
2006年03月31日(金曜日)
花びらと雪の舞う、あの衣装だんすのこと
東京カフェマニア主宰 川口葉子
来年早々に本の出版を予定オています。文章も写真も私が担当することになっており、その本におさめる写真の最初の撮影を、新月の次の日に桜の花のもとでおこないました。
はじめての作業で緊張するうえに、撮影場所の使用許可は1時間だけ。制限時間のなかで力を出し切らなくてはなりません。気持ちの張りつめた1時間でしたが、信頼できる友人たちがアシスタントをつとめてくれたこともあり、最後まで集中力を切らさずに撮影を終えることができました。
その夕方、出産のために入院していた友人からメールが届きました。
「午後1時半、息子が誕生しました」
満開の桜を前に私が作業に集中していたちょうどそのとき、友人もまた全力で赤ちゃんのために苦痛と闘っていたのです。誕生したベビーは3500gを超えるビッグサイズ! 彼女の大好きな陸亀にちなんで(ちょっとユニーク…?)陸人くんと名づけられました。
まともに陸人くんの人生の役に立ちそうなことは教えてあげられそうもありませんが、私は気のいい魔女のおばさんの一人として、あの衣装だんすのことや、まぼろしの子どもたちが見え隠れするあのイギリスの屋敷のことなどを、ちらりと話してあげようと思います。
『ナルニア国ものがたり』の映画が始まってほどなく画面に現れる大きな衣装だんす。それは数々のすばらしい児童文学のなかでも、もっとも胸おどるイントロダクションのひとつです。重たげなたんすの扉を開けるスクリーンの中の幼いルーシーに、呼びかけずにはいられませんでした。
「その衣装だんすのこと、私もよく知っているんですよ! 子どもの頃に何百回入ったかわかりませんからね。行ってらっしゃい!」
いつの日か陸人くんのことも、そんなふうにあの衣装だんすに送り出してあげられたらいいなと思っています。

2006年03月25日(土曜日)
宇宙のひとしずく
東京カフェマニア主宰 川口葉子
ごくまれにですが、どうしてこんな写真が撮れたのだろうと自分でも不思議になる1枚が生まれることがあります。
3月、奈良の秋篠寺を訪れた午後のこと。細かな雨がひっそりと町全体を包みこみ、お寺の本堂も、境内に咲きほこる梅の花もやすらかに濡れそぼっていました。
人影のない美しい境内を、傘をさしてゆっくりゆっくり歩いているうち、松の枝に目が吸い寄せられました。緑色の松葉ひとつひとつの先端に雨粒がやどり、冴えた光を放っているのです。その一粒に目をこらすと、水滴の楓ハに世界が凝縮されて映っていました。わずか5ミリほどのしずくが、地球をまるごと含んで、しんと静まりかえっています。
透明な地球はやがて重たくふくらみ、松葉の先から滴り落ちました。あ、地球がひとつ消滅した、と思いました。けれども、となりの松葉にはもうひとつの地球があり、さらにとなりにも別の地球があり、視線を移動させれば松の木全体に無数の惑星が鈴なりになって、銀河さながらにみずみずしくきらめいているのです。
この5ミリの地球の輝きがとらえられますように。そう願いながらレンズを向けると、まさに地球がしたたり落ちようとする瞬間が写っていました。
いま眺めてみると、写真には充足感のようなものも映りこんでいるような気がします。レンズを向けているとき、私は松葉の先端の水滴を見つめるのに集中して、ほかのことはいっさい考えていませんでした。自分が誰かなんてことも、気がかりな考えごとも、濡れた爪先の冷たさも、何もかもが消え去って、ただひたすら息をこらして立ち続けていたのです。
そのときは気がつかなかったのですが、もしかしたら私の意識はなにか<大きなもの>と、つかのま一体になっていたのかもしれません。

2006年03月19日(日曜日)
小学校の校庭、春先の雨
東京カフェマニア主宰 川口葉子
京都の繁華街の一角にある京都芸術センターは、廃校になった小学校の建物を改修して造られた施設です。小雨の降る夕方、すこし道に迷いながら古い建物の門をくぐりました。
建物にはなつかしい匂いがしていました。かつては教室だった空間が、若手アーティストたちの作品を展示するギャラリーになったり、劇場になったり、図書室になったりと、新たな役割を与えられて甦っています。
踏みしめるたびにきしむ木の階段の中央には、白線が残っていました。そういえば小学生の頃には、「廊下は走らない」「右側歩行」と、先生がたに耳にタコができるほど繰り返されましたね。当時はなぜ先生がたがやっきになって私たちを走らせないようにするのかと不思議だったものですが、今、子どもたちが狭い場所でやみくもに走り回っている姿を見かけると、子どもどうしが正面から激突して歯でも折りやしないかとひやひやしてしまいます。
校庭を囲む教室のひとつにカフェが設けられており、コーヒーと、昔の喫茶店ふうのミートメ[ス・スパゲティをいただきながら、子どもの頃から雨の日の授業が好きだったことを思い出していました。絶え間のない雨の音と、室内にこもる静かな気配は、なんとも心を落ち着かせてくれるもの。
カフェを出たあとも、廊下の窓ごしに、暮れ方の校庭に降りしきる細かな雨と、水たまりに映る校舎の灯を眺めたまま、長いあいだ立ち去ることができませんでした。

2006年03月10日(金曜日)
魂は星にもらった
東京カフェマニア主宰 川口葉子
本のページをめくっているとき、世にも美しい一句をみつけました。
かたつむりたましひ星にもらひけり
(成瀬櫻桃子)
小さなかたつむりの中にもひっそりと魂が宿り、光を放っているという発見。
それは遠い星にもらった微かな光です。地上に立って見上げるとき、夜空を何千光年もへだてた星は、うんと目をこらさなければ見えないほどの弱々しい光にすぎません。
でも、もしも私たちが肉体を飛び出して、遙かなその星のすぐそばに行ったなら、爆発的に燃えさかるエネルギーの輝きを前に、目も開けていられないことでしょう。
無限の輝きを内包して、ちらちらとまたたく小さな魂。その白い星の光が、かたつむりの薄い殻の内側からほのかに透けて見えるようです。宝石のような光を抱いて、かたつむりはただ無心に枝を這っていきます。
私の魂もまた、かたつむりと同じように、星にもらったような気がしてなりません。遠くでひそやかにまたたいている小さな小さな星。その無限のつつましい光を大切に抱いていること。それができるなら、果たすべきことはもう何ひとつないのかもしれません。

2006年03月03日(金曜日)
氷で造られたバーで
東京カフェマニア主宰 川口葉子
スウェーデン名物、氷でできたホテルICEHOTELの中には、やっぱり氷でできたバー「ICEBAR」があるそうですが、そのアイスバーが西麻布にも登場しました。正式名称はABSOLUT ICEBAR TOKYO(アブャ求[ト・アイスバー東京)。
店内の気温は氷点下5℃。壁やカウンター、テーブル、椅子、そしてカクテルのグラスまでが、北極圏を流れるトルネ川の氷を空輸して造られたと聞いてちょっと好奇心がうずき、近くのレストランに夕食を蘭オたついでに、ICEBARで食前酒を1杯いただくことにしました。マイナス5℃でお酒を飲むというのがどんな気分か知りたかったのです。
バーの入り口で渡されたのは、白いフェイクファーのフードがついた銀色のマント。NASA開発の新素材といった趣で、コートの上からマントをはおると完全防寒態勢になりましたが、マントには防寒と同時に「人間の体温を氷に伝えない」という重要な役割があるそうです。氷のベンチに体温が伝わると溶けてしまいますからね。
連れも私も、マントをはおった段階からくすくす笑いが止まらなくなってしまいました。バーを訪れたというよりも、アミューズメントパークに遊びに来た気分です。銀色のマントを揺らしてカウンターの前に立ち、ウォッカベースのカクテルを飲んでいる連れの姿が、なんだかオビ=ワン・ケノービに見えてしかたありません。そう思うと、あたりはにわかに辺境の惑星に各銀河から集まってきた密輸宇宙船の乗組員たちが立ち飲みしているバーに思えてきます。かたすみにはチューバッカやR2D2がいそうだし、カウンターの下からヨーダがひょっこり顔を出しそうなのです。
マントの防寒は完璧だったのだけれど、しだいに足もとから冷気が這い上がってきて、結局は30分で退散しました。観光地としてはなかなか面白い場所です。ライトセーバーなど持参すると、さらにスターウォーズごっこが楽しめそうですね。

2006年02月25日(土曜日)
100年パンケーキ
東京カフェマニア主宰 川口葉子
祐天寺にmargoというこじんまりした美しいカフェがあります。久しぶりに界隈を散歩した折に立ち寄り、変わらない空気にほっとしました。スタッフやインテリアがめまぐるしく交替するカフェもありますが、このカフェは1年半ぶりに訪れても、ほのかに発光するような空気はそのまま。女性オーナーの小鳥のような印象も変わりませんでした。
そうは言っても小さな「試み」は嬉しいもので、最近は天然酵母でパンを焼いているんですよ、と登場したパンとは初対面。飾らないおいしさに手作りのブルーベリージャムがよく合いました。
そしてもうひとつ初耳だったのが、昨年お店で催された「サワードー・パンケーキ・ハイティー」=パンケーキのお茶会。オレゴン州に住む家族の台所で100年の間、かけ継がれてきたサワードー(小麦天然酵母)のタネをゆずり受けてパンケーキをたくさん焼き、スモークサーモンやポテト料理、自家製のジャムやシードルなどといっしょに楽しんだのだそうです。パンケーキのタネを少しずつつぎたして使い続けるなんて、まるで秘伝のウナギのたれのようですね。
100年前の世界の成分をほんの少し含んだパンケーキはどんな味だったのでしょうか? 100年前の世界では、アメリカで開催された世界博覧会で初めて「ハンバーガー」が売り出され、ノルウェーがスウェーデンから独立し、日本はロシアと戦争中で、夏目漱石が『吾輩は猫である』の連載を始めていました。そんな世界の名残りをとどめた味。
一般的なパンケーキとクレープの中間くらいの薄さで、ふわふわ、もっちりして美味しかったですよと微笑するオーナー。でも、次回のためにサワードーを少し残しておかなければいけないと注意されていたのに、うっかり全部使いきってしまったのだそうです。
「また、その人にゆずっていただいて作ろうと思います(笑)」
アメリカの緑豊かな田舎町からmargoにやってきたサワードー。今度は女性オーナーのご自宅のキッチンの片隅で、何年も、ひょっとしたら何十年も、少しずつ継ぎ足されていくことになるのでしょうか。2006年の世界の成分は、100年後の人々にはどんな味としてとらえられるでしょう?

2006年02月18日(土曜日)
小さなにんじんの輝き…「野菜カフェにんじん」
東京カフェマニア主宰 川口葉子
真冬の寒さが戻ってきた金曜日の朝、石神井公園駅前にある小さなカフェ、野菜カフェにんじんにおじゃましました。寒さで少しかじかんだ指先がぽっとあたたかくなるような、やさしい心の伝わってくるカフェでした。
店名の通り、メニューの中心は有機栽培で育てたおいしいにんじん。にんじんの豆乳スープやにんじんジュース、さまざまな有機野菜のごろごろ入ったカレーなど、おなかが疲れているときでもすんなりと身体に入ってきて栄養を与えてくれるものばかりです。「3日間食べれば元気になる」という奄フ細切りのにんじんをたっぷり混ぜこんだおにぎりは、オーナーの馬場温子さんが考案したもの。
「糖尿病のお客さまが『ここのごはんなら安心して食べられる』と、毎日のようにお店に来てくださるのをありがたく思っています」
ふだん食の細い子どもが、野菜カフェにんじんのごはんだけはよく食べるからと、ご近所のお母さんたちがそれぞれの子どもを連れて貸し切りパーティーをおこなったこともあるそう。
馬場さんは国立精神・神経センターなどに勤務し、自立支援のリハビリテーションに携わる作業療法士として30年以上活躍なさってきた女性。野菜カフェにんじんは、馬場さんの「精神障がいを持つ人もそうでない人もいっしょに気持ちよく働ける場所を創りたい」という気持ちが出発点となってオープンしたお店。そううつ病などの症状を持つスタッフも2名働いています。
「お店の経営法など全く知らず、ゼロから勉強を始めました。食材として使う野菜や玄米、日本茶やコーヒーなどはすべて有機栽培や無農薬栽培のものですので決してお安く提供できるわけではなく、経営は本当に苦しいのですが、がんばって続けてくださいというお客さまの声に励まされています」
馬場さんのもとには、働いて自立したいと願う人々やそのご家族からの相談も数多く寄せられており、野菜カフェにんじんは今後、自立支援のための情報交換の場所ともなっていきそうです。
やるべきこと、やりたいことはたくさんあるのにとても間に合わないと悩みながらも、明るい笑顔を絶やさない馬場さん。このチャレンジが駅前にともる小さなオレンジ色の希望の光として、長く続けていけるよう願わずにはいられません。

2006年02月10日(金曜日)
ラリマーブルーによせて
東京カフェマニア主宰 川口葉子
ラリマーという名の青い石をご存知でしょうか。語尾の「マー」はスペイン語のmar=海。世界でただ一箇所、カリブ海に浮かぶ島・ドミニカでしか産出されない石です。薄い水色のラリマーはよくお目にかかるのですが、ほんとうに美しい青色をしたラリマーはなかなか見つけることができません。
ターコイズの鮮烈な青とも、ラピスラズリの深い青とも、アクアマリンの透明感のある淡いブルーとも違う、とろけるようにやわらかなラリマーブルー。私はこの色が好きでたまらず、オズの魔法使いがエメラルド(悲しいにせものですが)の都に君臨したように、私が魔法使いになったらラリマーの都の小さな家に住みたいと思っています。
古代ギリシアの神話的体系の中には、青は存在しませんでした。古代ギリシア世界の四大エレメントは大地・火・水・空気。エレメントはそれぞれ黄色・赤・白・黒に対応しており、青は「古代の深い夜の色」、つまり死の色とされていたのだそうです。青という言葉を発することには禁忌すら存在したとか。ホメロスが詩句に書き遺した地中海の色彩も、青ではなく「葡萄色」。ギリシア・ローマ文化圏で、青が神聖な天上界を浮キ色へと劇的な変換をとげるには、キリスト教文化を待たねばならなかったのです。
空も海もこんなにも青く目に映っているのに、そのブルーは空そのもの、海そのものの色ではありません。海の水を手にすくっても、海の青さはすくえません。光が散乱反射することで生まれるブルー。その「触れることのできなさ」、つまり遠さへの憧れを凝縮したようなラリマーだからこそ、手のひらの上にのせていても、どこか儚さと、永遠につかめない夢のような空気をまとっているのかもしれません。

2006年02月03日(金曜日)
表参道ヒルズのカフェたち
東京カフェマニア主宰 川口葉子
表参道ヒルズのプレス・プレビューが開かれ、11日のグランドオープンにむけて準備万端…に少なくとも楓ハ上は見える華やかなショップの数々を見学してまいりました。
安藤忠雄の建築でも話題を集める表参道ヒルズ。見どころのひとつは、吹き抜けを囲んで各階をつなぐゆるやかな石畳のスロープ。この「スパイラルスロープ」は表参道と同じ全長700m、勾配3度に設計されているのだそう。神宮に続く参道に面したビルの中に、もうひとつの参道があるという面白いコンセプトです。
合計93のショップの中に、カフェが7軒。ベルギーの老舗ショコラティエ「デルレイ」の優雅なカフェには、バカラに特別注文したというチョコレート色のシャンデリアが下がっていました。シャンパンと一緒にジェラートが楽しめるジェラテリア、スパイスをテーマにしたカフェ、名古屋の老舗和菓子店・両口屋是清が初挑戦する和カフェ、新生銀行とデロンギのコラボレーションカフェ、六本木ヒルズに続いて2軒目の出店となるTORAYA CAFEなど、お楽しみが満載でした。
カフェではありませんが、目を奪われたのはアートとスイーツを組み合わせたコンセプトショップ「S and O」。奈良美智がデザインした容器に、奈良美智自身が選んだグミをセットした商品や、草間恊カのデザインがあしらわれた(もちろん水玉の)バビのチョコレート、草間恊カのオブジェなどが並んでいるのです。
しかし、プレビューの日にいちばんびっくりしたことは、なんといってもカフェの中でカメラを高ヲて彩り美しいスイーツを撮影している最中に、お店のスタッフに「葉子さん」と声をかけられたことでしょう。よく見れば、それは義妹ではありませんか! あまりに思いがけなかったので、私の脳は一瞬、見慣れているはずの彼女の顔と、彼女が誰であるかを、結びつけることができませんでした。
個人的に嬉しかったのは、なつかしい旧同潤会アパートの姿に再会できたこと。「同潤館」と名付けられた棟に、同潤会アパートの往年の外観が再現され、かつての古い建物で使われていた外壁、階段の手すり、親柱などが再利用されています。

2006年01月27日(金曜日)
消滅線路は記憶に向けて伸びる
東京カフェマニア主宰 川口葉子
<線路のない線路>というものがどれだけ奇妙なものか想像してみてください。見慣れた風景の中から不意に線路だけが消滅し、跡にはゆるやかにカーブしながら伸びる長い長い空白だけが残っているのです。
日立市にある実家に帰ったとき、高校生時代に通学に利用していた電車が廃線になっていることを知りました。小さな二両編成の電車は、かつては毎朝、毎夕、満員の乗客をぎゅうぎゅう詰めにして走っていたはずです。しかし、冬枯れの風景のなか、すでにホームから駅名のプレートは取りはずされ、線路はそっくり撤去されていました。
あるはずのものが消えているのに、小さな町は冬の青空の下で何ごともなく静まりかえり、時間は淡々と流れています。そんな風景は人に何かしら思わせずにはおきません。
それはまるで私の名前からある日突然「口」の文字が消え、空白がそのまま放置されているようなものでした。川 葉子。
私は衝動的に持っていたカメラを向け、考える間もなく手当たり次第にシャッターを切りました。数十年前に私が運ばれていた、線路のない線路。線路のないホーム。線路のない踏切。錠のかけられた古い駅舎。錆ついた発券機。うっすらと埃の積もったガラス張りの窓口。
それから、車を飛ばして終点の駅に行ってみました。その駅にはかつて祖父母の家があったのです。すでに祖父母ともに他界し、ずいぶん長いあいだ終着駅を訪れてはいませんでした。もちろんその駅にも線路は影も形もなく、ホームの割れ目からセイタカアワダチャEが伸び、その先に黄色の花が揺れていました。
線路が終わるところに、錆びた鉄製のデッキと階段が残っていました。それが乗船場のイメージを喚起して、私は輝く巨大な客船が音もなく草原を進んできて、この場所に横付けになる光景を想像しました。客船の甲板から陸に向かって無数に投げかけられるテープ。でも、陸上では誰ひとりテープがなびいていることに気がつきません…。
東京に戻ってから、線路のない線路の写真と、実家でみつけた母の若い頃の写真を組み合わせて、小さな写真集を作ってみました。デジタル出版を安価で受け付けている会社に注文して、限定2部。1冊は両親に送り、1冊は私の机の抽出の奥に入れています。