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2005年05月06日(金曜日)

カフェの小さな魂

東京カフェマニア主宰 川口葉子

20050506kawag.jpgカフェの魅力の正体はなんでしょう。大好きなカフェはほかのカフェとどこが違うのでしょう。

そんなことを、よく考えます。ふくよかな香りをひろげるコーヒーと食事。背中になじむソファ。きびきびと気持ちのよい動作で立ち働くスタッフ。何気ないけれどセンスを感じるインテリア。読書や会話をじゃましない照明と音楽。同じ空間を共有することを楽しめるお客さまたち。

それだけ揃えば、見事に素敵なカフェです。でも、とびきり好きなカフェには、そういう要素では語りえない何かが、まだあるようです。

数年前、ほんとうに好きなカフェがありました。早春にオープンしてから夏が終わるまでの短いあいだ、その場所は私にとって天国でした。初めて、工夫(クンフー)式スタイルで中国茶を飲ませてもらったのはそのカフェ。窓辺に置かれた小さな苔玉や、観光客が訪れないハワイの聖地について書かれた本に出会ったのも、そのカフェでした。

決して完璧なカフェだったわけではありません。コーヒーの味は自家焙煎珈琲店にかなわないし、洗面所は故障して水が出なくなったままだし、時として騒々しいお客さまと隣り合わせてしまったこともありました。けれども、そこには、その場所にしかない大きな魅力がありました。それはカフェの空気全体を淡く発光させているような、不思議な何か。<カフェの魂>とでも呼ぶしかないようなもの。

でも、秋の訪れとともにカフェの印象は変わりました。かつての女性スタッフはすべて男性スタッフに取って替わられ、カフェはより本格的な志向を持つようになりました。お店の評判はいっそう高まっていったけれど、私は心の中で、なにか違う…とつぶやき続けていました。私にとって一番大切なエッセンスだったものが消えたように思えたのです。天国を天国たらしめていた、小さな美しい魂。

ずいぶんあとになってから、秋のスタッフ交替のときに、最初にカフェを立ち上げた女性がお店を去ったのだと知りました。カフェの魂は、彼女から自然に漂っていたものなのかもしれません。カフェに置かれた家具もお料理も同じなのに、小さな魂が抜けただけで、なにもかもが変わってしまうのだということを知りました。

カフェとの遭遇は恋のようなもの。片思いするだけのお店もあるし、幸運に恵まれてお店と両思いになっても、関係はたえず変化していて、とてもこわれやすい。恋など幻想にすぎなかったと思うこともあるし、人によってはそもそも恋に落ちたりしないでしょう。それでも、心から愛せる場所に一度でもめぐり合えたことを、私は幸せに思っています。

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2005年04月27日(水曜日)

4月の桜、5月の新茶

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050427kawag.jpg銀座のデパート松屋の地階に、「茶の葉」という日本茶の小さなカフェがあります。
照明を落とし、天井まで届く花木の根もとに水を流した空間は、デパートのざわめきから一転、まるでにじり口から茶室に入ったような静けさ。カウンターの角から落ちるようにしつらえられた小さなせせらぎの音が、せわしなく動きまわる心を落ちつかせてくれます。

このカフェには、日本各地から次々に新茶が届けられます。
「桜前線が過ぎたあとは、日本列島を新茶前線が北上していくんですよ」

そう教えてくれたのは、ほんのり桜色の肌をした若い女性スタッフでした。4月中旬の屋久島を皮切りに6月上旬まで、新茶前線はあおあおと波うちながら日本を通過していくのです。

ふと思いついて、「中国茶にはプーアール茶のように何十年も熟成させて飲むものがありますが、日本茶はなぜそのようなことをしないのでしょう」と尋ねてみました。

「そうですね…日本の人々は、その季節の新鮮なもの、とれたてのフレッシュな味を楽しむという文化を育ててきました。たとえばお刺身など、お魚を新鮮なうちになまでいただくのもそうですし」

なるほど、初鰹などと言って季節の初物をことさら嬉しいと思うのも、私たちの生来の感覚なのかもしれません。今年は桜の花をゆっくり眺めることができなかった、と嘆く人がいるように、今年は新茶の香りをじっくり楽しめなかった、と嘆くお茶好きがいるというのも納得できます。

4月の桜花、5月の新茶。短い期間にしか触れられない植物たちに囲まれて、私たちはなんとお楽しみの多い生活をしていることでしょう。

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2005年04月20日(水曜日)

ドライカプチーノの誘惑

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050420kawag.jpgカプチーノやカフェラテなど、シアトルスタイルのドリンクのおいしさで知られるマキネスティが、この春、麻布諸ヤに2号店をオープンしました。

マキネスティ1号店は、もともとカフェとして作られたわけではありません。本来はオーナーの辻さんがイタリア製の最高級エスプレッャ}シンのデモンストレーションをするために設けた事務所なのですが、通りかかる人々が興味しんしんでのぞきこんではカフェラテなどを飲みたがるため、いつの間にかカフェに変身したのです。

地域の人々のリラックス空間を目指した2号店は、犬と一緒に新緑の街の空気を楽しめるオープンテラスや、シアトルから運んだやさしい色調の木の家具、スタッフの笑顔などが気軽にくつろげる空気を作り出しています。土曜日の午後、ここでドライカプチーノやキューバ式エスプレッメuキュバーノ」など、さまざまなエスプレッャxースのドリンクを楽しみました。

ドライカプチーノは別名「食べるカプチーノ」。カップの底にほんの少量の香り高いエスプレッモェ隠れていて、あとは9割がた、ミルクの泡なのです。バリスタから差し出された白いカップには、ふちからこぼれんばかりにミルクの泡が盛られていました。

いただくときは、まずお砂糖をぱらぱらとふりかけ、スプーンでとろとろのミルクの泡と、底のエスプレッモャぜて口に運びます。この泡は通常のカプチーノの泡とはまた違う作り方で仕上げられています。まるで光をたっぷり吸いこんだ春の雲をムースにして食べているような、幸福な舌触りでした。

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2005年04月13日(水曜日)

東京カフェマニア主宰 川口葉子

プーアール茶には2種類のタイプがありますね。一般によく飲まれている、カビと土の匂いがするのは「熟茶」。これは緑茶に水と熱を与えて保管し、麹菌による発酵を促進したもの。いっぽう、「生茶」タイプは自然発酵。時間をかけて緑茶を自然に熟成させたものです。

桜の季節に長野へ旅したとき、高台の中腹にある一軒家のカフェで、プーアール生茶をいただきました。午前中、夏のような陽射しに花々がいっせいに咲きそろったあと、山の陰から雲がひろがってやわらかな花曇りになった午後。靴を脱いで一軒家にあがると、手前の六畳がうつわのギャラリーに、奥の六畳がカフェになっていました。

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海の家みたいに素朴な「小屋」なのですよ、とオーナーが笑った美しいカフェは、キャメルの毛布の上で居眠りする茶猫のようにひっそりとやすらかな気配に包まれていました。開けた窓からあたたかい風が吹き込み、窓の向こうでは竹林が絶えずさわさわと揺れていました。器に注いだ生茶「悟空生餅」の楓ハには小さな光が反射し、音楽は水滴のように空間にしたたっていました。何もかもが、ただ一回きりのことに思えました。

旅先では、なにかに巡り会うチャンスは一度だけ。本当は日常生活も一期一会なのだけれど、それを意識することは難しいですよね。旅のあいだは、明日はもう自分はこの場所にはいないということを知っているから、一瞬一瞬が貴重なものだと自覚できます。

次にこのカフェに来られるのはいつだろうか、そんなことを考えながら飲む生茶もまた、一度きりの味でした。生茶はまだ生きて呼吸を続けていて、今後も月日とともに発酵が進んでいくもの。もしも来年、桜の季節に再びこのカフェを訪れることができて、同じ悟空生餅をいただいたとしても、それはもはや今日のすっきりした味とは別の、ひとめぐりの四季を重ねた味に変化していることでしょう。

週明けに東京に帰ってくると急に寒さが戻って、厚いコートを着た人々が雨の街角を行きかい、桜の花は早くも盛りを過ぎようとしていました。

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2005年04月06日(水曜日)

少し遠くの知らない誰かに

東京カフェマニア主宰 川口葉子

ある人が『珈琲日和』という本を送ってくれました。余白を多めにとった柔らかな印象のページに、文章と、コーヒーカップをとらえた小さなモノクロームの写真が配されています。ぱらぱらとめくると、最後のページに撮影場所が記されていました。

ICONE
イノダコーヒ
CAFE SONES
珈琲美美
……

並んでいるのは、私の九州旅行の記憶に刻まれているカフェの名前です。著者は九州在住の女性でした。

本を一読して思い出したのは、高校生のときに隣のクラスだった女の子のこと。とくに親しかったわけではありません。友だちの友だちで、一度なにかの拍子に言葉を交わし、あ、好きなものが重なる部分があるかもね、とおたがいにちょっと笑ったことがある、そんな淡い関係のひと。

050406kawag.jpg卒業してしばらくたったある日、彼女から一枚の絵葉書が届きました。旅先で綴ったらしい短い言葉。お元気ですか。いま○○に来ています。喫茶店に入ってこの葉書を書いています。

なぜ、私に? 彼女は知っている限りの人に絵葉書を書き送ったのかしら? よくわからなかったけれど、私も近所の古い喫茶店のテーブルで返事を書きました。送られてきた言葉と正確に同じくらいの分量で、同じくらいの親しさで。

それからというもの、時おり、ずいぶんと気まぐれなテンポで、彼女から手紙が届くようになりました。きちんと折られた便箋の上に、いつも登場するのは彼のこと。

彼がどんな人なのか、私は知りませんでした。彼女は具体的な事柄ではなく、おもに自分の気持ちのこと、季節ごとに近づいたり遠ざかったりする彼との距離について書いてきたからです。結局そのふたりは寄り添って生きたのかそうではなかったのか、手紙はいつのまにかとだえて、私は彼女の物語の続きを知りません。

『珈琲日和』は、彼女からの手紙に似ているようでした。彼女と彼と、季節が放つ匂い。ふたりのあいだにいつも置かれているコーヒー。不意にせつなさがこみあげてきたとき、穏やかな満足感に包まれとき、遠くで静かにあきらめたとき、それを誰かに言いたくてコーヒーを飲みながら書く手紙。

今なら、なぜそんな手紙の宛先が私だったのかわかるような気がします。身近な人に伝えたい気持ちのほかに、少し遠くの知らない、でも好きなものに共通点のある誰かに伝えたい気持ちも、あるんですよね。

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2005年03月30日(水曜日)

なんとなくのタネ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050330kawag.jpgヘアサロンでの会話はあまり得意ではないのですが、珍しく、自然な感じで無駄話のできる美容師さんに出会いました。その人がハイテンションな話し方ではなく、のんびりかまえた口調なのがよかったのかもしれません。

美容師やアロマテラピストに「何のお仕事をしていらっしゃるんですか?」と訊かれるたび、いつも適当に「会社員です」などと答えていましたが、今回は正直にフリーでライターをしています、と答えてみました。

「へえ、ライターになったきっかけは?」
「…なんとなく、流れで。別になろうと思ってなったわけではなくて、いつのまにかそうなっていたんです」
「なるほどなあ。ここに来るお客さまは、ライターや放送作家がわりと多いんですよ。近くにテリー伊藤の事務所があるしね。皆さんに聞くと、仕事のきっかけって本当におもしろいんですよ」

そう言って美容師さんは、お客さまがたの髪を切るついでに聞いた<きっかけ集>を教えてくれたのでした。

1.あるグルメライターの場合。前の仕事は「スーパーで豆腐を並べていた」のだそうです。きっかけは、ふと雑誌かなにかで目に留まったライター募集の広告。なんとなく応募して、今では山本マスヒロ氏といっしょにレストランのテーブルにつくようになったとか。

2.ある放送作家の場合。前の仕事は「コンビニのアルバイト」。きっかけは、唐闔・ナ放送作家募集の文字をみつけて応募したこと。今では某有名番組の作家をつとめているそうです。

3.ある社長の場合。友人が古新聞回収のアルバイトに応募。面接に合格したはいいものの、実は友人は運転免許を持っていません(よく合格しましたね)。そこで、その友人を手伝って二人で古新聞回収のアルバイトを始めたのですが、そのうち自分たちがだまされていることに気がついたのだそうです。本当は200kg回収したのに「今日は150kgね」などと数字をごまかされ続けていたんですね。
その人はアルバイトをやめ、自分たちで小さなトラックを買って古新聞などを回収して回ったら、これが大当たり。それを元手に4つの会社をおこしたのだとか。

「何が仕事のきっかけになるかなんて、わからないものですよね。僕にもある日突然、また全然違う職業につく可能性があるんだと思うと嬉しくなるなあ。人間って、自分が思っているよりも本当は自由なんだよね」

そう言って笑った美容師さんの前職は、臨床検査技師。世界には「なんとなく」のタネがたくさん落ちていて、特に考えもなしに拾って自分の庭に植えてみたら芽を出し、おもしろがって水をあげたら花が咲いたということ、意外に多いのかもしれませんね。

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2005年03月23日(水曜日)

春はあけぼの。蕎麦は宵の口。

東京カフェマニア主宰 川口葉子

蕎麦屋ののれんをくぐるのに最もふさわしい刻限は、宵の口です。陽が沈んだばかりでまだ空が明るい夕暮れどき、ふたりで連れだって蕎麦屋の扉を開ける瞬間のいそいそした気分ときたら、うふふ、うふふ、と身体じゅうが笑っている感じです。

なぜか、イタリアンやフレンチだとそうじゃないんですよね。しっかりと夜の闇に包まれてからのほうが、さあ、ワインといっしょにおいしい料理を食べよう!という気合いが入ります。明るい時刻のほうが嬉しいのはお蕎麦だけ。蕎麦の不思議その1です。
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お蕎麦を食べる相手は、気心の知れた人にかぎります。たとえ相手がお蕎麦をつゆの中に問答無用でどっぷり浸してすすったとしても、親しい人なら気にならないもの。ところがどういうわけか、親しくない人のお蕎麦の食べかたはやけに気になってしまうのです。蕎麦の不思議その2。

というわけで、風の感触はまだ冷たいけれど日が確実に長くなってきた春の夕刻、夫とふたりで蕎麦屋のすみのテーブルに陣どり、まずビールからいくでしょ?なんて言いあいつつ、視線を油断なくメニューのすみからすみまで往復させているときの嬉しさときたら格別です。

夫はそばがきが好きで、どこの蕎麦屋でも必ず注文します。店員さんを呼んで「生ビール2つとそばがき。あと、とりわさ、そば味噌、ゆばわさび。とりあえずそれだけお願いします!」なんて最初の注文をする頃には、彼が全面的にうふふ状態になっているのが伝わってきます。

ときどき、そばがきのないお蕎麦屋さんに遭遇しますが、夫は「どうしてないんだよおお」と蕎麦タイムの間じゅうしつこくくやしがるので、そばがきを出さないお店はその理由もメニューに書き添えてくださるとたいへん助かります。

「まつや」といえばよく知られた神田の老舗。夕方ともなれば常に満員で誰かと相席になりますが、先だって私の横に座っていらしたのはご年配の一人客。これが実に良い風情でのんびり、ちびちびと、焼き鳥を肴に一杯やっていらっしゃるのです。私たちがビールとそばがきからスタートして肴各種をひととおり制覇し、そろそろしめに入ろうかと、まずはさるそばを1枚ずつ注文する頃になっても、まだ同じ焼き鳥と日本酒を前に、悠然と座っておられます。

おじいちゃん、もしかして眼を開けたまま瞑想状態に入っていらっしゃるのでは。そんなことを思っていたら、お店を出ていくお客さまが何人か、このご老人に挨拶をしていきました。まつやではすっかりおなじみのご常連なのでしょうか。 

結局、私たちはご老人より早くまつやを出ました。私たちがさらに天ぷらそばを平らげたあとも、おじいちゃんは泰然と座って、瞑想したり、向かいの席の誰かに軽く会釈したりしていたのです。

「あのおじいちゃんはあと2時間はあのまま座っていると思う」「いや、あと5分で蕎麦を注文して、蕎麦だけは異常なスピードで食べ終えて出ると思う」などと想像をたくましくしましたが、夫はいずれはあのおじいちゃんのようなたたずまいの蕎麦老人になって、毎夕、蕎麦屋でちびちびやって過ごしたいと抱負を語りました。

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2005年03月16日(水曜日)

珈琲道

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050316kawag.jpg「最近は背筋がぞくっとするような、すごいお客さまに会えなくなりました」
と嘆いたのは、ある自家焙煎珈琲店の主人。
「そういえば昔のランブルのカウンターには、すごいお客さんが並んでたね」
常連客が相槌を打ちました。カウンターごしに交わされる二人の会話を、私はテーブル席で聞いていました。

主人は、渾身の一杯をお客さまにさし出すかわりに、心してコーヒーを堪能ることをお客さまに求めているのです。

「珈琲は一杯の物語です」
主人はそう語ります。小さなカップの中に展開される物語を読み解くには、舌の訓練とお作法と静かなる心が必要。漫然と座って、なんとなく飲んでいては物語は始まりません。まるで日本茶の世界が洗練させてきた茶道のような、<珈琲道>の世界です。

昔のランブルには、そういう物語の味わい方をわきまえた人々が座っていましたね、と主人と常連客の会話は続きました。
「まだコーヒーの飲み方をよく知らない人も、そういうすごいお客さまたちを見て、自分でも真似してましたね。誰も教えてくれたりしないんですが、黙って見ているうちに飲み方を覚えるんです」

たとえば、飲む速度。コーヒーは飲むのではなくて、舐めるように少しずつゆっくりと味わうべきだと主人は主張します。熟成ワインをグラスに注いだ直後と空気に触れさせたあとでは、香りたちも味もまるで違ってくるように、カップの中のコーヒーも温度とともに少しずつ味わいが変化しているのだから、と。

あるいは、お水。
「コーヒーを飲む前に、口の中をいったんリセットするためにお水を飲むのはいいですよ。でも、コーヒーを飲み終えたあとで水を飲んでは、せっかく口の中に続いている甘い余韻をかき消してしまうんです。もったいないですよね」
主人がネルドリップする一杯は長く尾をひく余韻を持っており、その余韻も時間とともに変化していくので、最後まで余韻を楽しまなければ、物語を一滴残らず味わい尽くすことができないのだそうです。

私は左手に持っていたお水のグラスを、こそこそとテーブルに置きました。ああ、けわしき珈琲道! お水くらい自由に飲ませてください、とも思いましたが。

「コーヒーを楽しむのに難しい理屈はいりませんよ。リラックスして自由に飲めばいいんです」
そんなふうに優しく言ってくれる主人が多いなか、変わり者で厳しくて、敬遠されるのを承知でありったけの情熱を注いでお客さまに困難なことを教えようとする<家元>がまだ存在しているのは嬉しいもの。ウンチクを傾けてはいけない、難しいことは抜きで、という風潮のご時世に、面倒な役を本気で演じてくれる人はなかなかいません。そして主人の言葉と同じくらいに、彼のコーヒーもまた雄弁に語っていたのです。

ならひつつ見てこそ習へ習はずに
よしあし云うは愚かなりけり
 (利休百首)

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2005年03月09日(水曜日)

春風秋月

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050309kawag.jpg知り合って10年になる友人がいます。私の飲み友達の例にもれず、たっぷり飲んでたっぷり食べる「胃がブラックホール」タイプ。塩を舐めながら日本酒をちびり、なんていう枯淡タイプは身近にはひとりもいません。

その人は数年前に地元の関西に就職したために、共に飲む機会はめったになくなったのですが、日曜日、出張で東京に来ているというので、友人が空港に向かう前に品川で2時間ばかりお茶を飲みました。

品川の「春風秋月」は2004年夏、新高輪プリンスホテルの中にオープンした中国茶館。お店のおすすめという30年もののプーアール茶をいただいてみました。
「つまり、僕が5歳のときに作られたお茶やな」
と友人があっさりめに感心しました。この人はいつでも飄々としているのです。

大切に保管され、長い時間をかけて熟成されたプーアール茶は、予想を裏切って驚くほどまろやか。若いプーアール茶のように強烈な発酵臭がぐいぐいとせまってくるのではなく、穏やかでとろりとした甘さがあります。その甘さは三煎め、四煎めと飲み進むにつれいっそう増していき、おなかの中から身体を温めてくれました。

友人とはありがたいもので、恋愛は当事者のどちらかが常にたき木を追加して、火を燃やし続けていかないかぎり立ち消えてしまうものですが、一時期しょっちゅうお酒を飲み、山ほどくだらない話をし、見苦しい姿を見せて過ごした仲間との関係は、1年も2年もほったらかしておいても大丈夫。久しぶりに会っても、つい先月もいっしょに飲みました、という距離感で話すことができます。

10年を経過してこの空気だから、プーアール茶のように友情を30年間熟成させたらどうなるのかと想像すると、年齢を重ねていくのが少しだけ楽しみにも思えました。

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2005年03月02日(水曜日)

エビス風信帖

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050302kawag.jpg恵比寿駅西口に行くたびに、必ず見上げるものがあります。小さな古書店のビルのガラス窓いっぱいに、墨痕も鮮やかにしたためられたメッセージ。古本屋の店主が書いて唐闖oしているらしく、私はひそかに「エビス風信帖」と呼んでいます。

エビス風信帖は山手線の窓からも確認できて、数ヶ月ごとに新しく書きかえられる個性的な一人書道展を毎回楽しみにしているファンも多いようです。私は古書店ビルの前で信号待ちをしている間に、エビス風信帖をデジタルカメラで写すくせがついてしまいました。ここ数年のあいだに発信されたメッセージにはこんなものがあります。

待つ心憧れる心 ときめく心焦がれる心
皆本の中に棲んでます
なんだかいいでしょう? むかし読んだ古典的な恋愛小説など読み返したくなります。店主の主張は4種類にカテゴリー分けすることができ、これは理解しやすい「ときめき系」に分類されます。同じカテゴリーとしてはこんなものも。
愛してる本を
本を読んでいる君の後ろ姿が好きだ
「本を」の繰り返しに、みんなもっと本を読もうよ!という古書店主の魂の叫びが表現されていますね。たぶん。

もうひとつのパターンは「時事系」。

テロリストになり損なった小泉さん
この世を冥土in JAPANにするな
時事系書道の欠点は、意味するところが今ひとつすんなり伝わらないことでしょう。たとえば下のメッセージなどは、特に高度な読解力を通行人に要求します。
超高速の電脳社會 短絡したら無博ミ會
端からゆっくりでは
3つめのカテゴリーは「レトロ系」。カタカナって読みにくいですね。
毒ニモ薬ニモナラナヰ本ヲ読ムヨリ
毒カ薬ニナル本ヲ読ミマセウ
もうひとつ、レトロ系。
今の児も昔しの児も
ずっと昔しの児の書いた本も読みませう
これも読みにくい。「昔」に「し」と送りがなを付けている点、「子」のかわりに「児」を用いている点などが違和感の原因ですが、人は違和感をおぼえるほど忘れないもの。子どもも大人も本を読もうよ!という呼びかけを通行人の記憶に焼きつけるのに効果的です。

そして、個人的にいちばん好きなのが「ストロング系」。これは私の記憶の中の最高傑作です。

本を目で齧り 本を頭で咀嚼し
こころの糧と為す
目でかじる! 脳で噛みくだく! なにか、宇宙船内で強酸体液をまき散らしながらシガニー・ウィーバーに迫りくるエイリアンのイメージが鮮烈に浮かびました。先日新しく唐闖oされたメッセージもこのストロング系で、個人的ランキング2位に躍り出ました。
魂の皮を ●金の様に鋭き本で削れ
魂より溢れ出る輝きを解き放せ
ああ、魂の皮をけずる! ヒリヒリ痛そうです。おまけに漢字が難しすぎて変換できません。それ以前に私、「●金」が読めません(泣) でも、魂がひとかわむけるような読書、してみたいですね。

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