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2005年04月06日(水曜日)

少し遠くの知らない誰かに

東京カフェマニア主宰 川口葉子

ある人が『珈琲日和』という本を送ってくれました。余白を多めにとった柔らかな印象のページに、文章と、コーヒーカップをとらえた小さなモノクロームの写真が配されています。ぱらぱらとめくると、最後のページに撮影場所が記されていました。

ICONE
イノダコーヒ
CAFE SONES
珈琲美美
……

並んでいるのは、私の九州旅行の記憶に刻まれているカフェの名前です。著者は九州在住の女性でした。

本を一読して思い出したのは、高校生のときに隣のクラスだった女の子のこと。とくに親しかったわけではありません。友だちの友だちで、一度なにかの拍子に言葉を交わし、あ、好きなものが重なる部分があるかもね、とおたがいにちょっと笑ったことがある、そんな淡い関係のひと。

050406kawag.jpg卒業してしばらくたったある日、彼女から一枚の絵葉書が届きました。旅先で綴ったらしい短い言葉。お元気ですか。いま○○に来ています。喫茶店に入ってこの葉書を書いています。

なぜ、私に? 彼女は知っている限りの人に絵葉書を書き送ったのかしら? よくわからなかったけれど、私も近所の古い喫茶店のテーブルで返事を書きました。送られてきた言葉と正確に同じくらいの分量で、同じくらいの親しさで。

それからというもの、時おり、ずいぶんと気まぐれなテンポで、彼女から手紙が届くようになりました。きちんと折られた便箋の上に、いつも登場するのは彼のこと。

彼がどんな人なのか、私は知りませんでした。彼女は具体的な事柄ではなく、おもに自分の気持ちのこと、季節ごとに近づいたり遠ざかったりする彼との距離について書いてきたからです。結局そのふたりは寄り添って生きたのかそうではなかったのか、手紙はいつのまにかとだえて、私は彼女の物語の続きを知りません。

『珈琲日和』は、彼女からの手紙に似ているようでした。彼女と彼と、季節が放つ匂い。ふたりのあいだにいつも置かれているコーヒー。不意にせつなさがこみあげてきたとき、穏やかな満足感に包まれとき、遠くで静かにあきらめたとき、それを誰かに言いたくてコーヒーを飲みながら書く手紙。

今なら、なぜそんな手紙の宛先が私だったのかわかるような気がします。身近な人に伝えたい気持ちのほかに、少し遠くの知らない、でも好きなものに共通点のある誰かに伝えたい気持ちも、あるんですよね。

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2005年03月30日(水曜日)

なんとなくのタネ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050330kawag.jpgヘアサロンでの会話はあまり得意ではないのですが、珍しく、自然な感じで無駄話のできる美容師さんに出会いました。その人がハイテンションな話し方ではなく、のんびりかまえた口調なのがよかったのかもしれません。

美容師やアロマテラピストに「何のお仕事をしていらっしゃるんですか?」と訊かれるたび、いつも適当に「会社員です」などと答えていましたが、今回は正直にフリーでライターをしています、と答えてみました。

「へえ、ライターになったきっかけは?」
「…なんとなく、流れで。別になろうと思ってなったわけではなくて、いつのまにかそうなっていたんです」
「なるほどなあ。ここに来るお客さまは、ライターや放送作家がわりと多いんですよ。近くにテリー伊藤の事務所があるしね。皆さんに聞くと、仕事のきっかけって本当におもしろいんですよ」

そう言って美容師さんは、お客さまがたの髪を切るついでに聞いた<きっかけ集>を教えてくれたのでした。

1.あるグルメライターの場合。前の仕事は「スーパーで豆腐を並べていた」のだそうです。きっかけは、ふと雑誌かなにかで目に留まったライター募集の広告。なんとなく応募して、今では山本マスヒロ氏といっしょにレストランのテーブルにつくようになったとか。

2.ある放送作家の場合。前の仕事は「コンビニのアルバイト」。きっかけは、唐闔・ナ放送作家募集の文字をみつけて応募したこと。今では某有名番組の作家をつとめているそうです。

3.ある社長の場合。友人が古新聞回収のアルバイトに応募。面接に合格したはいいものの、実は友人は運転免許を持っていません(よく合格しましたね)。そこで、その友人を手伝って二人で古新聞回収のアルバイトを始めたのですが、そのうち自分たちがだまされていることに気がついたのだそうです。本当は200kg回収したのに「今日は150kgね」などと数字をごまかされ続けていたんですね。
その人はアルバイトをやめ、自分たちで小さなトラックを買って古新聞などを回収して回ったら、これが大当たり。それを元手に4つの会社をおこしたのだとか。

「何が仕事のきっかけになるかなんて、わからないものですよね。僕にもある日突然、また全然違う職業につく可能性があるんだと思うと嬉しくなるなあ。人間って、自分が思っているよりも本当は自由なんだよね」

そう言って笑った美容師さんの前職は、臨床検査技師。世界には「なんとなく」のタネがたくさん落ちていて、特に考えもなしに拾って自分の庭に植えてみたら芽を出し、おもしろがって水をあげたら花が咲いたということ、意外に多いのかもしれませんね。

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2005年03月23日(水曜日)

春はあけぼの。蕎麦は宵の口。

東京カフェマニア主宰 川口葉子

蕎麦屋ののれんをくぐるのに最もふさわしい刻限は、宵の口です。陽が沈んだばかりでまだ空が明るい夕暮れどき、ふたりで連れだって蕎麦屋の扉を開ける瞬間のいそいそした気分ときたら、うふふ、うふふ、と身体じゅうが笑っている感じです。

なぜか、イタリアンやフレンチだとそうじゃないんですよね。しっかりと夜の闇に包まれてからのほうが、さあ、ワインといっしょにおいしい料理を食べよう!という気合いが入ります。明るい時刻のほうが嬉しいのはお蕎麦だけ。蕎麦の不思議その1です。
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お蕎麦を食べる相手は、気心の知れた人にかぎります。たとえ相手がお蕎麦をつゆの中に問答無用でどっぷり浸してすすったとしても、親しい人なら気にならないもの。ところがどういうわけか、親しくない人のお蕎麦の食べかたはやけに気になってしまうのです。蕎麦の不思議その2。

というわけで、風の感触はまだ冷たいけれど日が確実に長くなってきた春の夕刻、夫とふたりで蕎麦屋のすみのテーブルに陣どり、まずビールからいくでしょ?なんて言いあいつつ、視線を油断なくメニューのすみからすみまで往復させているときの嬉しさときたら格別です。

夫はそばがきが好きで、どこの蕎麦屋でも必ず注文します。店員さんを呼んで「生ビール2つとそばがき。あと、とりわさ、そば味噌、ゆばわさび。とりあえずそれだけお願いします!」なんて最初の注文をする頃には、彼が全面的にうふふ状態になっているのが伝わってきます。

ときどき、そばがきのないお蕎麦屋さんに遭遇しますが、夫は「どうしてないんだよおお」と蕎麦タイムの間じゅうしつこくくやしがるので、そばがきを出さないお店はその理由もメニューに書き添えてくださるとたいへん助かります。

「まつや」といえばよく知られた神田の老舗。夕方ともなれば常に満員で誰かと相席になりますが、先だって私の横に座っていらしたのはご年配の一人客。これが実に良い風情でのんびり、ちびちびと、焼き鳥を肴に一杯やっていらっしゃるのです。私たちがビールとそばがきからスタートして肴各種をひととおり制覇し、そろそろしめに入ろうかと、まずはさるそばを1枚ずつ注文する頃になっても、まだ同じ焼き鳥と日本酒を前に、悠然と座っておられます。

おじいちゃん、もしかして眼を開けたまま瞑想状態に入っていらっしゃるのでは。そんなことを思っていたら、お店を出ていくお客さまが何人か、このご老人に挨拶をしていきました。まつやではすっかりおなじみのご常連なのでしょうか。 

結局、私たちはご老人より早くまつやを出ました。私たちがさらに天ぷらそばを平らげたあとも、おじいちゃんは泰然と座って、瞑想したり、向かいの席の誰かに軽く会釈したりしていたのです。

「あのおじいちゃんはあと2時間はあのまま座っていると思う」「いや、あと5分で蕎麦を注文して、蕎麦だけは異常なスピードで食べ終えて出ると思う」などと想像をたくましくしましたが、夫はいずれはあのおじいちゃんのようなたたずまいの蕎麦老人になって、毎夕、蕎麦屋でちびちびやって過ごしたいと抱負を語りました。

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2005年03月16日(水曜日)

珈琲道

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050316kawag.jpg「最近は背筋がぞくっとするような、すごいお客さまに会えなくなりました」
と嘆いたのは、ある自家焙煎珈琲店の主人。
「そういえば昔のランブルのカウンターには、すごいお客さんが並んでたね」
常連客が相槌を打ちました。カウンターごしに交わされる二人の会話を、私はテーブル席で聞いていました。

主人は、渾身の一杯をお客さまにさし出すかわりに、心してコーヒーを堪能ることをお客さまに求めているのです。

「珈琲は一杯の物語です」
主人はそう語ります。小さなカップの中に展開される物語を読み解くには、舌の訓練とお作法と静かなる心が必要。漫然と座って、なんとなく飲んでいては物語は始まりません。まるで日本茶の世界が洗練させてきた茶道のような、<珈琲道>の世界です。

昔のランブルには、そういう物語の味わい方をわきまえた人々が座っていましたね、と主人と常連客の会話は続きました。
「まだコーヒーの飲み方をよく知らない人も、そういうすごいお客さまたちを見て、自分でも真似してましたね。誰も教えてくれたりしないんですが、黙って見ているうちに飲み方を覚えるんです」

たとえば、飲む速度。コーヒーは飲むのではなくて、舐めるように少しずつゆっくりと味わうべきだと主人は主張します。熟成ワインをグラスに注いだ直後と空気に触れさせたあとでは、香りたちも味もまるで違ってくるように、カップの中のコーヒーも温度とともに少しずつ味わいが変化しているのだから、と。

あるいは、お水。
「コーヒーを飲む前に、口の中をいったんリセットするためにお水を飲むのはいいですよ。でも、コーヒーを飲み終えたあとで水を飲んでは、せっかく口の中に続いている甘い余韻をかき消してしまうんです。もったいないですよね」
主人がネルドリップする一杯は長く尾をひく余韻を持っており、その余韻も時間とともに変化していくので、最後まで余韻を楽しまなければ、物語を一滴残らず味わい尽くすことができないのだそうです。

私は左手に持っていたお水のグラスを、こそこそとテーブルに置きました。ああ、けわしき珈琲道! お水くらい自由に飲ませてください、とも思いましたが。

「コーヒーを楽しむのに難しい理屈はいりませんよ。リラックスして自由に飲めばいいんです」
そんなふうに優しく言ってくれる主人が多いなか、変わり者で厳しくて、敬遠されるのを承知でありったけの情熱を注いでお客さまに困難なことを教えようとする<家元>がまだ存在しているのは嬉しいもの。ウンチクを傾けてはいけない、難しいことは抜きで、という風潮のご時世に、面倒な役を本気で演じてくれる人はなかなかいません。そして主人の言葉と同じくらいに、彼のコーヒーもまた雄弁に語っていたのです。

ならひつつ見てこそ習へ習はずに
よしあし云うは愚かなりけり
 (利休百首)

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2005年03月09日(水曜日)

春風秋月

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050309kawag.jpg知り合って10年になる友人がいます。私の飲み友達の例にもれず、たっぷり飲んでたっぷり食べる「胃がブラックホール」タイプ。塩を舐めながら日本酒をちびり、なんていう枯淡タイプは身近にはひとりもいません。

その人は数年前に地元の関西に就職したために、共に飲む機会はめったになくなったのですが、日曜日、出張で東京に来ているというので、友人が空港に向かう前に品川で2時間ばかりお茶を飲みました。

品川の「春風秋月」は2004年夏、新高輪プリンスホテルの中にオープンした中国茶館。お店のおすすめという30年もののプーアール茶をいただいてみました。
「つまり、僕が5歳のときに作られたお茶やな」
と友人があっさりめに感心しました。この人はいつでも飄々としているのです。

大切に保管され、長い時間をかけて熟成されたプーアール茶は、予想を裏切って驚くほどまろやか。若いプーアール茶のように強烈な発酵臭がぐいぐいとせまってくるのではなく、穏やかでとろりとした甘さがあります。その甘さは三煎め、四煎めと飲み進むにつれいっそう増していき、おなかの中から身体を温めてくれました。

友人とはありがたいもので、恋愛は当事者のどちらかが常にたき木を追加して、火を燃やし続けていかないかぎり立ち消えてしまうものですが、一時期しょっちゅうお酒を飲み、山ほどくだらない話をし、見苦しい姿を見せて過ごした仲間との関係は、1年も2年もほったらかしておいても大丈夫。久しぶりに会っても、つい先月もいっしょに飲みました、という距離感で話すことができます。

10年を経過してこの空気だから、プーアール茶のように友情を30年間熟成させたらどうなるのかと想像すると、年齢を重ねていくのが少しだけ楽しみにも思えました。

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2005年03月02日(水曜日)

エビス風信帖

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050302kawag.jpg恵比寿駅西口に行くたびに、必ず見上げるものがあります。小さな古書店のビルのガラス窓いっぱいに、墨痕も鮮やかにしたためられたメッセージ。古本屋の店主が書いて唐闖oしているらしく、私はひそかに「エビス風信帖」と呼んでいます。

エビス風信帖は山手線の窓からも確認できて、数ヶ月ごとに新しく書きかえられる個性的な一人書道展を毎回楽しみにしているファンも多いようです。私は古書店ビルの前で信号待ちをしている間に、エビス風信帖をデジタルカメラで写すくせがついてしまいました。ここ数年のあいだに発信されたメッセージにはこんなものがあります。

待つ心憧れる心 ときめく心焦がれる心
皆本の中に棲んでます
なんだかいいでしょう? むかし読んだ古典的な恋愛小説など読み返したくなります。店主の主張は4種類にカテゴリー分けすることができ、これは理解しやすい「ときめき系」に分類されます。同じカテゴリーとしてはこんなものも。
愛してる本を
本を読んでいる君の後ろ姿が好きだ
「本を」の繰り返しに、みんなもっと本を読もうよ!という古書店主の魂の叫びが表現されていますね。たぶん。

もうひとつのパターンは「時事系」。

テロリストになり損なった小泉さん
この世を冥土in JAPANにするな
時事系書道の欠点は、意味するところが今ひとつすんなり伝わらないことでしょう。たとえば下のメッセージなどは、特に高度な読解力を通行人に要求します。
超高速の電脳社會 短絡したら無博ミ會
端からゆっくりでは
3つめのカテゴリーは「レトロ系」。カタカナって読みにくいですね。
毒ニモ薬ニモナラナヰ本ヲ読ムヨリ
毒カ薬ニナル本ヲ読ミマセウ
もうひとつ、レトロ系。
今の児も昔しの児も
ずっと昔しの児の書いた本も読みませう
これも読みにくい。「昔」に「し」と送りがなを付けている点、「子」のかわりに「児」を用いている点などが違和感の原因ですが、人は違和感をおぼえるほど忘れないもの。子どもも大人も本を読もうよ!という呼びかけを通行人の記憶に焼きつけるのに効果的です。

そして、個人的にいちばん好きなのが「ストロング系」。これは私の記憶の中の最高傑作です。

本を目で齧り 本を頭で咀嚼し
こころの糧と為す
目でかじる! 脳で噛みくだく! なにか、宇宙船内で強酸体液をまき散らしながらシガニー・ウィーバーに迫りくるエイリアンのイメージが鮮烈に浮かびました。先日新しく唐闖oされたメッセージもこのストロング系で、個人的ランキング2位に躍り出ました。
魂の皮を ●金の様に鋭き本で削れ
魂より溢れ出る輝きを解き放せ
ああ、魂の皮をけずる! ヒリヒリ痛そうです。おまけに漢字が難しすぎて変換できません。それ以前に私、「●金」が読めません(泣) でも、魂がひとかわむけるような読書、してみたいですね。

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2005年02月23日(水曜日)

メビウスのドーナツ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

ドーナツについて考え始めると、人はどういうわけか哲学的な命題にぶつかりがちですね。何よりも私たちを幻惑するのは、その穴。どうすればドーナツの穴が食べられるかを思案しているうちにチャーリー・ブラウン的な人生訓がひらめいたり、うっかり足をすべらせてドーナツの穴に落ちたまま出られなくなったり(嘘)、かつてドーナツの穴の起源について大論争が起きたこともあるそうです(これは本当)。

サカキシンイチロウ氏のドーナツをめぐる考察はチャーミングです。

”穴があるから油のしみ込む面積も大きくなるし、穴があるからサクっ感を生む楓ハ積が増えるのだし、何しろ穴があるからどこを食べても一定の美味しさと一定の歯ごたえを約束してくれる。

だから「ドーナツは穴である」と定義することも出来るかもしれない。
ドーナツは穴である。
穴は何もない状態である。
だからドーナツとは何もない状態なのである。”

サカキ理論にしたがえば、ドーナツを食べるとは「無」を食べることですから、何個おなかに入れてもカロリーゼロということになりますね…なんていう無茶な考えを誘発するのもドーナツの魔力のひとつ。

村上春樹の愛読者たちの間では、公式ドーナツ(?)といえばアメリカ生まれのダンキンドーナツ。私が外資系の会社で働いていた頃、アメリカ人のボスが会議のテーブルに持参してみんなに配ったのもドーナツ。また、『ツインピークス』ではFBI特別捜査官のクーパーがいつもドーナツとチェリーパイに手をのばしていました。クーパー捜査官はきまじめな撫薰ナ殺人事件について推理するふりをしながら、そのじつドーナツの穴について考えをめぐらしていたような気がします。

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そんなふうにドーナツといえばアメリカの印象が強かったのですが、先日、銀座にある日本唯一のルーマニアレストラン「ダリエ」で初めてルーマニア・ドーナツにお目にかかりました。名称はパパナッシュ。ルーマニアで広く愛されているという代蕪Iなスイーツで、このレストランでも自慢の一品です。

食事の最後に運ばれてきたパパナッシュは揚げたてのほかほか。白いサワークリームと赤いチェリージジャムがかけられ、見た目はいかにもずっしりヘヴィーなのですが、ナイフを入れると刃先が深く沈み、ふんわり、もっちり、驚きの食感。すっきりと軽やかな甘さがあとをひくおいしさで、まるまる1個があっという間にお皿の上から消滅しました。

80歳を超えるという女性オーナーが優しい笑顔で「ドーナツとはいえ、粉はほんの少しで、ほとんどチーズで作っているんですよ」と教えてくれました。この女性が実年齢より15歳以上若く見えるのも、ドーナツの魔力に関係があるのでしょうか?  もしかしたらたっぷりのサワークリームとジャムに隠れて、このルーマニア・ドーナツはメビウスの輪のようにねじれてつながっているのではないでしょうか?

なにかのまちがいで私がもしドーナツ屋を開くとしたら、店名は「メビウス」にしようと思います。包み紙にはこんな警告文を小さく印刷します。
”ドーナツとは考えるものではなく、食べるものだ”

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2005年02月16日(水曜日)

ミレイ時計が鳴り出して

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050216kawag.jpgいったんベルが鳴り出したら最後、きちんと手で止めない限り決して鳴り止まない目覚まし時計がありますが、それと同じように「あ、あれが食べたい」と思いついたら最後、実際に食べないことにはおさまらない困った食べものがあります。

たとえばカレー。朝、電車の中でうっかりココナッツミルクとナンプラーが香るタイカレーのことなんか思い出した日には、仕事をしていても誰かと話していても、15分おきにカレーの幻覚が脳裏をよぎって、ランチタイムに入るやいなやタイ料理店に直行しなければなりません。そんな事態を、私は「カレー時計が鳴り出した」と呼びます。鳴り出したら、食べて止めるしかない。

そんな強烈な時計のひとつに「ミレイ時計」があります。ミレイは蒲田のいかがわしげな路地裏にある小さなベトナム料理店。インテリアは安上がりな造作ですが、営業時間中は常に予約客でいっぱいです。ミレイのフォーが麺、スープともに輝くオーラを放つばかりにおいしくて、また、どのメニューをオーダーしてもハズレがないことはよく知られているのです。

私のミレイ時計のベルを鳴らしてしまうのは、パクチー(香菜)たっぷりの新鮮なサラダ。口に入れたとたんにさまざまな味がいっぺんに舌に沁みこみます。フォーのスープのようにじんわりと余韻が残るような味の拡がり方ではなくて、「甘いすっぱいパクチー!」と早口言葉でやってくる味が、すっかりクセになってしまいました。

先日またしてもミレイ時計がけたたましく鳴り出したので、夫に午後8時からの予約を入れてもらって(早い時間は満席でした)タクシーで駆けつけました。うちからはタクシーのメーターが2~3回変わるくらいの距離なのです。席についたらまず、何はなくともベトナムビール333(バーバーバー)と生春巻きとサラダ! 今回は小さな黒板に書いてあったおすすめの「蓮の茎のサラダ」を注文したのですが、これも基本構成とドレッシングが同じなので、そうそう、これが食べたかったのよ、と熱い感動を与えてくれました。砕いたナッツが香ばしくカリッ、エビがプリッ、蓮の茎がシャキッ。さまざまな歯ごたえを確認する幸せよ。

定番新顔とりまぜておなかいっぱいに堪狽オ、最後にベトナムぜんざい「チェー」でしめる頃に、サービスで蓮茶が運ばれてきます。この蓮茶がほんのりと優しい香りで、食事に全力で集中したあとの疲れ(?)をゆるめてくれるのです。時計も無事に鳴り止みました。でも、この時計、なんだか年ごとに針の進み方が早くなっているような気がするのです。一ヶ月もたたないうちに、また鳴り出すかもしれません。

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2005年02月09日(水曜日)

オリエンタル・ビューティー

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050209kawag.jpgさまざまな中国茶の中で、東方美人の扱いには少しだけ困っていました。どうとらえたらいいのか、頭の中にすんなりとおさまってくれないお茶だったのです。

紅茶そっくり。初めて東方美人を飲んだとき、そんな感想を抱く人はきっと多いはず。色も味わいもまるで紅茶ですよね。でも、発酵度から分類すれば東方美人は紅茶ではなくあくまでも烏龍茶だし、ねっとりとしたハチミツのような芳香はなるほど中国茶独特のもの。

もうひとつの違和感は、中国茶を飲むとき、私が必ずかたわらに甘いお菓子を置いているせい。スイーツにはビターを合わせたいのですが、東方美人では香りが甘すぎて、スイーツ×スイーツになってしまうんですよね。

それが不思議なことに、茶器を変えてみたらしっくりなじむようになったのです。ある日なにげなく目をやったのは、食器棚のすみのアンティークのティーカップ。ふつうのティーカップよりひと回り小さな九谷焼です。江戸時代の中期から大正時代にかけて、九谷焼はヨーロッパに大量に輸出されていました。それが買い戻されて日本にお里帰りしたものです。

べつに素晴らしいお宝カップなどではありません。ふちの欠けを金繕いした跡があるし、細かく描きこまれた絵は素朴で微笑を誘われる筆致。中国とも日本ともつかないおかしな桃源郷で丸顔の童子たちが遊んでいるという、いかにもヨーロッパの人々が好みそうな図柄です。

そのカップに東方美人を注いでみたら、お茶がいい具合におさまってしまいました。東方美人は19世紀末からさかんにヨーロッパに輸出されたお茶。そもそも東方美人という名前は英国のビクトリア女王が茶葉の色彩や水色の美しさに感動して名づけたと言われるくらいに。

かつてヨーロッパで愛された東洋のものという共通項が、里帰りのカップと東方美人を相性よく結びつけたのですね。以来、東方美人を飲むときはいつもこのカップです。

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2005年02月02日(水曜日)

アイルランド式スコーンの作り方

東京カフェマニア主宰 川口葉子

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Avoca Cafeは昨年アイルランドのベストカフェに選ばれた有名店。その総料理長をつとめる女性が来日し、青山のCafe246でクッキングレッスンを行いました。

総料理長レイリー・ヘイズさんはAvocaに入社してから次々にカフェをオープンさせ、年間1200万ユーロを売り上げています。レシピを紹介した著書『Avoca Cafe Cookbook』は20万部を超えるという異例のベストセラー。そんな歩みの間に、双子の姉妹を出産してママにもなりました。

Cafe246のテラスに設けられた会場は満席。期待に満ちた空気の中にあらわれたのは、縞のエプロンをつけ、少し恥ずかしそうな微笑を浮かべた控えめな女性でした。バリバリの凄腕シェフにはとうてい見えません。

でも、目の前でスコーンを作り始めた彼女の両手は、本当に日々、料理をしてきた人の手でした。無駄のないすばやい手さばき。粉をすりつぶす力強い指先。その動作は、ひとつの答を知っている人の確信に満ちていました。この素材たちは、どうすればもちもちのスコーンに変身するのか? 彼女はその回答を、積み重ねた経験から熟知しているようでした。

ところで、アイルランドでは小麦粉を全くふるわないんですって。日本ではどんなお菓子作りの本にも「粉類はよくふるっておくこと」と書かれているのに、これはびっくりです。そのかわり彼女は両手の指を使い、ひたすら根気よく小麦粉とバターをすりあわせていました。

ハーブをたっぷり使うのがAvoca Cafeの特徴のひとつ。このスコーンにもローズマリーとタイムが投入されました。オーブンで焼いている途中から、猛然と周囲にひろがり出したたまらない香り! 焼きあがったスコーンがどんな味だったか、申し上げるまでもありませんよね。

Cafe246に隣接するブックストア「Book246」では、『Avoca Cafe Cookbook』の販売が2月末まで行われるそうです。

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