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2010年03月12日(金曜日)

カフェごはんの進化

東京カフェマニア主宰 川口葉子

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ほとんど10年ぶりくらいに訪れたカフェで、お料理がめざましい進歩を遂げていることに驚きました。

たしか初めてそのお店で食べたメニューは、いかにも当時のカフェらしいワンプレートのごはん。ああ、まだまだプロの水準には達していないなと嘆息しましたが、あえておいしくないとは口にしませんでした。

なにしろ、それは本当に東京でカフェがよちよち歩きを始めた時期。私は、立てるようになったばかりの子どもに「なんて歩くのが下手なの!」と声をかけたら歩くのをやめてしまうかもしれない…という恐れを感じていました。

そのころ喫茶店という文化は、全国にチェーン展開する安価なコーヒーショップの陰で、ほとんど滅びかけていました。街角に憩いの場所が失われるのを危惧していた私にとって、カフェは豊かに育ってほしい大切なものでした。
だから、どうか成長してくださいという願いをこめて、『北風と太陽』方式で見守っていきたいと思ったのです。

何かが流行しかけているときには、必ず多数の反対派、否定派を生み出すものです。カフェめしという生まれたてのキーワードは、当然のように「カフェめしなんて、まずくって…」というコメントを量産していきます。
実際には食べたことのない人まで、そう非難していたような気がするのですが、私の邪推でしょうか(笑)

その批判は半分は当たり、半分ははずれでした。最初からしっかりしたおいしい料理とコーヒーを提供していたカフェはちゃんと存在していましたから、何もかも一緒くたにして「まずい」と断言してしまうのは乱暴すぎますよね。

流行は必ず終わるもの。カフェをもてはやした雑誌たちは「カフェブーム終了宣言」という見出しを大きく掲げましたが、実際にはそれはカフェが消えたという意味ではなく、流行を超えて街角に定着したことを表していました。

もちろん、稚拙さゆえに閉店したカフェは数え切れないほどあります。しかし、定着したカフェは試行錯誤を重ねながら、日々、こつこつと小さな進化を重ねていました。お客さまからは決して見えないところで繰り返される努力と失敗の数々。

いまや、高級レストランで活躍してきたシェフがカフェのキッチンに立つ時代。飲食店としての水準は飛躍的に上がったように思えます。

そして10年ぶりに訪れたカフェで、自家製のパンと、チキンのデリサラダが、かつてのワンプレートごはんとは比べものにならないほど上等になっていることに目を丸くしたのでした。
ここにもやはり、10年分の地道な努力があったのです。

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2010年03月05日(金曜日)

エシレ、貧者のケーキ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

100305kawag.jpg用事ついでに、閉店時間まぎわに立ち寄った「バターの館」こと丸の内のエシレ・メゾン デュヴール

先日クロワッサン購入にチャレンジした友人によれば、「さすがに大行列のほとぼりは冷めてきた」とのことで、私が訪れた夕方も店内にお客さまの姿はなかったのですが、もちろん話題のクロワッサンはきれいに消滅していて、フィナンシェなどの小さな焼き菓子とケーキがあるのみ。「ミゼラブル」を購入しました。

常温に戻してバタークリームが柔らかくなってから食べるとおいしいですよ、というコメントつきのミゼラブル。エシレバター50%という贅沢なバタークリームと、しっとりしたダクワースを交互に重ねたシンプルなケーキです。

濃厚なバター感は「マルセイのバターサンドに通じるものが…」と、いっしょに食べた夫。しかし、ミゼラブルは重たいのに上品。よけいな甘みや塩気がなく、後味にくどさがありません。

ただ、バター好きの私でさえもこの量はトゥーマッチ。半分の大きさなら「あとひとくち食べたいな」という最高の状態で食べ終えられたのではないでしょうか。 

何よりも気になったのは、ミゼラブルというネーミング。なぜ、おいしいお菓子に“みじめ”などという名前が?! 
購入するときにお店の人に質問せずにはいられませんでした。(アルバイトのかただったのでしょうか、わざわざ他のスタッフに聞きに行ってくれました。ありがとう)

「昔は牛乳がなくて、水で作られていたんだそうです」

なるほど、この場合のミゼラブルは反語的に使われているのですね。

私が小学生のころ、図書室に並んでいた『レ・ミゼラブル』には『ああ無情』というクラシックな邦題がついていました。たった1本のパンを盗んだ罪で、20年近くも刑務所で暮らさなければならなかったジャン・ヴァルジャン。

もしも私が盗みの現場に居合わせたなら、ジャン・ヴァルジャンを追いかけていって、そのパンに上等のエシレバターを塗ってあげたかったと思うのです。
だって、彼が出獄したあとに使った偽名は「マドレーヌ」。バターが好きだったに決まっています!

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2010年02月26日(金曜日)

ヨコスカベーカリーの元祖フランスパン

東京カフェマニア主宰 川口葉子

100226kawag2.jpg横須賀の街を歩いていて、たまたま発見した「元祖フランスパン」の文字。興味をひかれて足を止めました。

みかん色の看板には「開業昭和3年・オーブンフレッシュ・ヨコスカベーカリー」の文字。お店の佇まいはたしかに昭和の香りがします。

店内に入ると、ショーケースの中に昔ながらのパンがずらりと並んでいました。甘食、ココアパン、そして私が幼い頃からその存在に対して疑問を抱いていたシベリアケーキまで!

シベリアケーキは羊羹をカステラでサンドしたお菓子。小学生のころに祖母が買ってくれたのを覚えていますが、私は羊羹が苦手だったものですから、
「どうして羊羹をはさむ必然性が?」
「なぜ、シベリア?」
と、たいへん否定的だったのです。とりあえず「シベリア鉄道の線路に似ているから」という説明が定説となっているようですが、無理がありますよね。

100226kawag.jpgヨコスカベーカリーの名物は、フランスパンとこのシベリアケーキのようでした。

元祖フランスパンのほうは、見慣れない丸形。細長く堅いバゲットではなく、丸っぽくて柔らかそう。どう見ても小学校の給食に登場したコッペパンです。

元祖フランスパン=コッペパン?

昔ながらのパンには謎がついてまわるもののようですが、あとで調べたら、幕末の時代に横須賀に製鉄所がつくられ、フランスから製鉄技術者たちが来て指導していたことがあったんですね。
そのフランス人たちのために、横須賀でフランスパンがつくられはじめたらしいのです。

横須賀のパン職人は、長いバゲット状にすると焼くのに時間がかかるからと、丸くして時間短縮をはかったそうです。なんだかいかにも日本人らしい工夫ですね。

これを書きながら、購入したフランスパンを食べています。手でちぎろうとすると頼りなくへこむ感触も、素朴そのものの味わいも、まさにコッペパンです。余計なものは何も入れていません…そんな好ましさ。

お店に入ってきた年配の女性が迷わず「カレーパン4つね!」と注文しているのを聞いて、私も思わずカレーパンと、「デンマークケーキ」と「ロックケーキ」を追加しました。

【ヨコスカベーカリー】
神奈川県横須賀市若松町3-11
OPEN 8:00~20:00、日休

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2010年02月19日(金曜日)

カフェオーナーに聞く、ピンチ克服法

東京カフェマニア主宰 川口葉子

100219kawag.jpg10年近く前でしょうか。私が雑誌でライターの仕事を始めたばかりの頃、ある人気カフェのオーナーにインタビューした折に「ひとの本質を知る手がかり」を教えていただいたことがあります。

彼はスタッフ面接のとき、たくさんの人々に同じ質問をするそうです。
「あなたの人生のピンチは何でしたか。どうやってそれを乗り越えましたか」

どんな答えが返ってくるかで、相手の人となりがよく見えるんですよ、と彼はにこやかに言いました。そんな彼からは、優しさと関西出身の人らしいサービス精神と、同時に厳しい姿勢が伝わってくるようでした。

それ以来、私はカフェの取材中にときどき思いついて、オーナーに「人生のピンチを乗り越えるための言葉はありますか?」などと訊ねることがあります。(けっこう勇気が必要です)

たいてい、相手は目を丸くします。それはそうですよね。カフェの取材でそんなことを聞かれるとは予想されていないでしょうから。

「ピンチ?!…ないなあ」
そうおっしゃったのは、先日インタビューさせていただいたカフェブームの仕掛け人と呼ばれる人。

もっとも、本人は「誰が仕掛け人なんて言い出したんでしょうね」と笑っているし、私もブームが最高潮の頃、その人が雑誌の取材などで、いささか迷惑そうに「うちはカフェじゃない」と何度もコメントしていたのを記憶しています。

当時なぜそういう発言をされたのかなどについて質問しつつ、ふと思いついて、ピンチ克服法についてもお尋ねしてみたのでした。

「僕はいつも楽観的なんですよ。だいたい、ピンチも何もかも全部、自分で招くものでしょ」

ああ、その考え方にはとても共感します。そして彼は、強いてあげるとしたら、人生の座右の銘は「コーヒーを飲もうか」だと教えてくれました。

ピンチだと思ったら、まずコーヒーを一杯。浮き足だっていると、すぐそばにある解決のヒントも見えなくなってしまいますからね。素敵な座右の銘です。

そんなわけで、今日はすでにコーヒーを4杯も飲んでいる私です。原稿が進まなくて大ピンチなのです…。

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2010年02月12日(金曜日)

世界がぱちっとはまる瞬間

東京カフェマニア主宰 川口葉子

100212kawag.jpgたとえば、アロマテラピー。リフレクソロジー。カイロプラティック、整体、オステオパシー、気功、ロルフィング。

職業病ともいえる肩こりゆえに、さまざまな技法の施術者にお世話になることことが多いのですが、目的は肩こり解消や体質改善だけではありません。何十年も人のからだを見つめてきた施術者ならではの、豊富な実体験に基づいた興味深いお話が聞けるのが大きな楽しみのひとつなのです。

なかには、すばらしい世界観の片鱗に触れさせてくれる先生もいます。昨夕、吉祥寺のカフェの取材帰りにお世話になったサロンの先生は、施術中、私の固まったからだとエネルギーをほぐしながら、にこやかに深く刺激的な話を聞かせてくれました。

先生の世界観の深さ、面白さは、腕を指圧されているにもかかわらず、ライター魂が激しく揺さぶられて、「ペン! 紙! 録音機!」と心の中で叫んでいたほど。
先生は舞踏家で、舞台の上に立って即興で踊るということを通して、長いあいだ自分のからだと本気で向き合っていらした方。からだと心への洞察の鋭さも尋常ではないのです。

「川口さんのエネルギーの質はとても柔らかい」とおっしゃるので、その質は持って生まれたものなのか、自分の意志で変えられるのかと質問しましたら、各自のエネルギーの質は、遺伝、体質はもちろんのこと、からだの中で自分の意志とは関係なしに動き続けている60兆もの細胞のひとつひとつや、生きている環境、時代やその国の集合的無意識、過去生の記憶などが縦糸、横糸となって織りなされる壮大な織りものなんですよ、と先生。

「だから『自分』なんてものは、それらをまとめる表面の皮一枚にすぎません」

この言葉が、ものすごく腑に落ちてしまったのです。すでに私はそんなとらえ方を意識下ではよく了解していて、あらためて明快に見えるかたちで呈示してもらったような。

施術中、ちょっと肘に違和感を感じて申告したら、先生は笑っておっしゃいました。

「大事なのはそういうことじゃなくて、どうすれば生きることに喜びを感じられるかに集中することです。したいことをどんどんしてください」

したいことは、しています。でもその中に葛藤があるのです……と申し上げたら、「あたりまえです」。

人間が生きている限り、どんなことをしていてもストレスは存在して当然。その悩みを含めた全体を「したいこと」として、まるごと濃く深く堪能すればいい、というお話を聞いて、ふっと、新しい風が吹くを感じました。

それでは先生は何を喜びとしているのですか、と質問したら「世界がぱちっとはまる瞬間」に出会うことだと教えてくれました。それはどんな瞬間かといえば…長くなるので、またいつか。

施術そっちのけで先生を質問ぜめにしている自分もどうかと思いますが、とにかく、先生が私のウィークポイントである首をぱちっとはめてくださったおかげで、今朝は気持ちよく目覚めることができました。

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2010年02月05日(金曜日)

鶏の「そろばん」とは?

東京カフェマニア主宰 川口葉子

100205.jpg写真上:「よし鳥」のシャムロックの刺身
中:「鳥長」のエントランス
下:「鳥長」の鶏白レバーの刺身


カフェで待ち合わせをして、焼鳥屋へ行く……夫と過ごす休日は、いささか妙なはしごが多くなってきました。

夫はなぜか昨年あたりから焼鳥道(?)に邁進していて、平日の仕事帰りに行って当たりだったお店に、週末、私を連れて再訪するというパターンができあがりつつあります。

この10年のカフェの流れにさまざまなベクトルがあるように、焼鳥屋にもトラディショナル系、モダンカウンター系、銘柄鶏系、稀少部位系など、さまざまな志向があるのですね。

若い人がくっきりと明確な味を好み、ご年配の人が昔ながらの味を好むのは、どんな飲食店にも共通するものですが。

稀少部位を得意とする焼鳥屋さんが増えたのは最近の傾向のようです。はじめのうちは「ぼんじりってどこ?」などと初心者そのものの質問をしていた私も、あちこちのお店で食べているうちに名前を覚えつつあります。

たとえば「ちょうちん」。どこ?と夫に質問すると必ず「当ててみて」と言われますから、想像してみたのが顎の下にぶらさがっている赤いお肉。

正解は「卵管と未成熟卵」でした。

串に刺した卵管の先に、まるく小さな卵の黄身がぶらさがっている姿は、まさに提灯。一度食べてみれば決して忘れることのない、なにかタブーを破っているような気分に陥りそうな、濃厚でとろりとした一本。

それでも、酉玉のメニューにあった「そろばん」はさすがに想像がつきませんでした。

そろばんとは、実は「せせり」のことなんだそうです。せせりとは首まわりのお肉。骨からお肉を削ぎとると、そろばんのような形になることから命名されたのだとか。首はよく動かしますから、肉質が締まっていて旨みが濃いのです。

この2ヶ月ばかりのあいだに私が行って楽しめたお店を3軒挙げるとすれば:

【よし鳥(よしちょう)】
東京都品川区東五反田1-12-9 イルヴィアーレ五反田ビル2F

青森シャモロックひとすじのお店。さまざまな部位のお刺身に感動しました。ミシュランに掲載されたことでも話題になりましたね。

【白金酉玉(とりたま)神楽坂店】
東京都新宿区神楽坂5-7 山桝ハイツB1F

稀少部位と創作系一品料理が得意なお店。ここは築地御厨さんからおいしい旬野菜を仕入れていて、いつも焼鳥屋さんで「野菜!野菜が食べたい!」と叫んでいる私にはありがたかったのです。お店の人に「今夜の焼き野菜は、あれとこれと…」と挙げていただいた中から、レンコンとスナップえんどうを選びました。レンコンが絶品。

【鳥長(とりちょう)】
東京都港区六本木7-14-1

塩ではなく、タレにこだわる老舗。ここでいただいた新鮮な「鶏白レバーの刺身」が忘れられず。

夫のベスト1は新橋にあるお店で、白レバーの刺身も最高!だそう。「おやじの聖域だから」と連れていってくれないのですが、私の頭の中はもうすっかりおじさん化していますから、いずれお許しが出るのではないかと期待しています。

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2010年01月29日(金曜日)

縁起ものは駄洒落である

東京カフェマニア主宰 川口葉子

100129kawg.jpgお財布は春に買うとよい、なんて縁起担ぎをご存じでしょうか。春、すなわち立春の2月4日から。

春は「張る」に通じるというわけで、春財布=張る財布。たっぷりのお金に恵まれて、お財布が大きく張るのだそうです。
私はとんと知らなかったのですが、友人いわく「あーら、常識よ(笑)」

ただの駄洒落でしょと笑う私に、風水的な根拠があるのだと主張する友人。

考えてみれば、縁起ものはみな洒落ですね。おせち料理が良い例です。まめで暮らすようにと黒豆。よろこぶにかけた昆布巻。きんとんは漢字で「金団」と書いて財宝を表すのだとか。鯛も、めでたい。

友人は来週、立春の日にお財布を新調するつもりだそうです。秋に買うのは「空き」に通じ、お財布がからっぽになるので好ましくないとか。

でも、そんな洒落でいいのだったら、冬のお財布だって「富裕」に通じるから縁起が良さそうですよね! そして夏のお財布は「放つ」に似ていて、お金をどんどん解き放ってしまいそう。

つまらないことを考えて遊んでいたら、友人に「春財布のありがたみが薄れてくるような気がするから、もうやめて」と、いやがられてしまいました。

嘘かまことか、お財布もふくめて、新しいものは「寅」の日に使い始めると開運招福の力が強まるのだそうです。ちなみに今年の2月の寅の日は、2月9日と21日。花粉症の人などは、この日にマスクを買って使い始めると、気やすめにはなるかもしれませんね。

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2010年01月22日(金曜日)

カフェの名前、さまざまな由来

東京カフェマニア主宰 川口葉子

100122kawag.jpgお店の人に、店名の由来を訊ねるのが好きです。

シンプルに自分の名前や街の名前をつけたお店。考え抜いて、意味の深い名前をつけたお店。逆になるべく意味を持たせないようにして、語感を第一に名づけたお店。どの名づけ方式にも、お店をつくる人の考えがのぞいていて興味深いのです。

最近ちょっと感嘆した店名といえば、水道橋にある「食堂アンチ・ヘブリンガン」。一度聞いただけでは覚えられないし、いったい何のアンチなのかと首をかしげますよね。

ご主人に尋ねたら、なんと小津安二郎の映画『秋日和』に登場する丸薬の名前だそうです。大正時代に田口参天堂(現在の参天製薬)が大ヒットをとばした風邪薬がヘブリン丸
ユニークな店名には、健康的なごはんで体の調子を整える食堂、という意味がこめられているのですね。まいりました。

素敵に洒落が効いている例としては、西陣にあるles trois maisons(レ・トロワ・メゾン)。拙著『京都カフェ散歩』でもご紹介しましたが、築80年になる町家を再生し、2階は旅館に、1階はカフェと、町家らしい長い土間を抜けていくギャラリーに仕上げています。

旅館・カフェ・ギャラリーの3つの空間が集まっているからトロワ・メゾン(3つの館)と名づけたのね…と思いつつ、ふとお店の入り口に残されている往年の住民の表札を見あげたら、なんと表札の名は「三宅」さん!

そして今週、すばらしいなと思ったのが吉祥寺にオープンした八十八夜。東京カフェブームのトップランナーのひとつだった高円寺の名店here we are marble!が、開店10年を経て吉祥寺につくりあげたお店です。

立春から数えて88日目の八十八夜は、農業をいとなむ人々にとっては大切な種まきの日。お茶畑では茶摘みの日。そしてまた、「八十八」という漢字を組み合わせると「米」という字! 日本の米やお茶や野菜たちにとって、八十八夜はスペシャルな日なのです。

その八十八夜を店名に冠したカフェでは、銀座の高級レストランにも野菜を提供している青果店「築地御厨」の内田悟さんから素材を仕入れ、そのおいしさを活かした「日本のごはん」の数々を楽しませてくれます。

野菜だけでなく、お肉も魚もお酒も豊富な八十八夜のメニューを読むのが楽しいこと! 土鍋で炊くごはんの銘柄も、塩の種類も自分で選べるのです。

堅苦しさもストイックさも全くないけれど、食の意識の高い人々を充分に満足させる、素材力のあるお料理が勢揃い。ランチをいただきに行ったのですが、夕方からのグランドメニューに魅了されて、さっそく夕食の予約を入れました。

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2010年01月15日(金曜日)

花の顔は太陽を向いている

東京カフェマニア主宰 川口葉子

春の終わりに新しいカフェの本を出すことになり、今月はずっと都内のあちこちのお店を取材して回っています。

取材も写真も文章も自分ひとりで、というのが私のいつものスタイル。一般的な取材はカメラマンと編集者が同行することが多いので、お店のかたに「おひとりですか?!」と驚かれることもありますが、それも慣れてしまいました。

100115kawag.jpg手袋をしていても指先がかじかむ夕方--それはこの冬いちばんの寒波と雨が街を包みこんだ日のことですが、取材先の静かなカフェで、心に残るお話をうかがいました。

お店のあるじの本業はフラワースタイリスト。ひっそりと美しいカフェでは、定期的にお花の教室も開かれています。

お店に配達されてくるたくさんの花材は、すべて那須で無農薬で育てられたものだそう。なるほど、一般的に出回っている花々は、この国の野菜と同じように農薬をスケジュール通りにまき、規格通りのサイズに育てられるのだ……と、私は初めて気がついたのです。

那須には、無農薬で草花の露地栽培をしている若者がいるのだそうです。彼らはかつて花市場で働いていたのですが、農薬を浴びた花々を毎日大量に扱っているうちに体調を崩してしまい、那須に移住して自分たちで栽培を始めたのだとか。

市場に出荷される花々はまっすぐに上を向いていますが、露地栽培された花々は、右を向いたり左を向いたり。時として曲がりくねったり。

「自然に育てられた花の顔はみな、太陽のほうを向いているんです」
カフェのあるじがそう教えてくれました。

「だから1本ずつ表情が違います。お花の教室で生徒さんたちにお伝えするのも、まず、花の顔をよく見て、どの向きが正面なのかを知るということ。どんなふうに育ったのか、その花がはえていた場所や風景を想像してみてくださいって」

彼女が用意する花器は、もとは古びた黒い汁鍋だったり、たっぷりとお総菜が盛りつけられたであろう大きなうつわだったりの、飾り気はないけれど豊かな質感をまとった古道具たち。そんな生活の道具がたどってきた小さな物語も、あわせて生徒の方々にお伝えするんですよ、と彼女。

手に取った1本の花を見つめて、ここにやってくるまでの花の時間を考えること。そんな視線は、彼女がご主人とていねいにつくりあげた空間のすみずみにいきわたっていました。

その夕方聞くことのできた、心を柔らかくするたくさんの小さな物語。受け取った私は、それをどんなふうにほかの人にお伝えできるだろうかと、考えつづけています。

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2010年01月08日(金曜日)

京都の朝食:すっぽんの小鍋仕立て

東京カフェマニア主宰 川口葉子

100108kawag.jpg(写真左は京都ホテルオークラのロビー。柳の枝に紅白の小さなお餅をさした「もち花」が、年末年始の華やいだ空気にいかにもふさわしく思われました)

午前の冴えた青空は、冬の大きな魅力のひとつですね。研ぎ澄まされた青さが、気持ちの澱をぴかぴかに洗い流してくれるようです。

皆さまはどんな新年を迎えられたでしょうか。私は年末に家族で4日ほどの京都旅行に出かけました。

ずっとホテルオークラに滞在していたので、そのうちの1日は朝食をオークラ6階の京料理・入舟に予約して、名物のちょっと贅沢な「すっぽん小鍋こだわり朝食」をいただきました。
(宿泊客以外でも楽しめます。3日前までに要予約、1人5,775円)

鳩羽色の和服を着た女性スタッフに案内されたのは、靴を脱いであがる個室のお座敷。畳の上にテーブルと椅子というしつらいは、京都の古いお寺の一室などでもよく目にしました。
窓からは日本庭園の緑が見えて、落ちついた雅な朝食……のはずが家族旅行の常で、ちょっとばかばかしい会話が交わされることに。

「すっぽんに噛みつかれないように注意しなさいと、姉に言われてきたの」
などと言い出すのは母です。
母とその姉はとても仲良し。私が旅行前に電話して「朝食にすっぽん鍋を予約した」と母に知らせるやいなや、姉に報告したらしいのです。

「おかあさん…生きたまま食べるわけじゃないから」
「あら、そうよね」

写真右の一番上が、そのすっぽんの小鍋仕立て。手前に写っている黒っぽくてゼラチン状のものがすっぽんの一部です。
ネギの下にもたっぷりとすっぽんのお肉があり、どうやら一口食べて「気味の悪い食べもの」と判断したらしい母は、目をつるぶようにして、あまり噛まずに大急ぎで飲みくだしておりました。

100108kawag2.jpg冬の朝のすっぽんのぽかぽかと温まること! 
そして、おもてなしの細やかな心くばりが嬉しいのです。お味噌汁が赤だし・田舎味噌・白味噌の3種類から選べたり(うちは4人とも嗜好が違うので、てんでに注文してみたところ、3種類それぞれに具も違っていました)、海苔を自分好みに炙れるようにと七輪が用意されたり。

以下がこの日の朝食のメニューです。

【小鉢2種】 蟹とキュウリの土佐酢、胡麻豆腐とウニ
【佃煮】 自家製じゃこ山椒煮
【焼魚】 まながつお塩焼き 堀川牛蒡
【小鍋】 すっぽんの小鍋仕立 焼栗麩 九条ネギ
【玉子】 だし巻玉子と大根おろし
【焚合せ】 かぶら蒸し 鯛 ぎんなん 
【味噌汁】 赤だし・田舎味噌・白味噌の中からお好みでひとつ
【焼海苔】 生海苔 
【御飯】 釜炊き魚沼産コシヒカリ
【香の物】 京漬物盛り合わせ
【水物】 季節のくだもの

ごはんは真っ黒な土鍋ごと運ばれてきました。土鍋炊きのごはんのお味は格別。土鍋の底までしゃもじを入れると、みごとなおこげができていました。

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