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2006年02月18日(土曜日)

小さなにんじんの輝き…「野菜カフェにんじん」

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060217kawag1.jpg真冬の寒さが戻ってきた金曜日の朝、石神井公園駅前にある小さなカフェ、野菜カフェにんじんにおじゃましました。寒さで少しかじかんだ指先がぽっとあたたかくなるような、やさしい心の伝わってくるカフェでした。

店名の通り、メニューの中心は有機栽培で育てたおいしいにんじん。にんじんの豆乳スープやにんじんジュース、さまざまな有機野菜のごろごろ入ったカレーなど、おなかが疲れているときでもすんなりと身体に入ってきて栄養を与えてくれるものばかりです。「3日間食べれば元気になる」という奄フ細切りのにんじんをたっぷり混ぜこんだおにぎりは、オーナーの馬場温子さんが考案したもの。

「糖尿病のお客さまが『ここのごはんなら安心して食べられる』と、毎日のようにお店に来てくださるのをありがたく思っています」

ふだん食の細い子どもが、野菜カフェにんじんのごはんだけはよく食べるからと、ご近所のお母さんたちがそれぞれの子どもを連れて貸し切りパーティーをおこなったこともあるそう。

馬場さんは国立精神・神経センターなどに勤務し、自立支援のリハビリテーションに携わる作業療法士として30年以上活躍なさってきた女性。野菜カフェにんじんは、馬場さんの「精神障がいを持つ人もそうでない人もいっしょに気持ちよく働ける場所を創りたい」という気持ちが出発点となってオープンしたお店。そううつ病などの症状を持つスタッフも2名働いています。

060217kawag2.jpg「お店の経営法など全く知らず、ゼロから勉強を始めました。食材として使う野菜や玄米、日本茶やコーヒーなどはすべて有機栽培や無農薬栽培のものですので決してお安く提供できるわけではなく、経営は本当に苦しいのですが、がんばって続けてくださいというお客さまの声に励まされています」

馬場さんのもとには、働いて自立したいと願う人々やそのご家族からの相談も数多く寄せられており、野菜カフェにんじんは今後、自立支援のための情報交換の場所ともなっていきそうです。

やるべきこと、やりたいことはたくさんあるのにとても間に合わないと悩みながらも、明るい笑顔を絶やさない馬場さん。このチャレンジが駅前にともる小さなオレンジ色の希望の光として、長く続けていけるよう願わずにはいられません。

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2006年02月10日(金曜日)

ラリマーブルーによせて

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060210kawag.jpgラリマーという名の青い石をご存知でしょうか。語尾の「マー」はスペイン語のmar=海。世界でただ一箇所、カリブ海に浮かぶ島・ドミニカでしか産出されない石です。薄い水色のラリマーはよくお目にかかるのですが、ほんとうに美しい青色をしたラリマーはなかなか見つけることができません。

ターコイズの鮮烈な青とも、ラピスラズリの深い青とも、アクアマリンの透明感のある淡いブルーとも違う、とろけるようにやわらかなラリマーブルー。私はこの色が好きでたまらず、オズの魔法使いがエメラルド(悲しいにせものですが)の都に君臨したように、私が魔法使いになったらラリマーの都の小さな家に住みたいと思っています。

古代ギリシアの神話的体系の中には、青は存在しませんでした。古代ギリシア世界の四大エレメントは大地・火・水・空気。エレメントはそれぞれ黄色・赤・白・黒に対応しており、青は「古代の深い夜の色」、つまり死の色とされていたのだそうです。青という言葉を発することには禁忌すら存在したとか。ホメロスが詩句に書き遺した地中海の色彩も、青ではなく「葡萄色」。ギリシア・ローマ文化圏で、青が神聖な天上界を浮キ色へと劇的な変換をとげるには、キリスト教文化を待たねばならなかったのです。

空も海もこんなにも青く目に映っているのに、そのブルーは空そのもの、海そのものの色ではありません。海の水を手にすくっても、海の青さはすくえません。光が散乱反射することで生まれるブルー。その「触れることのできなさ」、つまり遠さへの憧れを凝縮したようなラリマーだからこそ、手のひらの上にのせていても、どこか儚さと、永遠につかめない夢のような空気をまとっているのかもしれません。

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2006年02月03日(金曜日)

表参道ヒルズのカフェたち

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060203kawag2.jpg表参道ヒルズのプレス・プレビューが開かれ、11日のグランドオープンにむけて準備万端…に少なくとも楓ハ上は見える華やかなショップの数々を見学してまいりました。

安藤忠雄の建築でも話題を集める表参道ヒルズ。見どころのひとつは、吹き抜けを囲んで各階をつなぐゆるやかな石畳のスロープ。この「スパイラルスロープ」は表参道と同じ全長700m、勾配3度に設計されているのだそう。神宮に続く参道に面したビルの中に、もうひとつの参道があるという面白いコンセプトです。

合計93のショップの中に、カフェが7軒。ベルギーの老舗ショコラティエ「デルレイ」の優雅なカフェには、バカラに特別注文したというチョコレート色のシャンデリアが下がっていました。シャンパンと一緒にジェラートが楽しめるジェラテリア、スパイスをテーマにしたカフェ、名古屋の老舗和菓子店・両口屋是清が初挑戦する和カフェ、新生銀行とデロンギのコラボレーションカフェ、六本木ヒルズに続いて2軒目の出店となるTORAYA CAFEなど、お楽しみが満載でした。

カフェではありませんが、目を奪われたのはアートとスイーツを組み合わせたコンセプトショップ「S and O」。奈良美智がデザインした容器に、奈良美智自身が選んだグミをセットした商品や、草間恊カのデザインがあしらわれた(もちろん水玉の)バビのチョコレート、草間恊カのオブジェなどが並んでいるのです。

060203kawag1.jpgしかし、プレビューの日にいちばんびっくりしたことは、なんといってもカフェの中でカメラを高ヲて彩り美しいスイーツを撮影している最中に、お店のスタッフに「葉子さん」と声をかけられたことでしょう。よく見れば、それは義妹ではありませんか! あまりに思いがけなかったので、私の脳は一瞬、見慣れているはずの彼女の顔と、彼女が誰であるかを、結びつけることができませんでした。

個人的に嬉しかったのは、なつかしい旧同潤会アパートの姿に再会できたこと。「同潤館」と名付けられた棟に、同潤会アパートの往年の外観が再現され、かつての古い建物で使われていた外壁、階段の手すり、親柱などが再利用されています。

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2006年01月27日(金曜日)

消滅線路は記憶に向けて伸びる

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060127kawag3.jpg<線路のない線路>というものがどれだけ奇妙なものか想像してみてください。見慣れた風景の中から不意に線路だけが消滅し、跡にはゆるやかにカーブしながら伸びる長い長い空白だけが残っているのです。

日立市にある実家に帰ったとき、高校生時代に通学に利用していた電車が廃線になっていることを知りました。小さな二両編成の電車は、かつては毎朝、毎夕、満員の乗客をぎゅうぎゅう詰めにして走っていたはずです。しかし、冬枯れの風景のなか、すでにホームから駅名のプレートは取りはずされ、線路はそっくり撤去されていました。

あるはずのものが消えているのに、小さな町は冬の青空の下で何ごともなく静まりかえり、時間は淡々と流れています。そんな風景は人に何かしら思わせずにはおきません。

それはまるで私の名前からある日突然「口」の文字が消え、空白がそのまま放置されているようなものでした。川 葉子。

060127kawag2.jpg私は衝動的に持っていたカメラを向け、考える間もなく手当たり次第にシャッターを切りました。数十年前に私が運ばれていた、線路のない線路。線路のないホーム。線路のない踏切。錠のかけられた古い駅舎。錆ついた発券機。うっすらと埃の積もったガラス張りの窓口。

それから、車を飛ばして終点の駅に行ってみました。その駅にはかつて祖父母の家があったのです。すでに祖父母ともに他界し、ずいぶん長いあいだ終着駅を訪れてはいませんでした。もちろんその駅にも線路は影も形もなく、ホームの割れ目からセイタカアワダチャEが伸び、その先に黄色の花が揺れていました。

線路が終わるところに、錆びた鉄製のデッキと階段が残っていました。それが乗船場のイメージを喚起して、私は輝く巨大な客船が音もなく草原を進んできて、この場所に横付けになる光景を想像しました。客船の甲板から陸に向かって無数に投げかけられるテープ。でも、陸上では誰ひとりテープがなびいていることに気がつきません…。

060127kawag1.jpg東京に戻ってから、線路のない線路の写真と、実家でみつけた母の若い頃の写真を組み合わせて、小さな写真集を作ってみました。デジタル出版を安価で受け付けている会社に注文して、限定2部。1冊は両親に送り、1冊は私の机の抽出の奥に入れています。

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2006年01月20日(金曜日)

男の財布に一円玉は似合わない?

東京カフェマニア主宰 川口葉子

ある時期、よくいっしょにお酒を楽しんだ人々がいました。その数年間は私が人生のなかで最もたくさんお酒を飲んだ時期でもありました。なぜなら、仲間たちがみんな「とことんまでつきあう」のを美徳とする人々だったから。ほどほどに切り上げる、なんていう言葉が私たちの辞書にはまだなかったのですね。

そんな飲み友達の一人のことを、久しぶりに思い出しました。彼のお財布には一円玉が入っていない、というエピソードが印象深くて。

「ほら、なんていうか、男の財布には一円玉は似合わないぜ…でしょ…?」

彼は照れくささをごまかすようにそんな言葉を口にしました。コンビニエンスストアのレジの前に立ったときのことです。

私たちは4~5人でビール専門店でさまざまなビールを楽しんだあと、少し離れた場所にある日本酒のおいしいお店に向かって歩いていたところでした。気持ちのいい夏の夕方でした。途中、公園をみつけ、公園で花火をしてから次のお店に行こう、ということになったのです。コンビニエンスストアで花火を買い、彼がお財布を取り出しました。

ほろ良いきげんのみんなは彼を残して外に出て、夕空を見上げてはつまらない冗談を言い合って喜んでおりました。でも、店内の彼がなかなか出てこない。店員さんが少し手間取っているようです。私が店内に引き返すと、友人がちょうど精算を済ませ、花火を受け取るところでした。友人はお釣りとして受け取った小銭を、レジスターの横に置いてある募金箱にすばやく入れました。

060120kawag.jpg「よく募金するの?」と尋ねたら、彼が口にしたのが上の言葉。
「そのせりふ、なにか格好つけてるつもり?」
ついからかってしまったら、彼はさらに照れくさそうに言いました。
「これが習慣になっていれば、毎日少しずつだけれど、一生分を合計すればどこかで誰かの役にちょっとは立つかもしれないしさ」

その後も私はたびたびコンビニエンスストアや酒屋さんで、その友人が小銭をチャリティボックスに入れるのを目にしました。もしかしたら人前でだけそんなことをするのかしらと思い、背後からこっそりのぞいていたこともありましたが、彼は決して<習慣>を忘れませんでした。

ふと友人の顔を思い出すたびに必ずいっしょに浮かんでくるエピソードがこれ。もう何年も会っていませんが、あの習慣が続いているといいなと思います。彼のおかげで遠い国で生きる誰かが一人、一日くらいは輝く笑顔で過ごせたかもしれないですよね。

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2006年01月13日(金曜日)

宮古島・七色のコーヒーがあるカフェで

東京カフェマニア主宰 川口葉子

060113kawag1.jpg年末に5日間の宮古島の旅をしてきました。

ひとくくりに沖縄といっても、沖縄本島と、石垣島、宮古島ではそれぞれ異なった文化を持っています。沖縄本島では、いらっしゃいませの言葉はご存知「めんそーれ」ですが、石垣島などの八重山地方では「おーりとーり」、そして宮古島では「んみゃーち」。宮古では「ん」から始まる言葉が珍しくないのです。しりとりはどうやって決着をつけるのでしょうね?

レンタカーをのんびり走らせて宮古島の小さな中心街から離れ、サトウキビ畑のまんなかに建っている気持ちの良いカフェでひとやすみしました。

低めに設けられた居心地のよいカウンター席と、不思議な小上がり席。メニューの中に「七色のコーヒー」を見つけ、興味をそそられて注文したのですが、登場したのはいたってオーャhックスな色のコーヒーでした。

「あの…七色のコーヒーとはどういう意味でしょうか?」
3分に1度は笑っている若い女性店主は、ほがらかに教えてくれました。
「想像すれば七色でしょう?」

060113kawag2.jpgそれを聞いてものすごく力が抜け、窓の外で輝くサトウキビ畑と青空を眺めていると(なにしろそれしか視界に入ってこないのです)、お店の一角でフリーマーケットをしていた青年が声をかけてきました。
「よかったら本を持っていってください。どれでもタダですから」

そこには実に雑多なモノたちが楽しげに並べられていました。たくさんの古いコーヒーカップ、グラス、靴、本。夫と私は丹念にモノたちを見て回って、1冊ずつ本を選んでまたカウンター席に戻り、2杯目のコーヒーを注文しました。ここでは誰も時間に追われていないのです。

フリーマーケットの青年には翌日、別の場所でばったり出会って、素晴らしいお土産をいただくことになるのですが、その話はまた別の機会に。

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2006年01月06日(金曜日)

お正月の「大きな」悩み

東京カフェマニア主宰 川口葉子

あけましておめでとうございます。
2006年が皆さまにとって実り多い一年でありますように。

年賀状には、葉書1枚といえども、書いてくださった人の個性が色とりどりに花開いているものですね。書いた人がふだん身にまとっている時間の流れが、不思議とそのまま葉書の上にも流れているようです。いつも忙しそうな人は、葉書の上を走る文字もいかにも忙しそう。ゆったりした風情の人は、葉書でもやわらかな余韻を感じさせてくれます。

毎年必ず1枚は混じっているのが、差出人の名前を書き落としている年賀状。自分の住所はきちんと書いているのに、なぜかその横に名前を書くのを忘れてしまううっかり者がいるのですね。今年のうっかりさんは、目黒区祐天寺にお住まいの人! きれいな和紙を唐チた年賀状をありがとうございます。でも、あなたがどなたなのかわかりませんので、もしもこれをお読みになったらメールでご一報くださいね。

060106kawag1.jpg年賀状を書くたびに思い出すのは、会社員時代に隣の営業セクションでアルバイトをしていた女性のこと。背が高く、てきぱきとお仕事をこなす明るい人でしたが、仕事上の大きな悩みがありました。それは「字が大きい」こと。どんなにがんばっても小さな文字が書けないのです。

当時、営業セクションの人々は年賀状の宛名だけでも手書きを良しとしていたので、アルバイトの女性はどっさりの宛名書きを頼まれました。カタカナの名称だらけの会社に宛てた住所がどれくらい長いか、おわかりでしょう?

東京都○○区○○○町○-○-○
○○○○○○ビル○階
○○○○○○○○○(全部カタカナ)株式会社
○○○○・○○○○○○○○・○○○○○○部
○○○○○○○・○○○○○○○課
○○○○課長殿

彼女がこれだけの字数を書くと、葉書いっぱいに大きくひろがってしまって、最後の○○○○部長殿を無理やり押し込めなければいけないのです。
「どうして川口さんはそんなに小さな字が書けるの?」
(私の字はごくふつうのサイズなのですが…)

彼女が苦しみながら懸命に書いた年賀状の束を見せてもらったのですが、大きな字が葉書全面にでかでかと輝いており、丁寧で整った筆跡にもかかわらず、まるで元気な小学生の年賀状のよう。悪いとは思いながらも思いきり笑ってしまい、彼女の苦悩をいっそう深めてしまいました。

そういう私は、「富」という漢字をどうしてもうまく書けないのが悩み。「真」の字も格好悪いったらありません。世の中には人の数だけ、カラフルな悩みがあるようです。

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2005年12月23日(金曜日)

お世話になります

東京カフェマニア主宰 川口葉子

051223kawag1.jpgお仕事上のメールを書くとき、私はたいてい次のような一文から始めます。

こんにちは、川口です。お世話になっております。
初めてやりとりする場合は、まだ「お世話」が発生していないので、語尾を小さく変更します。
こんにちは、川口です。お世話になります。
さて今週は、クリスマスイブから旅行や帰省で2週間ほど自宅を離れるので、いつもはヒマな時間を満喫している私もさすがに大慌て。1週間のあいだに2週分のお仕事をつめこみ、たくさんのメールをやりとりしています。昨晩も明け方まで目を赤くしてパソコンの画面に向かっておりました。

051223kawag2.jpg眠気をこらえて午前4時にお仕事相手にメールを出すと、相手からすぐに返信が返ってきました。そんな時間帯の速いレスポンスには驚きましたが、メールを開いてみて、もっと驚きました。その最初の2行は……

お疲れさまです。
明日は、誰になるのですか?(笑)
いったい何のことでしょうか? 自分が送信したメールを読み返して腑に落ち、今夜はもう注意力の残量がゼロになったので寝ようと思いました。私のメールの冒頭にはこう書かれていたのです。
今日は、川口になります。
すみません、明日も川口です。来年も川口です…。ほんわか茶飲み日誌・金曜日の私のお当番は、今年は本日でおしまい。1年間、茶飲み話におつきあいくださいました皆さま、どうもありがとうございました。どうぞ良い新年をお迎えくださいますように。また来年もよろしくお願い申し上げます。

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2005年12月16日(金曜日)

500万個の星たちの下、君は銀河系の住人であることを思い出す

東京カフェマニア主宰 川口葉子

20051216kawag1.jpg晴れた日に、友人たち4人でお台場の日本未来館に集まりました。世界に類を見ないと評判のプラネタリウム「メガスターⅡによる星空を眺めましょうという企てです。

平日の午前中にもかかわらずプラネタリウムは満員でしたが、まるで4人で宇宙船に乗り込んで大気圏を離れ、明かりを消したスペースに寝ころんで、幾つもの銀河を眺めているような時間を満喫することができました。

メガスターⅡが映し出すのは、従来の限界を大きく超えた12.5等星までの星々。実は、人間の眼には6等星か7等星くらいまでしか見えていません。それなら、メガスターⅡが描き出す満天の星空なんて意味がないじゃないか、どうせ肉眼では見えないんだから……と思ってしまいそうですが、通常のプラネタリウムの星空とはあきらかに違うのです。

20051216kawag2.jpgそれは、宇宙の奥行き。ただの暗黒と見えている闇の部分の、思わぬ濃淡。闇の深さと不思議な明るさ。現代の科学が「ここまでが人間の知覚の限界です」と決めた数値以上のものを、やっぱり私たちは感じ取っているのですね。

約30分間のスペーストリップから地上に戻ってきたあと、すぐに外に出る気分にはならなくて、未来館の中のカフェでお茶をいただきました。4人で顔を合わせるのは半年ぶり。そこで友人が、椅子好き、カフェ好きの人々のあいだではすっかりおなじみのイームズが制作した映画『POWERS OF TEN』の話をしてくれました。

カメラはまず湖畔の芝生で昼寝をする男性の姿をとらえ、ぐんぐん上昇していって公園全体を見下ろし、ついで雲の上を抜け、成層圏を突破してついには宇宙の果てに到達したかと思うと、急降下して地球に戻ってきて再び昼寝をする男性を映しだし、今度は彼の皮膚の内部へと潜っていくのだそうです。細胞からDNAへ、さらにもっとミクロの通常では見えない世界へ。それは体内にひろがるもうひとつの銀河系。

カフェのテーブルを囲んでいる4人も、それぞれが銀河系の小さな住人の一員でありながら、体内に別の次元の広大な銀河系を内包していました。それは意識がすうっと遠のきそうなほど不思議で、同時に、ごくあたりまえのこと。

コーヒーを飲みながら、ひとりひとりを1個の天体ととらえるなら、この4人はどんな星座をかたちづくっているのだろう、と考えていました。

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2005年12月09日(金曜日)

我が母の教え給いし歌

東京カフェマニア主宰 川口葉子

051208kawag.jpg母の健康状態が今ひとつすぐれないと聞き、一冊の本をたずさえて里帰りしました。幸いなことに母の症状は快方に向かいつつあり、お茶を飲みながら、持参した本に書かれていたことを実行する時間もたっぷりありました。

その本とは、友人がすすめてくれた『今、親に聞いておくべきこと』。いったい何を始めるつもりなのといぶかしがる母に、まあまあ聞いてと、私はページを開いて前書きを読み上げました。

「あなたが親の家を離れてから、もう何年経っていることでしょう。親が現在送っている暮らしについて、親が大切にしている人間関係や品物や思い出について、あなたはいったい何を知っているでしょう」

「突然、母に先立たれた娘が、悲しみからようやく立ち直った頃、急に母の煮物が食べたくなりました。ところが、料理本などを見ながら、いろいろと試してみても『母の味』がどうしても再現できないことに気づき、愕然としたというのです。いわばそれは、新たな喪失感でした。『どうして、生きているうちに作り方を聞いておかなかったんだろう』。
それからというもの、周りの人に『お母さんが生きているうちに、得意料理のレシピを聞いていたほうがいいわよ。しかも今すぐにね!』と無念の思いを伝えているのだそうです」

それを聞いても、母は最初のうち少々しぶっていました。もともと照れくさがりの一家なのです。語って聞かせてあげられるほどのドラマティックな人生は送ってこなかったの、お母さんは本当に平凡な生活をしてきたのだから…と逃げ腰になっていましたが、まず、産まれた家のことについて質問してみると、母の母のこと、小学生時代を過ごした満州のこと、その運河沿いの美しい柳の並木のこと、小学校でのエピソードなど、次々に話してくれました。

小学生のときに好きだった歌も、いくつか小声で歌ってくれました。当時の小学校唱歌だったようです。石ころ、一輪車、柳の小道、夏の雲……というような歌詞でした。

その言葉が引き金となって、不意に、10年も前に見た夢がよみがえりました。揺れて輝く柳並木に包まれた舗道を、だれかと歩いている夢です。陽射しがまぶしい夢の中で、私は自分が中国に来ているのだということを知っていました。

ただそれだけの夢なのに、なぜこんなにも鮮明にその風景を思い出せるのでしょう。もちろん、行ったこともない中国の町ですから、私の夢が勝手に創りだした風景に過ぎません。それでも、もしかしたら母の少女時代の記憶が、湧き水のように夜の底をつたい、私の夢の中に溢れだしてきたのかもしれないと思うと、夢の風景が私を去らない理由もなんとなく納得できるような気がするのでした。

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