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2006年06月16日(金曜日)

夜の虹、ムーンボウ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060615kawag1.jpgおいしいコナコーヒーを飲ませてくれるカフェを取材して、ハワイ生まれのハワイ育ち、現在もハワイと東京を行き来する生活をしている男性のお話をうかがいました。「リアルハワイ」をテーマにしたカフェのハワイアンフードはこの人がアドバイザー役を担当し、コナコーヒーをハワイ島で買いつけるのはオーナーがおこなっています。

話の途中で、いかにもハワイの日系人らしい風貌をしたその人に、あなたはなぜハワイが好きなのですかと逆に質問されました。

「初めてオアフ島を観光したときは何の感動もなかったのですが、ハワイ島の田舎町をレンタカーで回る旅をして、大地のエネルギーの神聖さや豊かさを感じたのです。大きな虹を見て、不思議に心を動かされました」

彼はうなずいて、ハワイで暮らしていた時代には虹はいつも見られるからそれほど気にとめていなかったけれど、東京に拠点を移して初めて、虹がいかに貴重なものかに気がついたと言いました。そして、こんなことを口にしたのです。

「ムーンボウを見たことがありますか?」

満月の頃、夜空に月明かりがかける大きな虹。ムーンボウともナイトレインボウとも呼ばれるその虹のことを、私は「祝福の虹」というサブタイトルのつけられた高砂淳二氏の写真集「night rainbow」を見て知りました。古代ハワイの時代から、見た者にとって最高の祝福をもたらすと言われてきた夜の虹。

060615kawag2.jpg古代ハワイの世界では、自然現象のひとつひとつに意味があったそうです。雨も虹も雷もみな天からのサインで、人間になにかを知らせているのだそう。虹はとびきりの祝福と言われているので、私は虹を見るたびに、精霊たちが「Good job!」と空からウィンクしてくれているイメージを抱いていました。

いまだ眼にしたことのない夜の虹。いつか出会う機会があるでしょうか? 内緒ですよ、と前置きして、彼はオアフ島でもムーンボウを見ることのできるポイントを教えてくれました。

カフェのオーナーからは、ある地球物理学者が放浪ヒッピー生活の果てにハワイ島コナにたどりつき、たったひとりで素晴らしいコーヒーを栽培している話などを聞かせていただきました。こちらもとびきり面白いお話だったので、今つくっているカフェの本におさめることにしました。

8月にまたハワイ島に行くので、私もその地球物理学者の農園を訪れてみたいと申し上げると、いつでもご本人を紹介しますが、四駆のレンタカーでなければとても行けないようなとんでもない場所にあるので覚悟が必要ですよ、と言われてしまいました。オーナーが初めて、道を間違えてその地球物理学者の農園に迷い込んだときには、あまりの悪路に、どこかにぶつけたわけでもないのに車のフロントガラスがひび割れてしまったそうです。

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2006年06月10日(土曜日)

ひとめで心を惹きつける

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060609kawag1.jpg本の取材のために、3日間、ひとりでレンタカーに乗って沖縄本島を回りました。

海からのモンスーンが吹きこみ、雨が降ったりやんだりする沖縄。「雨の日はカフェ日和」だと思っていますから、こんなお天気も悪くありません。雨音のこもるカフェの風情をゆっくり楽しむことができたのですが、何よりも心配だったのはレンタカーの運転でした。

「象を轢いても気がつかない」と家族に言われるほど、ぼんやり者の私。1年のうち旅先での数日間しか運転しないこともあって、いつまでたっても初心者ドライバーの域を脱することができません。夜、コザの町から那覇のホテルまで、レンタカーのフロントガラスに叩きつける激しい雨に視界を奪われながら運転するときの心細さといったらありませんでした。広すぎる真っ暗な世界のなかで、カーナビの声とFM沖縄だけが友だち。

3日間のあいだに、素晴らしいカフェに出会いました。扉を見ただけで、ひとめぼれしてしまったのです。

そのカフェの存在については、沖縄在住の信頼のおける友人から名前を教えてもらっていました。でも、詳しい場所については、カーナビがいつものように「目的地周辺です。案内を終了します」と宣言してあっさり運転手を見捨ててしまったため、あちこち探さねばならないようでした。

予定謔闡≠「時間に町に到着して、車で通りをざっと流しているときに、ふと視界になんとも心を惹きつけるたたずまいの建物が飛びこんできました。ひさしをおおうブーゲンビレアの花。不思議な質感の扉。店名が読み取れず、なんのお店であるかも判別できなかったので、車を近くに停めてお店まで歩いてみました。

060609kawag2.jpg「closed」の看板が出ていました。ウィンドウにはいい感じの椅子がディスプレイされています。家具屋さん? 雑貨店? でも、店内には灯りがつき、人の気配がします。今回はご縁がなくてもショップカードだけでももらっていこう、扉には鍵がかかっているかしら? そう思ってドアノブに手をかけようとして、はっとしました。

ドアノブが、古い水道の蛇口なのです。そのセンスに強く共感しながらドアノブを引くと、扉はすんなりと開きました。店内の正面に立てかけてあった小さな黒板から、私はこの場所こそが今から探すはずのカフェであったことを知りました。

カフェのオープンは夕方5時から。開店10分前だったのでした。店内も、扉が放っている磁力に負けずおとらず魅力的な空気。若い男性オーナーは東京出身で、ダイビングがしたくて沖縄にやってきて、外人住宅を友人と3人でシェアして住んでいるとのこと。
「ずっと沖縄で生活するつもりはなかったのですが、東京に帰る理由がとくにないのです」

私の質問に、ひとつひとつ考えながら丁寧に答えてくれる姿も、ああなるほど、こういうカフェを作っている人だ、と思わせるものでした。

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2006年06月04日(日曜日)

好き/きらいの不思議

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060603kawag.jpg「お茶の時間は一日の句読点である」という言葉をよく耳にします。私の句読点はコーヒー色ですが、人によってはそこにミルクの泡の色が混じったり、紅茶色だったり、緑色だったりしますね。なぜこのようにさまざまな味の好みが生まれるのか、いつも不思議でなりません。

ある食べものが嫌いだという人にその理由を聞いてみると、たいていは、わけのわからない答えがかえってくるものです。
凝ったフレンチの前菜をすべて苦手とする叔母は、「虫かごと鳥かごを丸ごと食べているようだ」と言いはります。鈴虫と、えさのキュウリと、竹細工の虫かごと、小鳥と、つぶつぶの鳥のえさと、鳥のふんを、全部丸ごと食べているような味だというのです! もしかしたら、「キャビア=鳥のえさ+鳥のふん」という解釈なのかもしれません。

また、友人の父親はきくらげを忌み嫌っていたそうですが、その理由は、癌に似ているからだとか。彼らの場合は、かなり独創的な連想が、苦手意識を生んでいるような気がします。

060503kawag2.jpgどんなタイプの恋人が好きか、という嗜好は、食べものの嗜好とわかちがたく結びついている、と主張する友人がいます。

「たとえば小さな子どもの頃、アイスクリームが大好きだったとするね。たまたま、その大好きなアイスクリームを食べているときに、テレビに髪が長くて眉の薄い女の人が映っていて、にっこりほほえみかけたりすると、その男子は成長してから、無意識のうちに髪が長くて眉の薄い女性を好ましく思うようになるんじゃないだろうか?」

人々の嗜好のばらばら加減を見ていると、あまりにも不思議で説明がつかず、この友人の意見も無視できなくなってきます。

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2006年05月28日(日曜日)

新月の珈琲とポルボロンの呪文

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060527kawag.jpg札幌の美しいカフェ森彦のオーナーである市川草介さんが、東京青山のアパートの一室で「一日喫茶室」を開きました。市川さんがコクと香り豊かに焙煎した深煎りのコロンビアと浅煎りのモカが、限定15名のお客さまの目の前でネルドリップされ、白い器に入れてふるまわれます。

コーヒーのお供に札幌から持ち込まれたのが、森彦のスタッフがつくったお菓子、ポルボロンでした。ポルボロンはスペインの修道院で生まれた伝統菓子。クッキーのような見かけから、かりっとした食感を想像していると、舌の上で淡雪のように溶け去ることに驚かされます。ポルボ=粉、ロン=ほろりと崩れる。日本語の名前にするなら「ほろほろ粉」というところでしょうか。

「食べるときに『ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン』と3回唱えると、願いごとがかなうと言われているそうです」

市川さんがそう説明してくれました。ちょうどこの日は新月。新月のときに願いごとをするとかないやすいという言い伝えもありますから、ポルボロンの呪文はふだんの2倍効きそうでした! ただちに口をついて出た切なる願いは、来月、沖縄でレンタカーを運転するときに、車体をどこにもこすりませんように。民家の塀をポルボロンのように崩してしまったりしませんように。そして、今書いている本が無事に完成しますように。

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2006年05月19日(金曜日)

魂の午前三時に目を覚ましてしまったら

東京カフェマニア主宰 川口葉子

村上春樹がスコット・フィツジェラルドの文章をひいて、「魂の午前三時には決して目をさましていてはいけない」と書いています。誰でも魂の午前三時には、死にたくなるほど孤独で絶望的になるからと。

ごくたまにですが、夫の仕事柄、生きるのがつらすぎると感じている高校生たちが家で話題になることがあります。彼らは魂の午前三時にひとりで目を覚ましてしまう。そして死ぬためにではなく、なんとかして生き続けるために、自分の身体を傷つける。苦しんでいるのだと誰かに気づいてほしくて。

060519kawag.jpg夜の闇から彼らを抜け出させようと、夜回りをしたり子どもたちからの電話を受けたりしている人の精力的な活動がHNK教育の番組で紹介されていました。何度もメディアに取り上げられたため、生きにくい子どもたちのあいだではよく名前を知られている人物です。その彼が、繰り返し呼びかけていました。

苦しんでいることを家族に隠すな。
身近な人にやさしくしろ。
家族にやさしくできなければ、まず、友だちにやさしくしろ。

これは自分を傷つけることをやめられない子どもへのメッセージですが、つらい時期を過ごしているすべての人々に有効なエッセンスが含まれているように感じます。

苦しいときは、自分のつらさしか見えなくなっているもの。そんな時にあえて、身近な人に精一杯のやさしさを向けることで、相手から笑顔が返ってくることがあります。もしかしたら、ありがとうの言葉も。その笑顔や言葉の中には、世界からの「あなたはここで生きていっていいんですよ」というメッセージが含まれているのだと思います。

世界はほんとうに、自分が投げかけたものをそのまま返してくるのですよね。小さな憎悪を投げかければ憎悪が、ぎこちないやさしさを投げかければやさしさが、本人に戻ってくるのだということを、私はずいぶん大人になってしまってから初めて実感しました。昔の私に呼びかけられるなら、ぜひ教えてあげたいものです。なにかいいことが起きないかなあ、幸運が降ってこないかなあ…とため息をついているなら、人にやさしくしてごらんなさい。

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2006年05月12日(金曜日)

ベートーベンの着陸

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060512.jpg中学生のときに、ピアノのレッスンでベートーベンのャiタを弾いたことがあります。ワルトシュタインだったか熱情だったかすっかり忘れてしまいましたが、終楽章の終わりの16章節分が問題でした。いかにもベートーベン的な和音が続き、フォルティシモでじゃんじゃんじゃーん!じゃんじゃんじゃーん!じゃんじゃんじゃーん!なのです。なんて大げさな。じゃんじゃん!でおしまいにすればいいのに、と弾きながら思いました。

先生は私のあさはかな不満を見透かしておられました。そして、この楽章はジャンボジェットが轟音で空を飛んでいるのと同じくらいすさまじいエネルギーを持っているから、いきなり着陸することはできないのだと説明してくださったのです。

「空を飛んできたジャンボジェットは、ぴたっとは止まれないでしょう? 着地してもまだ、すごい勢いで走らなければ止まれません。ベートーベンの着陸には、長い滑走路が必要なんです」

いま、そのャiタと同じ状態が頭の中で起きています。夏に出版するカフェの本のために毎日原稿を書き、台割を考え、お店に電話をして取材のお願いをしたりしていると、長いあいだやすらかな停滞期にあった頭が、確実に活動期に移行したのを感じます。停滞期間と活動期間のバランスは人それぞれだと思うのですが、私のなまけた頭は停滞期間のほうがはるかに長いようです。

慣れない活動期に入ったら、妙な問題が発生したのでした。昼間のあいだ思考がいっしょうけんめいに飛行しているため、すんなりと着陸できず、夜ベッドに入ってからも頭の回転が止まりません。といっても、回転の勢いはベートーベンのャiタ級のジャンボジェットではなく、せいぜい羽田空港発伊豆大島行きのプロペラ機なのだけれど。

これはどうしても頭の滑走路が必要だと思い、リラックス系の音楽を聴いたり、ラベンダーの精油を入れたお風呂につかったりしたのですが、ぜんぜん眠れません。体のほうは眠たがってふらふらしているのに、頭が眠ろうとしないのです。

しかたなく、十年ぶりに近所のフィットネスクラブに通うことにしました。知らないうちに進化を遂げていた体力・体重測定機は、次々にとんでもない数値をはじきだしてくれました。衝撃のあまり脳が気絶状態になり、おかげでその晩はすこやかに眠ることができたのでした……。

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2006年04月30日(日曜日)

停滞期と活動期

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060429kawag.jpgだれの人生にも、次々に動きがあって活発な時期と、大きなできごとが起きずに停滞しているように見える時期とが、交互に訪れるものですね。

ものごとが思うように進まない時期を、私たちはしばしば低調期とか、不運期などと呼んだりしますけれども、じつは決してそうではないのだなと最近考えるようになりました。一見冴えないこの時期こそ、たっぷりと「ためる」ことができるのです。

自分自身を前後左右から念入りに眺めてみる。
音楽や映画や本などを時間をかけて味わい、反芻する。

いずれも、日々の動きがめまぐるしい時期には難しいことです。のんびり腰をおろして栄養をためられる時期こそ、じつは小さな幸運の種をまいて育てる「準備期」なのかもしれません。準備期にきちんと養分をたくわえておかないと、次にめぐってきた活動期に体力が足りなくなって、息切れしてしまいますよね。

このごろ何をしてもぱっとしなくて……そんなふうに感じている人がいらしたら、無理にものごとを動かそうとせずに、贅沢なくらい自分に養分をあげることをおすすめしたく思います。

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2006年04月23日(日曜日)

大統領の猫たち

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060422kawag1.jpgクリントン大統領の愛猫だった「ャbクス」は、おそらくホワイトハウスに住んだ歴代の猫たちのなかでいちばん有名な猫ではないでしょうか。つややかな黒い毛なみをして、四本の足先が靴下を履いたように白かったことから、ャbクスという名前がついたそうです。

ャbクスと、クリントン大統領のもう1匹のペット、ラブラドールのバディ君のあいだの因縁の戦いをメディアがたびたび話題にしたせいでしょうか、ャbクスのファンは今でも多いようで、ホワイトハウス公式ペットサイト(?)「Presidential Pet Museum」には、ャbクスのぬいぐるみやハンガーが並んでいました。

ディアー・ャbクス、ディアー・バディ(ヒラリー・クリントン著)』という本には、全米各地の子どもたちからャbクスとバディにあてられた手紙と、歴代大統領たちに愛されたペットの歴史がまとめられています。子どもたちの手紙には「ディアー・ャbクス、あなたは犬に襲われないようシークレット・サーヴィスに守られているのですか?」などといった質問が並んでいて、なんだかほのぼのとしてしまいします。

もうひとりの猫好き大統領といえばルーズベルト。彼の愛猫の名前は「スリッパ」! スリッパは、みんなが行き来する廊下のまんなかに寝ているのが大好きな猫だったそうです。

060422kawag2.jpgなぜそんな猫たちのことを書いたかと申しますと、私の心をとりこにしてやまない公園猫のQ太郎が、やっぱり足先が白いャbクス柄だからなのです。最強のいばりんぼ猫であるQ太郎は、まぶたの上に勢いよく跳ね上がった眉毛が真っ白に輝き、いばり具合をいっそう強調しています。

見れば見るほど怖い顔のQ太郎。しかし、顔が怖くてふてぶてしくて甘ったれの猫は、ひとたび好きになると、かわいらしい顔をした猫の何倍もいとおしいものなのです。

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2006年04月16日(日曜日)

インプット/アウトプット

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060414kawag.jpg仕事上で初対面の方々と雑談をする機会がありました。その方々の弁の立つこと! 頭がすばらしく機敏に回転してユーモアもたっぷり。私はほれぼれと聞いて感心したり、爆笑したりするばかりでした。

「頭の回転が速い」と言われる人々は、いったい何がそんなにもスピーディーにくるくると回転しているのだろうと考えてみるに、インプット/アウトプットの切り替えが数秒おきにおこなわれているようです。

人とやりとりをするとき、相手の話を聞く=インプット、自分から話をする=アウトプット、とすれば、「回転の速いひと」は相手の話を聞くインプットモードが終わると、ただちに自分が発言するアウトプットモードに切り替わっているのです。

状況によっては、他のひとの話を全然聞かずにしゃべり続けるアウトプット優勢のひともいるし、この場合の私のように聞いて感心するばかりのインプット優勢のひとも出てくるわけですね。

しかし、このインプット/アウトプットのバランスは、食べ物と消化の関係に似ています。アウトプットばかりしていてインプットを入れないとエネルギーが枯渇しますし、インプットばかりしていてアウトプットを出さなければ思考の便秘状態に陥ります。

おそらく私の場合は、インプット/アウトプットの切り替えが速くないかわりに、インプットをまとめてゆっくりと噛みしめて、あとで文章にしてアウトプットを出し、バランスをとっているのだなあと、あらためて自分を知った気がしました。スマートではありませんが、これが性分なのでしょう。

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2006年04月07日(金曜日)

天国は遠くない

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060407kawag2.jpg目黒通りの裏道にある小さなパティスリー、sucre(シュクル)は、代官山にあるワッフルの老舗Waffle'sの店長だった女性がオープンさせたお店。ミニマムな素材だけを使って、飾らないおいしい焼き菓子を作っています。

花曇りの午前中におじゃまして、いい匂いのたちこめるキッチンでお菓子が作られていくようすを見せていただきました。オーブンの天板に、手でまるめた小さなボールが次々に並べられていきます。
「これは何を作っているところですか?」
「ピーナッツクッキーです」

声のトーンはとても楽しげ。天板いっぱいにボール状のクッキー生地を並べ終えると、手でおさえて平らにつぶし、その上からフォークを押しつけて筋目をつけていきます。

お菓子づくりの間にもお店の扉はたびたび開かれ、ご近所の人々がスイーツを買いに訪れます。千円札を握りしめて入ってきた小学生姉妹は、時間をかけてプリンといちごのショートケーキを選び、包みを受け取るといちもくさんに走っていきました。

その帰り道、権之助坂でバスを降りて目黒川沿いを散歩してみました。川の両側には満開をすぎた桜並木が連なってさかんに花びらを散らし、遊歩道のあちこちに淡紅色の吹きだまりができています。驚いたことに、川面までが桜いろ。水の上に散った無数の花びらが身を寄せ合い、はてしなく長い帯となってゆるゆると流れているのです。

060407kawag1.jpg私はベンチに腰をおろし、sucreで購入してきた小さな包みをひろげました。オーブンから焼き上がったばかりのピーナッツクッキーです。香ばしいクッキーはまだあたたかかく、かじった瞬間に風が吹いて、肩にも膝にもクッキーの包みにも、桜の花びらがほろほろとこぼれてきました。

そのとき、対岸の桜の下から声があがったのです。

  はるの小川はさらさらいくよ
  岸のすみれやれんげの花に
  すがたやさしく色うつくしく

見れば60代くらいの女性たちが署柏l、桜の木の下に座ってお茶を飲みながら、声をあわせて歌っています。私が歌詞を思い出せなかった二番も彼女たちはなんなくこなし、歌声は次に『さくら』に移りました。

花曇りのしずかな正午です。背後の小さな修理工場はお昼の休憩に入っているらしく、物音はとだえ、人影のない建物の中にラジオの声がかすかに響いています。川のむこうでは、かつては姿やさしく色うつくしかったであろうご婦人たちの歌声が、まだ笑い声まじりに続いています。

  All's right with the world!

そんなふうに、思いました。かつて『赤毛のアン』か『ポーの一族』を愛読した人なら周知のフレーズ、ローバート・ブラウニングの「時は春」で始まる美しい詩の一節です。少女時代には「世はすべてこともなし」という日本語訳だけしか知らなかったのですが、大人になってから原詩のその部分が「All's right with the world!」であることを知り、胸がふるえました。

日本語訳からは「世界はとくに事件もなく平穏だ」というニュアンスを感じますが、原詩からは「世界はすばらしい」という喜びにあふれた肯定が感じられませんか。サッチモが「What a wonderful world」と歌ったような。

歌声と花吹雪のなかで、不意に「All's right with the world!」と感じた私は、ピーナッツクッキーを最後の1枚まで食べきりつつ、目をうるませていました。

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