
2008年12月19日(金曜日)
イスタンブールのお菓子屋さん
東京カフェマニア主宰 川口葉子
8日間のトルコ旅行に行ってまいりました。どんな国に行っても、人間を惹きつけるのはやはり食べもの!
おもしろいもので、世界三大料理のひとつと言われるトルコ料理を前にした人々の反応は十人十色。各人の食に対する基本姿勢がくっきりとあらわれます。
日本の料理に似た、食べ慣れた味を喜ぶ人。トルコでしか食べられないものを選ぶ人。何を食べても口に合わず、「味が濃い」を連発している人。ひとくち食べてみておいしくないと思ったら、以降いっさい手をつけない人。
食べ方と生き方には、共通点があるのでしょうか?
私は「変な味も旅のおもしろさのうち」と考えているので、口に合おうが合うまいが、すべて堪能してしまいます。だって、世界中の食べものが、日本人の舌の好みや食習慣に合うように作られているはずがないですものね。旅先では現地の人々の好みを尊重したほうが楽しめます。
トルコの人々は甘いスイーツが大好き。お菓子やさんに見とれていたら、このおじさんが「ロクム」と呼ばれる伝統的なお菓子の試食を薦めてくれました。日本人にはこのロクムが最も好評だということを知っているのでしょう。
ゆべしのような、もちもちした食感のロクム。ピスタチオ入り、ヘーゼルナッツ入り、薔薇の香料入りなどたくさんの種類があります。甘さも控えめでおいしかったので、トルコの人々にならって、あこがれの「キロ買い」をしました! といっても0.5キロでしたが。
これとこれと…と指さして、箱に詰めあわせてもらい、旅の間中ホテルの部屋で楽しんだのでした。

2008年12月12日(金曜日)
第一シュトレン、キィニョン
東京カフェマニア主宰 川口葉子
12月の最初の週から楽しみはじめるドイツの重厚なパン菓子といえば、みなさまよくご存じのシュトレン。
本来は12月の各週末ごとに薄くスライスしていただき、しだいに熟成されていく味の変化を楽しむとされていますが、きっと私のように1週間で食べきってしまってクリスマスの前になくなっちゃう、という食いしん坊もドイツには多いのではないかと想像します。
昨年から、クリスマスまでとっておくという節度あるおやつ生活をすっぱりとあきらめ、第一シュトレン、第二シュトレン、第三シュトレンと、3軒のお店のシュトレンを食べ進んでいくことにしました。今年の第一シュトレンは国分寺の小さなパン屋さん、キィニョンでみつけたもの。キィニョンとはフランス語でパンのはじっことか、パンの焼けた部分とか、パンのひとかけらを意味するのだそうです。
レジ横の小さなかごに、数字もようの紙袋にくるまって、それは置かれていました。なにげなく見ていたら、お店のスタッフが「シュトーレンです。味見なさいますか?」と声をかけてきたのです。お願いします、と答えると、彼女はにっこりして工房に姿を消しました。
戻ってきた彼女の手には、小さなお皿にスライスしたシュトレンが数きれ。そのうちひとつをつまんで味見させていただくと、まださらさらした、作りたての味です。いわばシュトレンの赤ちゃん。熟成されていくとどんな味になるのでしょう?
大人になって円熟した姿を味わってみたくて、1本購入しました。まんなかの写真の左に、ラップにくるまれて写っているのがそのシュトレン。
シュトレンのレシピはどこでも手に入り、読んでみるとそれほど難しくはなさそうなのですが、すべてを手作りしようと思うと、こつこつと仕込んでいく準備時間がとても長いのですよね。
たとえば、生地に焼き込むドライフルーツのラム酒漬けを作る作業は、1ヶ月前。無農薬オレンジの皮をむいてオレンジピールを作ったり、イチジクやレーズンをラム酒に漬けこんだり…。これらの具を買って済ませることもできますが。
クリスマスの晴れ舞台のために、ひとつひとつの作業を根気よく積み重ねていくことを楽しめる、そして待つ時間を楽しめる……そんな人だけが、おいしいシュトレンを一から作っていけるのでしょう。
私が心から望むクリスマスプレゼント、それは「シュトレンをまるごと作れる自分」なのかもしれません。

2008年12月07日(日曜日)
運は隣の席しだい
東京カフェマニア主宰 川口葉子
なにげなく座ったカフェの椅子がものすごく気まずい席だったということが、たまにありますね。先日、眺めの良いカフェの入り口でスタッフに「いちばん奥のお席にどうぞ」と指し示されたのが、まさにそんな席でした。
腰をおろして、なかなか居心地の良い席だこと、と思ったのは最初の3秒間だけ。すぐに隣のテーブルがただならぬ気配を発していることに気がつきました。
見ないようにしながらそっと様子をうかがってみたところ、お隣は押し黙ったまま見つめあう若いカップルのよう。女の子のほうからは、鼻をすする音がひんぱんに聞こえてきます。
煮つまった恋人たち。テーブルを支配しているのは、おそらく「別れ」をめぐる攻防と思われます。
そんな緊迫した場面に隣りあわせてしまった不運。いたたまれない、とはこのことです。聞き耳をたてては申しわけないと思い、あたかも彼らが存在しないようにふるってみましたが、けっこう疲れるものです。
やがて、筆談が始まりました。デュラレックスのグラスにたっぷり差してあったペーパーナプキンを男の子が1枚取ってなにごとか書きつけ、彼女へ。彼女もバッグからごそごそとボールぺンを取り出して、返答を書いて彼の前に押しやります。
そんなやりとりが何度か続くうちに、彼女の鼻水が止まりました。そしていきなり、劇的な展開に。
「じゃあ、行くわ」とつぶやいて立ち上がり、自分のグラスの水をぶちまけたのです。男の子のほうが、ですよ!
しかも水をぶちまけたのは、テレビドラマでよく見るように相手の頭の上からざっと、ではなくて、女の子の空になったコーヒーカップの中。テーブルには1滴もこぼさず。
なんか…ちっちゃい男だ! お別れして正解なのでは?と、心の中で彼女に語りかけましたが、勘定書とともに残された彼女はまた泣き始めたようで、鼻をすする音がひときわ大きく再開されたのでした。おかげで私はそのカフェのコーヒーの味がどんなだったか、まったく思いだせません。

2008年11月28日(金曜日)
天国の質問
東京カフェマニア主宰 川口葉子
ある映画の中で、エジプトのピラミッドの上に腰かけて、博識なモーガン・フリーマンが大金持ちのジャック・ニコルソンに天国にまつわるエピソードを披露します。いわく、人間が死ぬと天国の扉の前で門番に2つのことを尋ねられる。質問に両方とも「はい」と答えられた人が天国に入れるのだと。
その質問とは--
「あなたは人生の中で喜びを味わいましたか?」
「あなたは他の人々に喜びを与えましたか?」
死を取り扱った映画を何本かたてつづけに観たものですから、子どものころ、死ぬのが怖くてふとんの中で身じろぎもできなかった記憶がよみがえってきました。
奇妙で独特なその恐怖は、昼間はまったく襲ってこないのに、夜、ふとんに横になって目を閉じるといきなり襲いかかるのです。自分が消滅しても、この世界はすこしも変わらず太陽がのぼり、さまざまなできごとが起き、人々は喜んだり悲しんだりする……そのことが絶望的に怖かったのです。
いまとなっては、どうして自分が消滅することにそれほど根源的な恐れを感じていたのか、うまく思い出せないのですが。
祖父は小さな冗談や洒落の好きな人で、高齢で入院してからも、穏やかな口調で「自分が死ぬ瞬間には、時代劇で亡くなる人がよくやるように何か言いかけてから、急にがくっと首をたれる」と宣言して親族や看護師さんたちを笑わせていました。
そして息をひきとるその瞬間、祖父は本当にがくっと首をたれたので、見守っていた父は一瞬、冗談なのか本気なのか迷ってしまったそうです。
最後の最後まで、周囲の人を楽しませることを考えていた祖父。天国の扉の前で、門番に2つの質問を受けたら、きっと静かにほほえんで「はい」と答えられるはずです。

2008年11月21日(金曜日)
朝の満月バゲットトースト
東京カフェマニア主宰 川口葉子
食べものの匂いがする映画が大好きです。登場人物たちがレストランで、あるいは家で食事をするシーンばかりでなく、キッチンで料理をするシーンも食い入るように見つめてしまいます。
大島弓子は登場人物たちが「スーパーマーケットで何を購入したか」にも興味をそそられるようで、スクリーンの中の買い物袋をのぞきこむようにして「どれどれ、何を買ってきたの、もっと見せてよ」とつぶやいているひとこまが、彼女の生活エッセイのような作品のなかにありましたっけ。
『月の輝く夜に』はパンとエスプレッソをはじめ、おいしそうなイタリア料理の匂いがぷんぷんたちこめている映画。大人のためのファンタジーとして若い頃に何度もくりかえし楽しんだ映画ですが、いま、食いしんぼう映画として鑑賞しなおしても楽しめるのです。
なにしろ物語の舞台はひとむかし前のニューヨークのリトル・イタリー。まだ若々しいニコラス・ケイジは、リトル・イタリーの街角にあるベーカリーのパン焼き職人の役。私がスクリーン上で見たかぎりでは、世界一、胸毛の濃いパン職人です!
映画の冒頭から、マキネッタで淹れたエスプレッソと、バターをこってり塗ったこんがりバゲットが登場するのですが、とびきり心をそそられるのは、主人公シェールの母親「カストリーニ夫人」がキッチンで作る朝食用のバゲットトースト。
カストリーニ夫人はスライスしたバゲットの真ん中を丸く繰りぬき、フライパンに2切れ並べます。じゅうじゅうと音が聞こえてきそうな画面ですから、たぶん最初にバターをひいているのでしょうね。フライパンのあいている部分には真っ赤なドライトマトものせて。
バゲットが色づいてきたら、真ん中のくり抜いた部分に卵を割り入れます。つやつやと輝く黄身は、まさに映画のタイトルである満月そのものの姿!
卵が半熟くらいになったら、フライ返しでバゲットごとひっくり返して裏面も焼きます。卵が飛び散らないように返すカストリーニ夫人の腕前はなかなかのもの。仕上げにドライトマトをのせてお皿の上へ。
お皿を受け取ったシェールは、食べる前に塩と胡椒をちょっとふりかけています。お供の飲みものは、青いポットにたっぷり用意されたコーヒー。
明日からの三連休には、この『月の輝くトースト』(と、勝手に名づけました)を作ろうと思います。それにしても、映画の中で飲まれるコーヒーって、どうしてあんなにおいしそうに見えるんでしょうね?

2008年11月14日(金曜日)
+cafe Flug…「あした、旅にでかけたくなるカフェ」
東京カフェマニア主宰 川口葉子
神保町の路地裏に、旅をテーマに掲げた小さなカフェが誕生しました。+cafe Flug(カフェ・フルーク)。フルークはドイツ語でフライトを意味するのだそうです。
取材におうかがいしたとき、ちょうどオーナーの女性は年末年始をチェコ在住の友人と過ごそうと、大みそかのプラハ行き航空券の予約回答を待っているところ。インタビューの最中に「残念、満席」の回答が届きました。
「大丈夫、あなたならきっと、なんとかなります!」
とスタッフが笑いながらオーナーを無責任に勇気づける姿がちょっとおかしかったのですが、本当になんとかなったそうで、後日、無事に<プラハ~ミュンヘンビールの旅>ができそうですというメールをいただきました。
そう、ビール。+cafe Flugでは、ドイツやチェコのおいしいビールや、世界各国の種類豊富なリキュールが、お酒によくあうお料理とともに楽しめるのです。それはさながら、お酒でめぐる世界の旅。 ※詳細は来週月曜日に、All About[カフェ]上でお伝えしますね。
肌寒い夕方、細い路地の一角が、カフェのガラス扉からにじむ蜜柑色の光で明るんでいる光景はいいものです。それが神田・神保町という独特の匂いがたちこめる街ならなおのこと。
オーナーに、なぜ神保町にお店を構えたのですかと尋ねてみました。
「神保町は都心にありながら、路地裏にはのんびりした風情が残っています。世界一と言われる古書店街が続いていて、古いものを大事にする空気があるのですが、同時に、出版・広告の仕事に携わる感度の高い人々が集まってくるため、新しいものを拒絶しない懐の深さを持ち合わせています。そんな街なら、このカフェも受け入れていただけるかなと思って」
その通りだったようです。取材が終わるとほぼ同時に、仕事を終えたらしき男性客がふたり入ってきて、慣れたようすでビールを注文し、ほっとくつろいだ表情でテーブルに向かい合って、会話の続きを始めましたから。

2008年11月08日(土曜日)
日本茶カフェで、ほんものの生姜を買う
東京カフェマニア主宰 川口葉子
あるメディアの企画で、表参道の路地裏のすばらしい日本茶カフェ「茶茶の間」におじゃまして、日本茶ソムリエの和多田さんと対談させていただきました。
和多田さんの刺激に満ちたお話の内容はいずれまた書かせていただくことにして、目をひかれた八百屋さんの話。夕暮れどきの茶茶の間の店舗の前に、ご夫婦が立って、みごとな林檎やトマトやシイタケなどを並べていたのです。
聞けば、茶茶の間が材料を仕入れている卸のご夫婦が、早朝に仕事を終えると、とりあえず一日の作業はおしまいなので、ボランティアみたいなお値段でこの場所に立ち、野菜売りを楽しんでいらっしゃるのだとか。
しっかりと質の良い元気な野菜たちは、リニューアルしたこの近くの高級スーパーにも卸しているのだそうです。
ここ数年、ふつうにスーパーで買える野菜がちっともおいしくなくて、がっかりすることの多かった私。もっとも、かつての野菜の風味をご存じの年配の方々は、何十年も前から同じことを嘆いていらしたのですけれど。
ことに気になるのが、夏以外のトマトが、真っ赤に完熟して見えるくせに水っぽくて味が薄いこと。じつは、トマトの赤さと風味は関係ないんですってね。
そしてもうひとつが、生姜の風味が失われていること。日本産の生姜を選んでいるのですが、辛みはあっても味わいが感じられず、なんとも物足りないのですよね。
茶茶の間の店先の出張八百屋さんで、ちょっとなつかしい姿をした生姜をみつけました。思わず手に取ると、おじさんが
「生姜ごはんを作ってごらん、おいしいよ!」
と、作り方を教えてくれました。薄くスライスして、ごはんを炊くときにいっしょにお釜に入れて、みりんと、ほんの少し日本酒と、ひとつまみの塩をふるだけ。
想像したらあまりにもおいしそうなので、2パック買いもとめました。写真はこのときいっしょに購入した元気な野菜たち。
「昔ながらの日本の生姜だから、ジンジャーエールを作ってもおいしいよ」
八百屋のご夫婦によれば、一般的に流通している生姜は、たとえ日本産であっても、タネが中国産なのですって。こうして茶飲み日誌を書いている現在時刻は午前3時なのですけれど、今からわくわくしながら朝食用の生姜ごはんを仕込みます。
ご夫婦は毎週火曜日から金曜日まで、茶茶の間の前にいらっしゃるそうです。

2008年10月31日(金曜日)
CANAL CAFEの鯉は大正の蛍を見たか?
東京カフェマニア主宰 川口葉子
CANAL CAFEのデッキサイドにもっとも居心地の良い時間が流れる季節は、いまです。
桜の季節には平日でも長蛇の列ができるので、桜酔いする前に人酔いしてしまいそう。秋たけなわ、晴天の続くこの季節の昼下がりなら、ゆっくり深呼吸するようにして陽光を心に取りこむことができるのです。
お花見のできるオープンカフェとしてよく知られているCANAL CAFE。入口から左手は気軽なレストランに、右手は広々としたセルフサービスのカフェになっており、レストランなら事前に電話予約しておけるのですが、抜けの良い空と桜並木の下で過ごせるのはカフェのほうなんですよね。
友人と水辺の椅子に座ってグリーンカレーとドラフトビールのランチを楽しみ、水面の上で脚をぶらぶらさせて遊びながらのんびり過ごしました。
CANAL CAFEの前身は、大正時代に東京で最初に誕生したボート場。
カフェの現オーナーの祖父にあたる人物が、都民のためのレクリエーション施設を作ろうと、私費で郷里から船大工を呼び寄せて100艘のボートと乗り場を造ったのだそうです。その名も「東京水上倶楽部」。みんなのために私財を投じるとは、なんて粋な人物だったのでしょう。
当時は夏になれば蛍が放たれ、花火が打ち上げられていたようです。
現在はたくさんの鯉が背びれを水面につきだし、水面にみごとな航跡をつくりながら悠然と泳いでいます。巨大な鯉になると体長1メートル近いのではないかと目を疑うほど。
もしかしたら、古老の1匹は、東京水上倶楽部時代の蛍たちを見たことがあるのではないでしょうか。鯉の中には100歳を超えて生きるものもいるそうですから。
考えてみれば大正時代から、まだ100年も経っていないんですよね。
CANAL CAFE(カナルカフェ)
東京都新宿区神楽坂1-9
TEL 03-3260-8068

2008年10月24日(金曜日)
谷中の散歩、珈琲花歩
東京カフェマニア主宰 川口葉子
たまに通っている西日暮里の整体マッサージがある界隈は、大通りから一本細道に入れば、すぐに昔ながらの静かな住宅街に迷いこむようになっています。大小のお寺と墓地が密集する小路を、清潔な午前の光にお線香の匂いが遠く近く混じってくるのを嗅ぎながら散歩するのは、この季節はとくに気持ちがいいもの。
そんなのどかな一角に、「花歩」という白い暖簾を下げた、古びた一軒家が佇んでいます。
「珈琲」の文字につられて暖簾をくぐると、かつてたしかに日々の暮らしがおこなわれていたことがうかがえる間取りに、お客さまを迎えるためのテーブルが居心地よくしつらえられ、すだれごしに庭の緑が柔らかく輝いていました。
平日の午前だったせいでしょうか、先客は、2つある部屋の一方に青年がひとりだけ。庭を眺めて珈琲を飲みながら、腕時計の秒針の音さえ聞こえてきそうな、しんとした時間を楽しんでいるようです。彼のじゃまをしないように、もうひとつの部屋で珈琲をいただきました。
壁に飾られているのはレコード盤や、みやびな色彩の裂布細工、刺繍の木枠たち。時計の下には「自由に歩くのでご注意下さい」と貼り紙がありました。たしかに、針はグリニッジ標準時を無視して気ままに散歩しているようです。
素敵な風情の女主人に尋ねてみると、彼女は築50年を越えたこの家屋の2階に住んでいらっしゃるそう。以前、雑誌にお店が掲載されたら、しばらくのあいだ一気に混雑するようになってしまって、満席でお入りいただけなくなったのがしのびなくて……とのこと。ご迷惑をおかけしないよう、この小さなエッセイの場で取り上げさせていただくことにしました。
コーヒーはコクテール堂の豆を使って、ていねいに1杯ずつ淹れられます。あわせて注文した紅玉りんご入りのしっとりケーキも、オーダーを受けてから生クリームを泡立てるなど、本当に一から支度をしてくださるので、運ばれてくるまでに少し時間がかかります。
そのあいだに、窓辺の蚊遣りから白い煙がたなびいて、さしこむ日射しの中でさまざまなかたちに渦巻くのをじっと眺めて楽しみました。
谷中の散歩の途中で花歩に立ち寄るときは、小さな古い家に流れている時間に呼吸を合わせられるよう、どうぞおひとりで、心楽しく。
珈琲花歩(コーヒーかぽ)
東京都台東区谷中3-21-8
TEL 03-3821-5642
OPEN 10:30~18:00
CLOSE 土日祝

2008年10月17日(金曜日)
ネモ船長のパン屋カフェ
東京カフェマニア主宰 川口葉子
お店の名前にまつわる、小さな偶然。
数年前に、4人の女性がコーヒーにまつわる小説を1篇ずつ綴った『コーヒーカップ4杯分の小さな物語』(書肆侃侃房)という短編集が出版されました。
私も4人の中のひとりとして小さな物語を書いたのですが、その中に、喫茶店のカウンターに座ってジュール・ヴェルヌの冒険小説『海底ニ万マイル』を読むおじさんを登場させました。おじさんの名前は根本さん。海底二万マイルのヒーロー、潜水艦ノーチラス号のネモ船長にちなんでもいるのです。
カフェの取材で訪れた武蔵小山の街をのんびり散歩しているうちに、ネモという名前のベーカリー&カフェをみつけました。もしかしたら、ジュール・ヴェルヌ好きのパン職人が開いたお店?……確認したら、根本孝幸さんというパン職人のお店でした!
ベーカリーの奥にしつらえられたフランス風の居心地の良いカフェで、エスプレッソと、パルマ産の生ハムをはさんだフォカッチャをいただきました。ルッコラの香ばしい苦みは、なぜこんなにも生ハムの旨味と相性が良いのでしょう。あらためて「ひきたてあう2つの風味」の不思議を思いました。
よく考えてみると、そんなふうにシンプルに素材の味を楽しめたのは、味わいのベースを作るローズマリーのフォカッチャが、おいしいのだけれど声高に主張していないから。フォカッチャはフォカッチャとして、自分の役割をよく心得ている……そんな良さなのです。
お店を出るときに購入したのは、自家製天然酵母を使い、伊賀から理想の小麦粉「タマイズミ」を少量ずつ取り寄せて焼き上げているというバゲットと、黒ゴマたっぷりのプチパン。どちらもフォカッチャと同じように、これみよがしではないプレーンなおいしさ。合わせたお料理やワインをより魅力的に楽しませてくれました。
後日、根本シェフがかつてオーバカナルのベーカリーシェフを担当していたと知り、ああなるほど!と腑に落ちたのでした。今はもう存在しない素敵なカフェでもオーバカナルのバゲットが、フレンチトーストを作るのにぴったりの、くせのない良質のベースとして愛用されていましたっけ。
ネモという名前に惹かれて入ったお店は、幾つものささやかな偶然に満ちていました。
nemo Bakery & Cafe
東京都品川区小山4 -3-12