたのは店長の山之内裕子さん。
「どちらも生きていくうえで絶対に必要なものではないのだけれど、必要なもの。なくてもいいのだけれど、なくてはならないもの」
那覇市内の有名店シナモンカフェで4年のあいだ活躍してきた山之内さん。しっかりとしたクオリティのあるCAFE UNIZONのお料理は、彼女が中心となって考案しています。
「調子の悪いときに、彼女が<これを食べてみてください>と作ってくれたものを食べると、なぜか治ってしまうんですよ」と三枝さんは微笑しました。
「これといって特別な料理ではなく、ごくふつうの材料を使っているらしいのですが」
いるんですよね、そういうお料理を作る人が。草花を元気に育てることのできる「みどりのゆび」の持ち主がいるように、お料理で人を元気にすることができる人も、きっと魔法の「人間版・みどりのゆび」を持っているのでしょう。
ランチ文化全盛の沖縄にあって、CAFE UNIZONの開店は午後1時から。正午からのオープンを望む声もあるそうですが、山之内さんは首を縦にふりません。
「ここでお出ししているのは玄米のプレートです。玄米はよく噛んでゆっくりと食べるものですから、12時から1時間以内にあわただしく食事をすませて会社に戻らなければならない、という条件には向かないと思うのです」
なるほど、そういう考え方も納得できます。その横で「だれよりも、ぼくが正午から開けてほしいんだけど…」と、プロデューサーが小さな声でつぶやいていました。