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2005年02月23日(水曜日)

メビウスのドーナツ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

ドーナツについて考え始めると、人はどういうわけか哲学的な命題にぶつかりがちですね。何よりも私たちを幻惑するのは、その穴。どうすればドーナツの穴が食べられるかを思案しているうちにチャーリー・ブラウン的な人生訓がひらめいたり、うっかり足をすべらせてドーナツの穴に落ちたまま出られなくなったり(嘘)、かつてドーナツの穴の起源について大論争が起きたこともあるそうです(これは本当)。

サカキシンイチロウ氏のドーナツをめぐる考察はチャーミングです。

”穴があるから油のしみ込む面積も大きくなるし、穴があるからサクっ感を生む楓ハ積が増えるのだし、何しろ穴があるからどこを食べても一定の美味しさと一定の歯ごたえを約束してくれる。

だから「ドーナツは穴である」と定義することも出来るかもしれない。
ドーナツは穴である。
穴は何もない状態である。
だからドーナツとは何もない状態なのである。”

サカキ理論にしたがえば、ドーナツを食べるとは「無」を食べることですから、何個おなかに入れてもカロリーゼロということになりますね…なんていう無茶な考えを誘発するのもドーナツの魔力のひとつ。

村上春樹の愛読者たちの間では、公式ドーナツ(?)といえばアメリカ生まれのダンキンドーナツ。私が外資系の会社で働いていた頃、アメリカ人のボスが会議のテーブルに持参してみんなに配ったのもドーナツ。また、『ツインピークス』ではFBI特別捜査官のクーパーがいつもドーナツとチェリーパイに手をのばしていました。クーパー捜査官はきまじめな撫薰ナ殺人事件について推理するふりをしながら、そのじつドーナツの穴について考えをめぐらしていたような気がします。

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そんなふうにドーナツといえばアメリカの印象が強かったのですが、先日、銀座にある日本唯一のルーマニアレストラン「ダリエ」で初めてルーマニア・ドーナツにお目にかかりました。名称はパパナッシュ。ルーマニアで広く愛されているという代蕪Iなスイーツで、このレストランでも自慢の一品です。

食事の最後に運ばれてきたパパナッシュは揚げたてのほかほか。白いサワークリームと赤いチェリージジャムがかけられ、見た目はいかにもずっしりヘヴィーなのですが、ナイフを入れると刃先が深く沈み、ふんわり、もっちり、驚きの食感。すっきりと軽やかな甘さがあとをひくおいしさで、まるまる1個があっという間にお皿の上から消滅しました。

80歳を超えるという女性オーナーが優しい笑顔で「ドーナツとはいえ、粉はほんの少しで、ほとんどチーズで作っているんですよ」と教えてくれました。この女性が実年齢より15歳以上若く見えるのも、ドーナツの魔力に関係があるのでしょうか?  もしかしたらたっぷりのサワークリームとジャムに隠れて、このルーマニア・ドーナツはメビウスの輪のようにねじれてつながっているのではないでしょうか?

なにかのまちがいで私がもしドーナツ屋を開くとしたら、店名は「メビウス」にしようと思います。包み紙にはこんな警告文を小さく印刷します。
”ドーナツとは考えるものではなく、食べるものだ”

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2005年02月16日(水曜日)

ミレイ時計が鳴り出して

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050216kawag.jpgいったんベルが鳴り出したら最後、きちんと手で止めない限り決して鳴り止まない目覚まし時計がありますが、それと同じように「あ、あれが食べたい」と思いついたら最後、実際に食べないことにはおさまらない困った食べものがあります。

たとえばカレー。朝、電車の中でうっかりココナッツミルクとナンプラーが香るタイカレーのことなんか思い出した日には、仕事をしていても誰かと話していても、15分おきにカレーの幻覚が脳裏をよぎって、ランチタイムに入るやいなやタイ料理店に直行しなければなりません。そんな事態を、私は「カレー時計が鳴り出した」と呼びます。鳴り出したら、食べて止めるしかない。

そんな強烈な時計のひとつに「ミレイ時計」があります。ミレイは蒲田のいかがわしげな路地裏にある小さなベトナム料理店。インテリアは安上がりな造作ですが、営業時間中は常に予約客でいっぱいです。ミレイのフォーが麺、スープともに輝くオーラを放つばかりにおいしくて、また、どのメニューをオーダーしてもハズレがないことはよく知られているのです。

私のミレイ時計のベルを鳴らしてしまうのは、パクチー(香菜)たっぷりの新鮮なサラダ。口に入れたとたんにさまざまな味がいっぺんに舌に沁みこみます。フォーのスープのようにじんわりと余韻が残るような味の拡がり方ではなくて、「甘いすっぱいパクチー!」と早口言葉でやってくる味が、すっかりクセになってしまいました。

先日またしてもミレイ時計がけたたましく鳴り出したので、夫に午後8時からの予約を入れてもらって(早い時間は満席でした)タクシーで駆けつけました。うちからはタクシーのメーターが2~3回変わるくらいの距離なのです。席についたらまず、何はなくともベトナムビール333(バーバーバー)と生春巻きとサラダ! 今回は小さな黒板に書いてあったおすすめの「蓮の茎のサラダ」を注文したのですが、これも基本構成とドレッシングが同じなので、そうそう、これが食べたかったのよ、と熱い感動を与えてくれました。砕いたナッツが香ばしくカリッ、エビがプリッ、蓮の茎がシャキッ。さまざまな歯ごたえを確認する幸せよ。

定番新顔とりまぜておなかいっぱいに堪狽オ、最後にベトナムぜんざい「チェー」でしめる頃に、サービスで蓮茶が運ばれてきます。この蓮茶がほんのりと優しい香りで、食事に全力で集中したあとの疲れ(?)をゆるめてくれるのです。時計も無事に鳴り止みました。でも、この時計、なんだか年ごとに針の進み方が早くなっているような気がするのです。一ヶ月もたたないうちに、また鳴り出すかもしれません。

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2005年02月09日(水曜日)

オリエンタル・ビューティー

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050209kawag.jpgさまざまな中国茶の中で、東方美人の扱いには少しだけ困っていました。どうとらえたらいいのか、頭の中にすんなりとおさまってくれないお茶だったのです。

紅茶そっくり。初めて東方美人を飲んだとき、そんな感想を抱く人はきっと多いはず。色も味わいもまるで紅茶ですよね。でも、発酵度から分類すれば東方美人は紅茶ではなくあくまでも烏龍茶だし、ねっとりとしたハチミツのような芳香はなるほど中国茶独特のもの。

もうひとつの違和感は、中国茶を飲むとき、私が必ずかたわらに甘いお菓子を置いているせい。スイーツにはビターを合わせたいのですが、東方美人では香りが甘すぎて、スイーツ×スイーツになってしまうんですよね。

それが不思議なことに、茶器を変えてみたらしっくりなじむようになったのです。ある日なにげなく目をやったのは、食器棚のすみのアンティークのティーカップ。ふつうのティーカップよりひと回り小さな九谷焼です。江戸時代の中期から大正時代にかけて、九谷焼はヨーロッパに大量に輸出されていました。それが買い戻されて日本にお里帰りしたものです。

べつに素晴らしいお宝カップなどではありません。ふちの欠けを金繕いした跡があるし、細かく描きこまれた絵は素朴で微笑を誘われる筆致。中国とも日本ともつかないおかしな桃源郷で丸顔の童子たちが遊んでいるという、いかにもヨーロッパの人々が好みそうな図柄です。

そのカップに東方美人を注いでみたら、お茶がいい具合におさまってしまいました。東方美人は19世紀末からさかんにヨーロッパに輸出されたお茶。そもそも東方美人という名前は英国のビクトリア女王が茶葉の色彩や水色の美しさに感動して名づけたと言われるくらいに。

かつてヨーロッパで愛された東洋のものという共通項が、里帰りのカップと東方美人を相性よく結びつけたのですね。以来、東方美人を飲むときはいつもこのカップです。

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2005年02月02日(水曜日)

アイルランド式スコーンの作り方

東京カフェマニア主宰 川口葉子

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Avoca Cafeは昨年アイルランドのベストカフェに選ばれた有名店。その総料理長をつとめる女性が来日し、青山のCafe246でクッキングレッスンを行いました。

総料理長レイリー・ヘイズさんはAvocaに入社してから次々にカフェをオープンさせ、年間1200万ユーロを売り上げています。レシピを紹介した著書『Avoca Cafe Cookbook』は20万部を超えるという異例のベストセラー。そんな歩みの間に、双子の姉妹を出産してママにもなりました。

Cafe246のテラスに設けられた会場は満席。期待に満ちた空気の中にあらわれたのは、縞のエプロンをつけ、少し恥ずかしそうな微笑を浮かべた控えめな女性でした。バリバリの凄腕シェフにはとうてい見えません。

でも、目の前でスコーンを作り始めた彼女の両手は、本当に日々、料理をしてきた人の手でした。無駄のないすばやい手さばき。粉をすりつぶす力強い指先。その動作は、ひとつの答を知っている人の確信に満ちていました。この素材たちは、どうすればもちもちのスコーンに変身するのか? 彼女はその回答を、積み重ねた経験から熟知しているようでした。

ところで、アイルランドでは小麦粉を全くふるわないんですって。日本ではどんなお菓子作りの本にも「粉類はよくふるっておくこと」と書かれているのに、これはびっくりです。そのかわり彼女は両手の指を使い、ひたすら根気よく小麦粉とバターをすりあわせていました。

ハーブをたっぷり使うのがAvoca Cafeの特徴のひとつ。このスコーンにもローズマリーとタイムが投入されました。オーブンで焼いている途中から、猛然と周囲にひろがり出したたまらない香り! 焼きあがったスコーンがどんな味だったか、申し上げるまでもありませんよね。

Cafe246に隣接するブックストア「Book246」では、『Avoca Cafe Cookbook』の販売が2月末まで行われるそうです。

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2005年01月26日(水曜日)

夜のミッキー・マウス

東京カフェマニア主宰 川口葉子

2003年に出版された谷川俊太郎の詩集『夜のミッキー・マウス』。表題作はこんなふうに始まります。

夜のミッキー・マウスは
昼間より難解だ
ユーモラスな中に薄気味悪さが漂っている詩。見慣れた明るいモノたちの隠された夜の表情を盗み見てしまった、そんな気分になっているとき、愛読しているサイトからメールマガジンが届きました。そのなかに、読者からのこんなメールが紹介されていました。
35年間生きてきて、しみじみわかったことは
食パンは夜食べるのがいちばんおいしいということです。
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…そ、そうですか? よくわからないままに、この言葉に奇妙な説得力を感じてしまいました。この人はどんな情況で夜に食パンを食べたのでしょうか? 場所はおそらく自宅ですよね。一人で? 家族と? 恋人と? 夕食に? 真夜中に? 10通りもの想像がひろがりました。

もっともしっくりなじむシチュエーションは、眠れない夜に一人、トーストした食パンにバターだけ塗ってキッチンのすみのテーブルで食べている光景。しんみりとおいしいのではないかしら。

ものずきにも、試してみました。夫が眠った真夜中にごそごそと起きだし、焼き網を直火にかけて厚切りの食パンをのせました。トーストはこうして焼くのがいちばんおいしく作れるのです。表面はこんがり、中はふっくらしっとり、手でちぎると白い肌からいい匂いの湯気があがって。

深夜、キッチンに立って見つめる食パンは、なにか見たこともない不可解な物体に変貌していました。それは焼き網の上にひっそりと白い疑問符のように横たわり、やわらかな肌に夜の気配を吸い込んでいます。


夜の食パンは
昼間より難解だ
そんなふうに谷川俊太郎のアレンジが浮かんだついでに、ふと彼の若い頃の有名な詩集を思い出しました。『夜中に台所で僕は君に話しかけたかった』。しんとした夜のキッチンには不思議な気配がひそんでいて、食パンにも力を及ぼしているのです。

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2005年01月19日(水曜日)

手相カフェでお茶を一杯

東京カフェマニア主宰 川口葉子

あの占い師は当たる、当たるだけじゃなくて元気になれると友人たちが口をそろえて賞賛するので、笹塚のカフェに予約をして出かけてみました。週に2回、手相カウンセラーの女性を招いて「手相カフェ」が行われているのです。

占いは愉快なお遊び。参考にはするけれど、決めるのは自分。私はそんなふうに占いとのおつきあい方法を決めています。どんなばかな選択もできるのが人間の特権だと思うので、最終的にどうするかを選ぶのは自分でありたいのです。

まあ、すべてを自分でコントロールしたいという人には占いは必要ないのでしょうが、未来は思いもよらないハプニングに満ちているもの。自分の頭で考えられる範囲外のことについて、星の動きや手のひらを読んでアドバイスをもらうと、生活がカラフルで楽しくなりますよね。

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笹塚のカフェはこじんまりと落ち着いた空間でした。壁にはポットとカップを刺繍したティーナフキンが額装して飾られています。「お値段に関係なく、お好きなものをご注文ください」と渡されたお茶のメニューには、中国茶、台湾茶、韓国茶がずらり。その中から、台湾の無農薬凍頂烏龍茶「翠玉」をいただくことにしました。

手相カウンセラーWさんは、噂にたがわず的確な言葉を次々に発していきます。わかるようなわからないような抽象的な答えではなく、はっきりと具体的であたたかいアドバイスをしてくれるので、痛快ですらあります。初対面なのになぜそんなことまで見抜いてしまうの?と驚いたのですが、手相だけではなく、生来の霊感を駆使して私の情報を読み取っているようでした。

私は目下とりたてて大きな問題は抱えていないので、旅行先としてアラスカとアイルランドのどちらがいいか尋ねたりして素敵な答えをもらったのですが、次の相談者はちょっと真剣な恋愛相談で(ごめんなさい、聞くつもりはなかったのだけれど聞こえてしまったのです)、こちらまで思わずうなってしまうような見事なアドバイスを受け取っていました。あの人は本当に目の前の霧が晴れて勇気が出ただろうな。

ちなみに、私の背後にくっついている、目に見えない「ガイド」と呼ばれる存在は、旅館か料亭のにこにこした女将さんだそうです。それを聞いて大笑いしてしまいました。どうりで私が食いしん坊の旅行好きになっちゃうはずですよね?!

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2005年01月12日(水曜日)

烏龍茶ゼリー

東京カフェマニア主宰 川口葉子

050112kawag.jpg日頃から落ちついた人なのに、なぜかしょっちゅう忘れ物。落ちつきはらって歩いていて、見事にころぶ。世の中には矛盾を抱えた人間が少なくないもので、残念ながら私もそんな一人。今年こそはうっかり者を卒業しようと、<5分間深呼吸>にトライしています。

ゆっくり8つカウントしながら鼻から息を吐いて、また8つカウントしながら鼻から息を吸う。2つ息をとめる。その繰り返しです。シンプルですが、集中して5分間続けるのは意外に難しいもの。1分もたたないうちに気が散ってしまって自分でもあきれるほど。でも、うまく集中できたあとは、酸素と光の滝を浴びたようにさわやかです。

年明け初の中国茶、皆さまはどんなお茶を楽しまれたのでしょうか。私はちょっと趣向を変えて烏龍茶ゼリーなど作ってみました。

(1) 濃いめに淹れた烏龍茶に粉ゼラチンを加え、ワイングラスに入れて冷蔵庫で冷やします。
(2) ぷるぷるに固まったら、生クリームとミントの葉をトッピング。

…と、これだけで完成してしまうスイーツです。

もう少しきっちりしたレシピでは桂花陳酒(キンモクセイのお酒)とお砂糖を加えて甘くまろやかに作るのですが、いつの間にか桂花陳酒を全部飲んでしまっていて、いざ使おうと思ったら瓶がからっぽ。いさぎよく烏龍茶のみで作りました。

これが意外にすっきり、さっぱりした喉ごしで、油分とカロリーの多い食事をしたあとにぴったりでした。デザートだけはカロリーをセーブしました、という気やすめにもなって、精神衛生にも大変よろしいスイーツです。

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2004年12月29日(水曜日)

コーヒー&シガレッツ

東京カフェマニア主宰 川口葉子

041229kawag.jpgジム・ジャームッシュ監督の『コーヒー&シガレッツ』の試写を観てきました。ジャームッシュが18年もの長きに渡って撮りためてきたという11本のショートストーリー集。第1話「変な出会い」から第11話「シャンパン」まで、舞台はいずれもどこかの街角のぱっとしないカフェです。

登場するのはジャームッシュ作品の常連、“酔いどれ詩人”ことトム・ウェイツをはじめ、イギー・ポップ、メグ&ジャック・ホワイトなど素晴らしいクセモノの面々。彼らは誰かと待ち合わせをしたり、呼び止められたりして、カフェのテーブルにつきます。

向かい合う二人の会話は、とてもぎこちない。どちらも相手に優しくしたい、心を触れ合わせたいと願っているのに、不器用なものだから話がうまく噛みあいません。奇妙な沈黙が流れ、間がもたなくて、いたたまれない。

「なんでこんなふうになっちゃうんだろう? オレはコイツともう少し親しくなりたいだけなのに、どうしてうまくいかないんだろう?」
=彼らの内心のそんなぼやきが聞こえてくるようです。最後にはどちらかが、ほとんど逃げるようにしてカフェを出ていきます。

あるいは、紙コップ入りのコーヒーで休憩する二人の老人。自分が世界に取り残されてしまったような気がする、と言いながらも老人は提案します。
「このコーヒーをシャンパンだと思おうじゃないか」
「なぜ?」
「人生を祝うためさ」
彼にとって、過ぎた日々は甘かったのか苦かったのか。とにかく世界にカフェインとニコチンが存在していてよかった、ありがとうカフェイン、という乾杯かもしれません。

情けない登場人物たちに共感をおぼえずにはいられません。小さな優しさがすれ違うばかりの気まずいお茶の時間が、なんといとおしく思えることでしょう。なぜなら、彼らの姿は私の姿でもあるから。

人類と他の動物との違いは、「ヒト科は喫茶する」ことにあるのではないかしら、などと思いながらお茶をすする年末でした。今年もおいしい喫茶生活が過ごせてよかった。また来年、あなたにも私にも良い喫茶時間がたっぷりありますように。

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2004年12月22日(水曜日)

天使がチャイムを鳴らすとき

東京カフェマニア主宰 川口葉子

数年ぶりに会う約束をした友人と、LIFEでおいしいワインを飲みました。輝く笑顔と躍るような瞳は昔のまま。美しい友人です。

クリスマスプレゼント、と言って彼女がさし出したのはスウェーデン製のエンジェルチャイムでした。なんと子供の頃、うちにあったのと全く同じもの。ロウソクに火をともすとあたたまった空気が上昇して3人の天使を回し、その天使の胸から下がるスティックがチャイムに触れて微かな音を鳴らすのです。

かつて彼女と私は同じ会社で机を並べ、毎日のように相手の喜怒哀楽をすぐ近くに感じていました。忙しくしているのが好きな彼女と、ひまにしているのが好きな私。それぞれに会社を辞め、別の道を歩き始めてからはなかなか会う機会もなかったのですが、ある時代に集中的に時間を共有した人とは、再会したとたんに笑いの共通ポイントを思い出すものですね。ワインをたっぷり飲みながら、なんだか大笑いばかりしていました。

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ままならない大恋愛を終わらせて心身ともに自由になった彼女は、会社員時代に試行錯誤していた<天職>を自分の手でつかんでエネルギーを注ぎこみ、いきいきと活躍しているようでした。得意なこと、好きなこと、人に喜ばれて対価を払ってもらえること。この3つが一致する仕事につける人は決して多くはありませんよね。悩み続ける力、希望を失わずに小さな挑戦を積み重ねる力を持っている彼女だからこそ実現できたのでしょう。そんな力はいわば、魂の基礎体力。

いっぽうの私といえば、相変わらず本と散歩とカフェでぼんやりの日々。でもなぜかしら、誰もが同じひとつの山を別々のルートで登っているにすぎないのだと感じていました。険しいルートも単調なルートもあるけれど、いつか山頂にみんなが集合する日が来るでしょう。時には何合目かで、それぞれの道が交差することもあるでしょう。私は私が本当に知りたいことを知るために、私のルートを登っていこう。そしていつか山頂で、懐かしい人々とお互いの健闘をたたえあって乾杯しよう。そんなことを思いました。

次の晩、部屋の明かりを消して、夫にエンジェルチャイムのロウソクに火をつけてもらいました。金色の天使たちは微かな合図を響かせながら、いつまでもくるくると回り続けていました。

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2004年12月15日(水曜日)

屋上の中国茶

東京カフェマニア主宰 川口葉子

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誰でも、気分が冴えないときに自分をなだめる方法をいくつか持っていますよね。私にもいくつかの小さな気晴らし法があります。

宮澤やすみさんの日誌に「疲れがたまったときは、水辺にいきます」と書かれていましたが、私の気晴らし法のひとつもやはり水辺。水音や水面できらきらする光は、どんなかさかさした心にも潤いを与えてくれるようです。

といっても、私の場合は実際に水辺に行くのではなく、夏休みの市民プールを思い出すだけ。小学生のとき、おむかいに住む姉妹といっしょに通った市民プールの情景です。照りつける日差し。水音。子供たちの声。濡れた足跡がすぐにかわく熱いコンクリート。泳いだあと、更衣室でバスタオルにくるまりながら理由もなく激しく泣きそうになること。

…そんなことをひとつずつ、冬の部屋のなかで克明に思い描いていると、不思議に生気がよみがえってくるのです。

そして、もうひとつの気晴らし法が屋上。ひとけのない屋上にあがって、ただ空を見上げたり、街を見下ろしたりしているだけで、どうしてあんなにも、もやもやしていた胸の中にすうすうと風が通るようになるのでしょうね?

小旅行の途中で立ち寄った田舎町の一軒家のカフェには、たまらなく居心地のいい屋上テラスがありました。古い民家の二階に作られた、ほんとうに普通の屋上です。かつては花柄や縞の洗濯物などがたくさんひるがえったに違いありません。

そこでいただいたランチには中国茶がついていました。メニューには中国茶の種類が豊富で、よく見ればあちこちに工夫茶の道具などが置かれています。古いサッシの窓にも板が渡され、小さな茶壷がたくさん並んでいました。たっぷりと光が射し込む屋上で、グラスに透ける茶葉を眺めながらいただいた中国茶の、のほほんと美味しかったこと。

屋上と中国茶。あまり考えてみなかった取り合わせですが、実はたいへんな名コンビかもしれません。

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