
2010年04月09日(金曜日)
じくじくと、後退りする
東京カフェマニア主宰 川口葉子
言葉を耳から覚える機会が多い人と、文字を通して目で覚えることが多い人がいます。言葉の記憶違いにも、両者の違いが面白いほどあらわれるものですね。
とても若くて、まだ結婚していなかったころのお話。のちに夫となる人が、その友だちにむかってこんな言葉を発しているのを聞いて、くらくらしてしまったことがあります。
「それについては僕も、じくじくたる思いなんですよ」
もちろん正しくは、忸怩(じくじ)たる思い。
さらりと聞き流してあげようと思ったのですが、その後も彼が「じくじくたる思い」を連発するので、たまりかねて「そうとう傷口が化膿しちゃったみたいですね」と言ってしまいました。
そんな夫も先日、電話口で立派に「忸怩たる思いです」と述べておりました。(ちなみに彼が使う忸怩は、本来の用法「恥じ入る」の意味ではなくて、近年になって加わった用法「どうすることもできなくて、内心非常にもどかしい」の意味のようです)
夫は言葉を耳から覚えるタイプなので、こういう覚え違いが生まれるのだなと面白く思いました。もしも本のページの上に「忸怩」とあるのを覚えたのだとしたら、たいていの場合は横に「じくじ」とルビがふられていますから、この間違いは生まれにくかったでしょう。
いっぽう、私は言葉を目で覚えるタイプなので、聴覚型の人とは異なる覚え違いをやらかします。
小学生のころ「あとずさり」と書かれていた言葉を「あとさ+ずり」と覚えてしまったのがその一例。長じて「後退り」という漢字に出会ってから「あと+ずさり」だと気がついて、ひとりで赤面、忸怩たる思いをしました。
でも、子どものころにしっかりと記憶した言葉って、脳の中で訂正することが難しいのですよね。
現在でもまず最初に「あとさずり」が頭に思い浮かび、その後すぐに「ちがうちがう、後退り」と訂正するというパターンが固定してしまったので、人前ではこの言葉を口にしないように気をつけています。
インターネット上ではときどき「うろ覚え」のことを「うる覚え」と書いているものを見かけますね。早口で「うろ覚え」と発音すると「うる覚え」に聞こえがち。典型的な聴覚型の間違いと思われます。

2010年04月03日(土曜日)
ローフード/マクロビオティック
東京カフェマニア主宰 川口葉子
正統的マクロビオティックのカフェの店主から、調理スタッフを採用するときには、必ず玄米ごはんと味噌汁を作らせて面接するという話をうかがいました。
玄米ごはんを味見すれば、炊いた人の気質やその日のコンディションなどがおおよそわかってしまうというから怖いですね!
同じ手順で炊いても、玄米のエネルギーを高めておいしく作れる人と、逆にエネルギーを落として台なしにしてしまう人がいるのだそうです。
興味深かったのは、おいしくなれと念じながら炊くのは逆効果という話。どうやら作る人のエゴイズムが混じってしまうらしい。
自然の恵みに感謝しながら、無心に料理する。それが最も食材のもつ力を引きだせるポイントのようです。
近年は、マクロビオティックをまじめに続けてきた人が、ローフードの概念を新たに取り入れるというパターンが増えているように思います。加熱調理が基本のマクロビオティックと、加熱してはいけないローフードと、正反対のアプローチなのですが。
マクロビオティックで基本的に体調が整ってきた人が、ある程度以上は良くならないという壁にぶつかったときに、ローフードを取り入れることでジャンプできることが多いんですよね。とある有名ローフーディストの女性に取材したとき、そんな体験談をお聞きしました。
興味を惹かれたことは試したくなるもの。ローフードの本を何冊か買いこんで、ほんの3日ほど実践してみたのですが、やはり体が冷えるのが難点。
冷蔵庫で冷やした食材はいっそう体を冷やしてしまうと聞いたので、常温にしておいた野菜や果実でサラダやスムージーを作ったのですが、ベッドの中で布団にくるまっていても、内臓がしんしんと冷えてくる感じ。冷気がおなかの中から全身にひろがっていくような感覚があるのです。
ローフードをきちんと続けていれば体質が改善されて冷えなくなるとも聞きますが、マクロビオティック的な視点から見れば陰性の食材ばかり摂取しているので、冷えて当然のように思えます。
やはり自分の体質と相談するのがよさそうと、朝はローフード+昼はマクロビオティック+夜はなんでもあり、という大変バランスの良い(節操のない?!)食生活に落ちつきました。
朝は、新鮮な果実やグリーンの野菜に含まれている、たっぷりのみずみずしい水分と酵素。昼は、じっくりと加熱してエネルギーを高めた根菜や豆類や玄米。夜は、外食することも多いので「おいしい」を最優先に。
理想的だと自画自賛しているのですが、この食事のあいまに人生最大の難問「素敵なおやつとコーヒー」が入ってしまうのが本当に困ります!

2010年03月27日(土曜日)
bills横浜赤レンガ倉庫 オープン
東京カフェマニア主宰 川口葉子

写真:ビル・グレンジャー氏が手にしているのは
新作のベリーベリーパンケーキ。
3月27日(土)、横浜赤レンガ倉庫2号館にbillsがオープンします。
シドニーで人気を集めるbills。2007年に代官山に期間限定でオープンして大きな話題になったあと、2008年、七里ヶ浜に初出店。現在でも週末には名物のリコッタパンケーキを目当てに行列ができますね。
待望の日本第2号店となる新しいbillsは、ひろびろ120席。内覧会の午後はあいにくの冷たい雨模様だったのですが、明るいテラス席からは海がすぐ目の前に見えて、初夏にはどれほど気持ちがいいだろうと想像をめぐらせました。
来日したビル・グレンジャー氏にインタビューさせていただきましたので、後日、All About[カフェ]でお伝えしますね。
こちらでは小さなこぼれ話を。子ども時代からクッキングが好きだったというビル。「初めて作った料理を覚えていますか」と訊ねたら、8歳の頃に中華風・鶏肉入りコーンスープを作ったと答えてくれました。
じつはお母さんは決してお料理が得意ではなく、少年ビルは女性雑誌に載っていたレシピを見ながら作ったのだそう。
おいしい一皿で、家族や友人など身近な人々を喜ばせたいというところからスタートしたビルの料理。赤レンガ倉庫店だけの新作メニュー「ベリーベリーパンケーキ」も、もともとビルが自宅で可愛いお嬢さんたちのために作っていたもの。お嬢さんたちには大好評だそうです。
リコッタパンケーキにはハニーコーム(蜂の巣入りのはちみつ)を練り込んだハニーコームバターが添えられ、いっそうの美味を生みだしています。新作のベリーベリーパンケーキには、ミックスベリーを煮て作ったシロップがバターに練り込まれて、新しいおいしさに!
朝9時から営業するので、このうっとりするほどふわふわのパンケーキを朝食にいただくこともできるわけですね。レオナルド・ディカプリオがシドニーのbillsに通いつめた気持ちがよくわかるのです。
bills 横浜赤レンガ倉庫
神奈川県横浜市中区新港1-1-2 横浜赤レンガ倉庫2号館1F
TEL 045-650-1266
OPEN 9:00~23:00、不定休
最寄り駅 みなとみらい線「馬車道」駅or「日本大通り」駅より徒歩約6分

2010年03月19日(金曜日)
はずれも味わいのうち
東京カフェマニア主宰 川口葉子
原宿で10年間親しまれてきたカフェ、BLISS(ブリス)が中目黒に移転しました。
BLISSは日本初のトラベルカフェ。店主の古閑さんは自分が世界中を旅した経験をもとに小さな旅行代理店を開き、あわせて、旅をしたい人、旅から帰ってきた人が情報交換のできる場所としてのカフェを設けたのです。店内には旅に関する本が多数並んでいて、貸し出しも可能。
▼TRAVEL CAFE BLISS(トラベルカフェ・ブリス)
東京都目黒区青葉台1-17-2
Tel 03-6416-1178
Open 12:00~24:00、火休
なぜ、移転したのですかと訊ねてみたら、大きな節目の年を迎えてBLISSもまた新しい旅に出たかったし、この10年の間に人々の旅のしかたが全く変わってしまったといいます。
いまや、インターネットで検索すれば世界各国への旅行が予習できてしまう時代。実際に旅をしてきた人にわざわざ会って体験談を聞かなくても、パソコンの前に座ったまま、くまなく調べあげることができるのですよね。
もちろんそれは便利でありがたいことだけれど、旅する人の根底にあったはずもの--「旅ごころ」のようなものが消滅してしまった、と古閑さんは指摘します。
あらかじめどんな風景や食べものがあって、どんなトラブルが起きやすくて、という他人の情報で頭をいっぱいにして出かけると、なにを見ても予習済みのものばかりでドキドキしないんですよね。単に予習したものの確認をしているだけのような、心の振り幅の少ない旅。
なかには、旅に出なくても、もうその土地のことがすっかりわかったような気になってしまうこともあるでしょう。東京のカフェの情報も同じことです。これは私が自分の仕事として最も頭を悩ませる部分でもあります。
インターネット上で「あのカフェはまだ行ったことがないのですが、行った人どうでしたか?」と、度を越して確認したがる人を見かけることがあります。
そんなに時間をかけてみんなに聞いてまわるより、自分で行ったほうが早いし正確なのに、と不思議に思います。
たとえそのカフェがはずれだったとしても、東京では500円のコーヒー代と30分の時間を失うだけで、命の危険にさらされたりはしないのですから。お店を出たあとで「はずれだったよ」と笑って友人に報告して終わりにすればいいと思うのです。
無愛想なスタッフに、大きな固い音をたててテーブルにお水のグラスを置かれたおかげで、それまで普通だと思っていた行きつけのカフェのスタッフが、ちゃんと気をつけてグラスを置いてくれていたんだな…ということに気づけたりします。
でも、そんなはずれの体験を笑って終わりにしない人も、この10年で増えたように思います。10年の間に、人々がクレーマーに変貌してしまったようだと古閑さんは語ります。
「気持ちに余裕がなくて、イライラしている人が多くなったんでしょうね」
小さな欠点やミスにぶつかったら、相手に直接おだやかに伝えるか、もしくは笑って忘れるという選択肢を選ぶことが、私自身は精神衛生にとっても最も好ましいような気がします。
「みんなの旅ごころを取り戻していけるのかどうか、そんなことを新しいBLISSで模索しようと思っています」と古閑さん。
BLISSが旅行代理店であることを知らずに来店しているお客さまも多いのですが、それでOKなのですって。この日もスーツ姿の男女4人グループがテーブルを囲んでのんびりとミーティングをしていました。
「旅も、カフェも、自由になるためのツール」
かつてSHOZO CAFEを取材させていただいたとき、オーナーの省三さんはそう話してくれました。私も全く同じ意見。どんな時代になっても、そうでありますように。

2010年03月12日(金曜日)
カフェごはんの進化
東京カフェマニア主宰 川口葉子

ほとんど10年ぶりくらいに訪れたカフェで、お料理がめざましい進歩を遂げていることに驚きました。
たしか初めてそのお店で食べたメニューは、いかにも当時のカフェらしいワンプレートのごはん。ああ、まだまだプロの水準には達していないなと嘆息しましたが、あえておいしくないとは口にしませんでした。
なにしろ、それは本当に東京でカフェがよちよち歩きを始めた時期。私は、立てるようになったばかりの子どもに「なんて歩くのが下手なの!」と声をかけたら歩くのをやめてしまうかもしれない…という恐れを感じていました。
そのころ喫茶店という文化は、全国にチェーン展開する安価なコーヒーショップの陰で、ほとんど滅びかけていました。街角に憩いの場所が失われるのを危惧していた私にとって、カフェは豊かに育ってほしい大切なものでした。
だから、どうか成長してくださいという願いをこめて、『北風と太陽』方式で見守っていきたいと思ったのです。
何かが流行しかけているときには、必ず多数の反対派、否定派を生み出すものです。カフェめしという生まれたてのキーワードは、当然のように「カフェめしなんて、まずくって…」というコメントを量産していきます。
実際には食べたことのない人まで、そう非難していたような気がするのですが、私の邪推でしょうか(笑)
その批判は半分は当たり、半分ははずれでした。最初からしっかりしたおいしい料理とコーヒーを提供していたカフェはちゃんと存在していましたから、何もかも一緒くたにして「まずい」と断言してしまうのは乱暴すぎますよね。
流行は必ず終わるもの。カフェをもてはやした雑誌たちは「カフェブーム終了宣言」という見出しを大きく掲げましたが、実際にはそれはカフェが消えたという意味ではなく、流行を超えて街角に定着したことを表していました。
もちろん、稚拙さゆえに閉店したカフェは数え切れないほどあります。しかし、定着したカフェは試行錯誤を重ねながら、日々、こつこつと小さな進化を重ねていました。お客さまからは決して見えないところで繰り返される努力と失敗の数々。
いまや、高級レストランで活躍してきたシェフがカフェのキッチンに立つ時代。飲食店としての水準は飛躍的に上がったように思えます。
そして10年ぶりに訪れたカフェで、自家製のパンと、チキンのデリサラダが、かつてのワンプレートごはんとは比べものにならないほど上等になっていることに目を丸くしたのでした。
ここにもやはり、10年分の地道な努力があったのです。

2010年03月05日(金曜日)
エシレ、貧者のケーキ
東京カフェマニア主宰 川口葉子
用事ついでに、閉店時間まぎわに立ち寄った「バターの館」こと丸の内のエシレ・メゾン デュヴール。
先日クロワッサン購入にチャレンジした友人によれば、「さすがに大行列のほとぼりは冷めてきた」とのことで、私が訪れた夕方も店内にお客さまの姿はなかったのですが、もちろん話題のクロワッサンはきれいに消滅していて、フィナンシェなどの小さな焼き菓子とケーキがあるのみ。「ミゼラブル」を購入しました。
常温に戻してバタークリームが柔らかくなってから食べるとおいしいですよ、というコメントつきのミゼラブル。エシレバター50%という贅沢なバタークリームと、しっとりしたダクワースを交互に重ねたシンプルなケーキです。
濃厚なバター感は「マルセイのバターサンドに通じるものが…」と、いっしょに食べた夫。しかし、ミゼラブルは重たいのに上品。よけいな甘みや塩気がなく、後味にくどさがありません。
ただ、バター好きの私でさえもこの量はトゥーマッチ。半分の大きさなら「あとひとくち食べたいな」という最高の状態で食べ終えられたのではないでしょうか。
何よりも気になったのは、ミゼラブルというネーミング。なぜ、おいしいお菓子に“みじめ”などという名前が?!
購入するときにお店の人に質問せずにはいられませんでした。(アルバイトのかただったのでしょうか、わざわざ他のスタッフに聞きに行ってくれました。ありがとう)
「昔は牛乳がなくて、水で作られていたんだそうです」
なるほど、この場合のミゼラブルは反語的に使われているのですね。
私が小学生のころ、図書室に並んでいた『レ・ミゼラブル』には『ああ無情』というクラシックな邦題がついていました。たった1本のパンを盗んだ罪で、20年近くも刑務所で暮らさなければならなかったジャン・ヴァルジャン。
もしも私が盗みの現場に居合わせたなら、ジャン・ヴァルジャンを追いかけていって、そのパンに上等のエシレバターを塗ってあげたかったと思うのです。
だって、彼が出獄したあとに使った偽名は「マドレーヌ」。バターが好きだったに決まっています!

2010年02月26日(金曜日)
ヨコスカベーカリーの元祖フランスパン
東京カフェマニア主宰 川口葉子
横須賀の街を歩いていて、たまたま発見した「元祖フランスパン」の文字。興味をひかれて足を止めました。
みかん色の看板には「開業昭和3年・オーブンフレッシュ・ヨコスカベーカリー」の文字。お店の佇まいはたしかに昭和の香りがします。
店内に入ると、ショーケースの中に昔ながらのパンがずらりと並んでいました。甘食、ココアパン、そして私が幼い頃からその存在に対して疑問を抱いていたシベリアケーキまで!
シベリアケーキは羊羹をカステラでサンドしたお菓子。小学生のころに祖母が買ってくれたのを覚えていますが、私は羊羹が苦手だったものですから、
「どうして羊羹をはさむ必然性が?」
「なぜ、シベリア?」
と、たいへん否定的だったのです。とりあえず「シベリア鉄道の線路に似ているから」という説明が定説となっているようですが、無理がありますよね。
ヨコスカベーカリーの名物は、フランスパンとこのシベリアケーキのようでした。
元祖フランスパンのほうは、見慣れない丸形。細長く堅いバゲットではなく、丸っぽくて柔らかそう。どう見ても小学校の給食に登場したコッペパンです。
元祖フランスパン=コッペパン?
昔ながらのパンには謎がついてまわるもののようですが、あとで調べたら、幕末の時代に横須賀に製鉄所がつくられ、フランスから製鉄技術者たちが来て指導していたことがあったんですね。
そのフランス人たちのために、横須賀でフランスパンがつくられはじめたらしいのです。
横須賀のパン職人は、長いバゲット状にすると焼くのに時間がかかるからと、丸くして時間短縮をはかったそうです。なんだかいかにも日本人らしい工夫ですね。
これを書きながら、購入したフランスパンを食べています。手でちぎろうとすると頼りなくへこむ感触も、素朴そのものの味わいも、まさにコッペパンです。余計なものは何も入れていません…そんな好ましさ。
お店に入ってきた年配の女性が迷わず「カレーパン4つね!」と注文しているのを聞いて、私も思わずカレーパンと、「デンマークケーキ」と「ロックケーキ」を追加しました。
【ヨコスカベーカリー】
神奈川県横須賀市若松町3-11
OPEN 8:00~20:00、日休

2010年02月19日(金曜日)
カフェオーナーに聞く、ピンチ克服法
東京カフェマニア主宰 川口葉子
10年近く前でしょうか。私が雑誌でライターの仕事を始めたばかりの頃、ある人気カフェのオーナーにインタビューした折に「ひとの本質を知る手がかり」を教えていただいたことがあります。
彼はスタッフ面接のとき、たくさんの人々に同じ質問をするそうです。
「あなたの人生のピンチは何でしたか。どうやってそれを乗り越えましたか」
どんな答えが返ってくるかで、相手の人となりがよく見えるんですよ、と彼はにこやかに言いました。そんな彼からは、優しさと関西出身の人らしいサービス精神と、同時に厳しい姿勢が伝わってくるようでした。
それ以来、私はカフェの取材中にときどき思いついて、オーナーに「人生のピンチを乗り越えるための言葉はありますか?」などと訊ねることがあります。(けっこう勇気が必要です)
たいてい、相手は目を丸くします。それはそうですよね。カフェの取材でそんなことを聞かれるとは予想されていないでしょうから。
「ピンチ?!…ないなあ」
そうおっしゃったのは、先日インタビューさせていただいたカフェブームの仕掛け人と呼ばれる人。
もっとも、本人は「誰が仕掛け人なんて言い出したんでしょうね」と笑っているし、私もブームが最高潮の頃、その人が雑誌の取材などで、いささか迷惑そうに「うちはカフェじゃない」と何度もコメントしていたのを記憶しています。
当時なぜそういう発言をされたのかなどについて質問しつつ、ふと思いついて、ピンチ克服法についてもお尋ねしてみたのでした。
「僕はいつも楽観的なんですよ。だいたい、ピンチも何もかも全部、自分で招くものでしょ」
ああ、その考え方にはとても共感します。そして彼は、強いてあげるとしたら、人生の座右の銘は「コーヒーを飲もうか」だと教えてくれました。
ピンチだと思ったら、まずコーヒーを一杯。浮き足だっていると、すぐそばにある解決のヒントも見えなくなってしまいますからね。素敵な座右の銘です。
そんなわけで、今日はすでにコーヒーを4杯も飲んでいる私です。原稿が進まなくて大ピンチなのです…。

2010年02月12日(金曜日)
世界がぱちっとはまる瞬間
東京カフェマニア主宰 川口葉子
たとえば、アロマテラピー。リフレクソロジー。カイロプラティック、整体、オステオパシー、気功、ロルフィング。
職業病ともいえる肩こりゆえに、さまざまな技法の施術者にお世話になることことが多いのですが、目的は肩こり解消や体質改善だけではありません。何十年も人のからだを見つめてきた施術者ならではの、豊富な実体験に基づいた興味深いお話が聞けるのが大きな楽しみのひとつなのです。
なかには、すばらしい世界観の片鱗に触れさせてくれる先生もいます。昨夕、吉祥寺のカフェの取材帰りにお世話になったサロンの先生は、施術中、私の固まったからだとエネルギーをほぐしながら、にこやかに深く刺激的な話を聞かせてくれました。
先生の世界観の深さ、面白さは、腕を指圧されているにもかかわらず、ライター魂が激しく揺さぶられて、「ペン! 紙! 録音機!」と心の中で叫んでいたほど。
先生は舞踏家で、舞台の上に立って即興で踊るということを通して、長いあいだ自分のからだと本気で向き合っていらした方。からだと心への洞察の鋭さも尋常ではないのです。
「川口さんのエネルギーの質はとても柔らかい」とおっしゃるので、その質は持って生まれたものなのか、自分の意志で変えられるのかと質問しましたら、各自のエネルギーの質は、遺伝、体質はもちろんのこと、からだの中で自分の意志とは関係なしに動き続けている60兆もの細胞のひとつひとつや、生きている環境、時代やその国の集合的無意識、過去生の記憶などが縦糸、横糸となって織りなされる壮大な織りものなんですよ、と先生。
「だから『自分』なんてものは、それらをまとめる表面の皮一枚にすぎません」
この言葉が、ものすごく腑に落ちてしまったのです。すでに私はそんなとらえ方を意識下ではよく了解していて、あらためて明快に見えるかたちで呈示してもらったような。
施術中、ちょっと肘に違和感を感じて申告したら、先生は笑っておっしゃいました。
「大事なのはそういうことじゃなくて、どうすれば生きることに喜びを感じられるかに集中することです。したいことをどんどんしてください」
したいことは、しています。でもその中に葛藤があるのです……と申し上げたら、「あたりまえです」。
人間が生きている限り、どんなことをしていてもストレスは存在して当然。その悩みを含めた全体を「したいこと」として、まるごと濃く深く堪能すればいい、というお話を聞いて、ふっと、新しい風が吹くを感じました。
それでは先生は何を喜びとしているのですか、と質問したら「世界がぱちっとはまる瞬間」に出会うことだと教えてくれました。それはどんな瞬間かといえば…長くなるので、またいつか。
施術そっちのけで先生を質問ぜめにしている自分もどうかと思いますが、とにかく、先生が私のウィークポイントである首をぱちっとはめてくださったおかげで、今朝は気持ちよく目覚めることができました。

2010年02月05日(金曜日)
鶏の「そろばん」とは?
東京カフェマニア主宰 川口葉子
写真上:「よし鳥」のシャムロックの刺身
中:「鳥長」のエントランス
下:「鳥長」の鶏白レバーの刺身
カフェで待ち合わせをして、焼鳥屋へ行く……夫と過ごす休日は、いささか妙なはしごが多くなってきました。
夫はなぜか昨年あたりから焼鳥道(?)に邁進していて、平日の仕事帰りに行って当たりだったお店に、週末、私を連れて再訪するというパターンができあがりつつあります。
この10年のカフェの流れにさまざまなベクトルがあるように、焼鳥屋にもトラディショナル系、モダンカウンター系、銘柄鶏系、稀少部位系など、さまざまな志向があるのですね。
若い人がくっきりと明確な味を好み、ご年配の人が昔ながらの味を好むのは、どんな飲食店にも共通するものですが。
稀少部位を得意とする焼鳥屋さんが増えたのは最近の傾向のようです。はじめのうちは「ぼんじりってどこ?」などと初心者そのものの質問をしていた私も、あちこちのお店で食べているうちに名前を覚えつつあります。
たとえば「ちょうちん」。どこ?と夫に質問すると必ず「当ててみて」と言われますから、想像してみたのが顎の下にぶらさがっている赤いお肉。
正解は「卵管と未成熟卵」でした。
串に刺した卵管の先に、まるく小さな卵の黄身がぶらさがっている姿は、まさに提灯。一度食べてみれば決して忘れることのない、なにかタブーを破っているような気分に陥りそうな、濃厚でとろりとした一本。
それでも、酉玉のメニューにあった「そろばん」はさすがに想像がつきませんでした。
そろばんとは、実は「せせり」のことなんだそうです。せせりとは首まわりのお肉。骨からお肉を削ぎとると、そろばんのような形になることから命名されたのだとか。首はよく動かしますから、肉質が締まっていて旨みが濃いのです。
この2ヶ月ばかりのあいだに私が行って楽しめたお店を3軒挙げるとすれば:
【よし鳥(よしちょう)】
東京都品川区東五反田1-12-9 イルヴィアーレ五反田ビル2F
青森シャモロックひとすじのお店。さまざまな部位のお刺身に感動しました。ミシュランに掲載されたことでも話題になりましたね。
【白金酉玉(とりたま)神楽坂店】
東京都新宿区神楽坂5-7 山桝ハイツB1F
稀少部位と創作系一品料理が得意なお店。ここは築地御厨さんからおいしい旬野菜を仕入れていて、いつも焼鳥屋さんで「野菜!野菜が食べたい!」と叫んでいる私にはありがたかったのです。お店の人に「今夜の焼き野菜は、あれとこれと…」と挙げていただいた中から、レンコンとスナップえんどうを選びました。レンコンが絶品。
【鳥長(とりちょう)】
東京都港区六本木7-14-1
塩ではなく、タレにこだわる老舗。ここでいただいた新鮮な「鶏白レバーの刺身」が忘れられず。
夫のベスト1は新橋にあるお店で、白レバーの刺身も最高!だそう。「おやじの聖域だから」と連れていってくれないのですが、私の頭の中はもうすっかりおじさん化していますから、いずれお許しが出るのではないかと期待しています。