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2008年08月27日(水曜日)

パンダ

チンシャンstaff(かさピー)

080827_staff_kasa.jpgもうすぐ私の好きなパンダの映画パンダフルライフが封切られます。

パンダの動きは、どこか人間に共通するような動きがあります。
先日、2歳になる甥っ子がスイカを両手で持って一心不乱に食べているのを見て、パンダっぽいなー、とパンダとの共通性に気が付きました。

パンダはとかくかわいさが強調されがちですが、意外と野獣です。
2年前、中国は四川省にある「臥竜パンダ自然保護区」というところへ生パンダを見に行きました。
法外な値段を払えばツーショットでパンダと写真が撮れる、というあこぎな商売があり、私はパンダかわいさにつられ、まんまんとその商売にひっかかりました。
撮影時間わずか5分。お値段は7000円ほど。1分1400円って、「客寄せパンダ」とはよくいったものです。
画像はその時に撮影したツーショット写真です。子パンダが一心不乱にほおばっているのはりんごです。

パンダは遠目にはもこもこしていますが、実は体毛はごわごわです。
かわいさあまって思わずパンダちゃんに顔をスリスリしたのですが、剛毛でした。
目もタレ下がった隈取りがあるからかわいいですが、近くでみたらかなり冷酷な視線を放っています。
手もクマ科だけに、まさにベアクローのような手で、かわいいどころではありません。
無邪気にツーショット写真がとれるのは、飼いならされた子パンダだからでしょう。

また、パンダは野獣であるだけでなく、実は謎だらけの珍獣です。
彼らの祖先は元々800万年前に生息していた肉食動物でした。しかし、今や笹といえばパンダか七夕か、というくらいにパンダは笹オンリーです。

なぜ笹?

他にもっと体に良さそうな食べ物はたくさんあっただろうに、よりによってなぜ笹を選んだのか・・・。

そして何よりも不可解なのは、パンダの腸はいまだに肉食対応な仕様になっており、草食に適していないそうです。
笹しか食べないのに腸はいまだに肉食仕様。。。
なんて非効率的なのでしょう。意味がわかりません。おかげで、摂取する笹や竹の15%程度しかエネルギーに還元することができず、年がら年中笹を食べ続けなければならない生活様式に陥っています。
もしゃもしゃもしゃ、寝ても覚めても笹を食べています。

一見かわいらしく、のん気なパンダですが、実は野獣で珍獣。
そんなギャップが私の心をわしづかみにしているのです。

チンシャンでもかわいいパンダ柄のついたストレーナーマグをラインナップしています!

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2008年07月29日(火曜日)

夏の猛暑と楽しみ

チンシャンstaff(かさピー)

080728staff_kasa.JPG先週は連日30度を超える真夏日でしたね。

暑い暑いといいながらも、みんな言葉ほどには嫌悪している印象を受けません。
TVなんかでは、どこどこが35℃でした、どこどこが39℃を記録しました、というようなニュースが流れ、街人が「いやぁ、暑いですねェ。」なんてインタビューに答えていたりしますが、それほど嫌そうな感じがしません。
楽しんでいる、とまでは言いませんが、それに少し近いものを感じます。

電車やエレベーターで、知り合い同士と思われる2人が、「暑いですねェ。」「本当に。」なんてやりとりしているのを耳にすると、なんだか微笑ましいです。

夏の暑さというのは汗をかいたり、頭がぼんやりしたり、いろいろな不快感を伴うのですが、それに付随して楽しいことがたくさんあるのでそんなに嫌な印象がないのかもしれません。

例えば、
暑さをしのぐために、カキ氷を食べたり、海に行ったり、夕涼みをしたりといった、暑い夏を乗り切るためのもろもろの行為といいますか、生活習慣が夏の暑さと表裏一体になっているから、不快であるはずの暑さが実際はそれほど不快ではないのでしょう。むしろ、暑くなればなるほど楽しみも増えることだってあるのです。
先人の生活の知恵というのは、すばらしいなと思います。

中国茶も、夏は耐熱のガラス茶器で涼やかにコーディネートすれば、暑い夏も楽しく過ごせますネ。

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2008年06月30日(月曜日)

雨の日

チンシャンstaff(かさピー)

080629_staff_kasa.jpg先週末は雨が降り続きましたね。

雨の日は衣服が濡れるし、髪の毛はぼっさんぼっさんになるのであまり好きではないというか、かなり嫌いです。

静かにひっそりと降り続ける春雨のような雨なら、まだ情緒ってものがあって、なんとなくしっとりとした気分にもなれると思うのですが、ざあざあ降り続く雨はうっとおしいです。

雨は嫌いですが、映画やドラマなどの雨のシーンは結構好きです。
雨というのは人の心模様を間接的に表現したり、何か物事が起こる予兆を感じさせるのに有効な働きをします。

私が特に好きな雨のシーンは「ステラ(Stella)」という映画の最後の雨のシーンです。
ベット・ミドラー扮する母親が雨の中を歩いていくシーンです。

母親は自分が娘の結婚の障害になると思い、愛する娘を自ら引き離します。
娘は晴れて結婚式の日を迎えるのですが、母親は式場には足を踏み入れず、雨の降りしきる外から娘の幸福そうな姿を確認するのです。

結婚式場は温かく、明るく、そして人々の笑顔に包まれています。
一方、外は冷たい雨が降り注ぎ、母親の体を雨が打ち付けます。
母親は式場の外で一人雨の中佇みながら、娘の幸せな姿を確認するのです。
そして、幸福そうな娘の姿を見届けた後、自らも幸せそうな表情を浮かべてその場を離れ、雨の中を歩いていくのです。

温かで幸福な笑顔に満ちた式場、激しく降り注ぐ冷たい雨、ベットミドラーのすがすがしい表情、全てが対照的なのですが、対照的であるからこそ、そのシーンがとても印象的に写ります。
雨の力は偉大です。

雨の日は外には出ないで、家で映画鑑賞するのが一番です。
映画鑑賞のお供にはやっぱり中国茶ですね。

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2008年04月28日(月曜日)

人種のるつぼ

チンシャンstaff(かさピー)

080428_staff_kasa.jpg先週、中国ではテーブルウェアやキッチン用品の展示会が催され、私も2日間ほど行ってきました。主な目的は商品の買い付けと、自社オリジナル製品の生産ができる有狽ネ工場を探すためです。

この展示会は年に2回春と秋に広州で開かれるのですが、毎回一万件以上の工場や商社のブースが蚤の市のように立ち並びます。
そして世界201ケ国から20万人以上のバイヤーが商品を買い付けに来たり、自社製品を下請け生産してくれる工場を開拓しに来ます。

展示会場はまさに人種のるつぼです。いろいろな顔立ちやら民族衣装を身にまとった人達で一杯です。
しかし、やることは皆一緒です。

皆一様に、携帯と電卓を持ち、各々興味をひいたブースでせわしなく商談を繰り広げるのです。
シルクロードの時代から人類の「交易」という営みは変わらないのですね。ビジネスチャンスがあるところに市場は作られ、人は集まるのです。

中には、「そんなもんどこで売るの?」と首をかしげたくなるような商品を真剣に選び、商談している異国のエキゾチックなバイヤーを見かけます。
「世界は広いな。まだまだ謎だらけだゼ。」と思わずにいられません。
彼らもおそらく私が選んでいる商品を見て首をかしげているでしょう。
随分チマチマした商品ばっかり選ぶなー、と。
(日本人が好む食器は外国人から見ると小さくて何に使うのかわかりにくいようです)

大多数のブースは一見どれも似たり寄ったり玉石混交で優劣の差を見出すのが困難です。
見るからに「怪しい」ブースの工場が、実は世界的に有名なブランド食器の下請け工場だったりすることも多々あります。「見かけ」と「実力」が違っていることは大いにあります。
では、工場の優劣をどう見分けるのか?というと、見分けることは困難なのでとりあえずブースに立っている担当者と話をしてみるしか方法はありません。話せば大体わかります。
あとは、口コミ情報を頼りにすることです。
「あそこのブース、実は○○ブランドの下請け工場だ」というような有益情報が何かの拍子に得られるのです。世界的に有名なブランド品を下請け生産しているということは、それに耐えられるだけの生産能力があるということになり、そういった情報は工場の優劣を見分ける際の判断材料の一つになります。

2、3日足を棒にして展示会場中を歩き回っても、最終的にビジネスに結びつく工場は多くて2、3社だけです。
一万件以上ものブース数に対して2、3社なので相当効率がわるいです。
おまけに、じゃあ良い工場全てを見て周ったか、というと良い工場なのに「見誤って素通りしてしまった」
というのが必ず存在します。そして毎年出展ブース数は増加の一途をたどっています。

中国は広く、そして中国の展示会場も同様に広いのです。
あせらず気長につきあうしかないです。いつか素敵なメーカーにめぐり合えたらラッキー!くらいに考えないと気が遠くなってしまいます。

*添付画像は途中北京に寄った際訪れた天安門です。
ものすごい人でしたが、残念ながら映画ラストエンペラーでも有名な紫禁城太和殿は修繕中で見ることができませんでした。ちなみに去年の春訪れた時も修繕中でした・・・さすがにオリンピックまでには完成することでしょう。


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2008年03月04日(火曜日)

天気と気分

チンシャンstaff(かさピー)

080304_staff_kasa.jpgすっかり春めいてきました。

まだ外気は少し冷たいですが、朝起きるとまずは窓を開け外の空気を室内に取り込みます。
そして中国茶を淹れるためにやかんを火にかけ、ゆっくりとお湯を沸かします。
ぽかぽかと柔らかい春の日差しが窓辺から室内に差し込み、それだけでなんだか前向きになれます。

天気が人の気分に与える影響というのはとても大きいと思います。

数ヶ月前、私の友人が真冬の寒い時期に東京のど真ん中で失恋をしました。
クリスマス前で華やぐ都会の喧騒の中で、バッサリふられてしまったのです。
そんな彼女の様子は痛々しいの一言につきました。

その後、鬱々と落涙の日々を過ごしていたのですが、仕事でカリフォルニアに1週間ほど
滞在することになり、彼女はとてもそんな気分ではなかったそうですが、仕事は仕事なので
乾かぬ涙を拭いながらカリフォルニアへ飛び立ちました。

そして1週間後、彼女はいつもの彼女に戻っていました。
颯爽と仕事をさばく、軽やかで快活な彼女でした。
彼女曰く、「カリフォルニアの青い空と乾いた空気が私の気持ちを前向きにさせたのよ!」

天気と気分の相関関係で言えば、私も少し経験があります。

私のふるさとは新潟ですが、冬の間の3~5ヶ月もの間、ほとんどおてんとう様を拝むことができません。
ちょっと顔をのぞかせたかな、と思いきや、あっという間にまた顔を隠してしまい、気が付くと吹雪いていたりします。
いつも空はうす曇の灰色。
空気も日本海の湿気を含んでいるようで、なんとなく重たいです。
何か気分が落ち込むことがあってふと空を見上げても、さっぱり前向きになれません。
気分も空も灰色なわけです。

そんな風に陰鬱な気分になりがちな新潟の空模様ですが、
他方、一晩中しんしんと雪が降り積もった翌朝、何もかもを真っ白に覆い尽くしている雪景色を見ると、何か自分の中で澱んでいたものが一掃され、全てがゼロになったような気分になります。

その気分はカリフォルニアの青空のような「前向きさ」とは違います。
ただゼロになっただけです。
そこから何か良いことが始まる気運など感じられませんが、何かが一度白紙になるというのは、一種独特の清清しさというか、踏ん切りみたいなものが感じられます。
それはそれで、とても気分が良いものです。

上京して約15年近くが経とうとしています。
体はすっかり東京の気候に慣れてしまいましたが、時々、あのゼロに立ち返るような真っ白な雪景色が懐かしくなります。


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2008年01月22日(火曜日)

豫園

チンシャンstaff(かさピー)

080121_staff_kasaa.jpg先日、出張のついでに久しぶりに上海の豫園を訪れました。

すでに4回も訪れている私としては、正直今さら豫園など行きたくなかったのですが、豫園未経験という職場の後輩が目をキラキラさせているのを無視することもできず、小雨がふりしきる上海の早朝、5度目の豫園を拝みに行ったのでした。

豫園は明朝の時代に四川省の役人が故郷を懐かしむ両親のために造った庭園で、中国独特の建物や中国各地から集められたという奇岩の数々が園内に配置されており、人々を愉しませてくれます。
また、豫園は上海の観光名所の中でも定番中の定番で、いつ訪れても観光客でごったがえし、特に豫園の周囲に広がる豫園商城という土産屋地帯は休日などはまっすぐ歩けないくらい大勢の人で賑わいます。

相変わらず記念撮影のポージングに勤しむ中国人観光客で一杯なんだろうなぁ、、とさして期待していなかったのですが、小雨で早朝という条件が幸いしたのか、観光客はまばらで、以前訪れた時の豫園とは印象がかなり違いました。

傘をさすほどでもない小雨は豫園全体をしっとりと包み、深い朱色の建物が水を含んだかのようにより一層深くはっきりと周囲からその朱色を際立たせ、朝もやが立ち込める空気の中でゆったりと明代の風格をただよわせていました。
出張で気分が少しささくれだっていたのですが、ゆったりとくつろいだ様子でたたずむ豫園を前に、少し気分が穏やかになるのが感じられました。

庭園内をしばらく散策した後、小さな池の中央に建っている「湖心亭」という喫茶店に立ち寄りました。
いつもは観光客で一杯のこの湖心亭も、やはりその日はあまり人がいなく、1階では地元のおじいさん達がお茶を飲みながら世間話に講じており、なんだかその風景がほほえましく心なごみました。

お茶は中国茶の中でも一番好きな「安徽鉄観音茶」を注文しました。私は中国茶はほっこりとした優しい味わいの緑茶系よりも、しっかりとしたコクと苦味のある青茶系の、それも鉄観音茶が好みなのです。
特に、香りの強いスパイスのきいたはっきりとした味付けの中国料理には、それにまけないくらいの強さを持った鉄観音茶が合うと思うのです。

飛行機の時間が迫っていたのであまりゆっくり過ごすことはできませんでしたが、多忙な出張の合間に
こんな風にゆったりとした空間で中国茶を愉しみながら時間を過ごすのもいいな、と思いました。

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2007年12月17日(月曜日)

ジョギング

チンシャンstaff(かさピー)

071217_staff_kasa.jpgいよいよ運動不足が深刻化してきたので、気まぐれで思い立ち、ジョギングをすることにしました。
団体競技は周りに合わせなくてはならないので、三日坊主を恐れるわたしにはマイペースでできるジョギングが丁度良いのです。
ただ、マイペースでできるがゆえに逆に三日坊主になる恐れがあるので、具体的な目標をかかげることにしました。

目指すは3月16日に開催される「湘南国際マラャ投ョ走」です。
いきなりフルマラャ唐ヘさすがに無理なので10キロの部に参加することにしました。

まずは形から、ということで早速シューズとウェアを購入。
シューズなんて走れれば何でもいいのでは、と思っていたのですが最近のジョギング用シューズはとても機箔Iにできていて、自然と足がスムーズに運ぶようにできています。
試着して店内を軽く走ってみたら、なんだかいつもの2倍早く走れるような気がしました。

ウェアも最近のものはとてもオシャレで機箔Iにできていて、立ち姿だけなら我ながら相当早そうに見えます。野菜ソムリエで有名な某女性タレントなみに早そうです。

ところが、いざ走り出したら足はもたつき、肩は前後に波打ち、姿勢は前かがみ、息はぜいぜい上がってしまう有様。
それでもipodから流れる曲は軽快なハードロックなものだから、気分は戦いモードなのですが、傍から見れば運動不足なOLが必死な形相で走っているだけにすぎません。

それでもなんとか家の近所をもたもた走り、そろそろ4キロくらいかなぁ、なんて思いながら走行距離を計測したらたったの2キロ!
本番は10キロということはこの5倍走らなくてはならないのか、と気が遠くなりました。
軽快なハードロックが耳元に流れる一方で重たい気分が私を襲いました。

初日からへこんでいる場合ではない、と思いなおし、今日は昨日より、明日は今日より早くれるはずだと自分に言い聞かせ、日々走り続けています。
今はどんなに滑稽でもいつかはこのウェアがしっくりとなじむくらい颯爽と、そして耳元に流れるハードロックさながらに軽快に走れるようになるはず、、予定ナす。

湘南国際マラャ唐ヘ3月16日です。
3月の海沿いはまだ肌寒いと思いますが、一足先に潮風を肌に受けながら走ればそれだけで気持ちが良いはず。
タイムは気にせずに、気持ちよく完走できればよいかな、と思っています。
これが私の来年の一つ目の目標です。

今年も残りわずか。今回がチンシャンスタッフかさピーの今年最後のブログ更新です。
慣れない中、四苦八苦しながらのブログ更新でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。

来年も引き続きがんばりますので、チンシャン共々応援よろしくお願いします。

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2007年11月20日(火曜日)

コミュニケーションツール

チンシャンstaff(かさピー)

081119_staff_kasa.jpg冬になると「鍋パーティー」をする定番の仲間達がいます。
木枯らしが吹く頃、誰彼となく「そろそろ鍋をしよう!」という知らせが入ります。
学生の頃からいつも集まっては鍋をしてきました。

当時はみな若かったので、一人暮らしの人の家にしょっちゅう集まっては「テツ鍋」をしていました。
「テツ鍋」とは?
「鉄鍋」ではないです。
「徹鍋」です。

そう、「徹夜鍋」=「徹夜で鍋をしつづけること」です。

若い頃というのは「時間はあるけど金はない」が鉄則で、私達もそんな若者達の例にもれずお金があまりありませんでした。昔の苦学生ほどではなかったけれど、みんな若気の至りで無計画にお金を使ってしまうので、結果的にお金がないことが多かったのです。

安い近所の八百屋さんで白菜はもちろん、にんじんやじゃがいもといった通常鍋の具材にはなりにくい材料まで安く購入し、お肉はいつも豚バラでした。豚バラとじゃがいもは安くて腹持ちが良いのです!

お金はないのに時間だけは豊富にあるものだから、具材がある限り鍋は延々と続きます。
授業が終わった夕方5:00くらいから鍋は始まり、入れ替わり立ち代りいろいろな人間が具材持参で参加しては去って行き、翌朝の1時限目の授業開始ギリギリまで鍋はつづきます。

味もずっと同じだと飽きてしまうので、最初は「水炊き」、次に「味噌鍋」、そして最後は「キムチ鍋」です。それが何ラウンドも繰り返されます。


先日もその鍋仲間達からお声がかかり集合となりました。
今回のお題は「タイスキ」です。仲間達の中にタイで仕事をしている人がいて、ちょうど日本に一時帰国していたのです。「本場のタイスキを教えてあげよう!」と意気込む友人。本場でしか入手できない秘伝のチリメ[スを持参して帰国してきたくらいです。

タイスキというと、タイでも有名な「コカレストラン」のタイスキぐらいしか知らなかったのですが、友人が教えてくれたレシピは以前食べたそれとは全く違っていましたが、とてもおいしかったです。

ベースのスープは鶏がらを何時間も煮込んでこまめに灰汁をとったので、さっぱりとした澄んだチキンスープに仕上がりました。
具材は鶏肉や野菜類をはじめ、魚の練り物も投入。
味のポイントはやはりタレ。友人が持参した秘伝のタレをベースに、後はお好みでパクチーの刻んだものや唐辛子、ニンニク、ライムなどで銘々が味付けします。人によって激辛になったりマイルドになったり。タレに鍋のスープを加えて食べるので味に深い奥行きが出ます。そしてちょっと飽きてきたらタレの配合を変えてみたりして、いろいろに楽しめます。

タイスキをつつきながら、友人のタイでの仕事ぶりや生活のこと、文化のことなんかを、ああでもない、こうでもない、と話し合います。
鍋が続く限りおしゃべりもまた延々と続くのです。しまいには、しゃべりたいから鍋を続けているのか、鍋の延長線上でしゃべっているのかわからなくなります。
鍋が目的なのか、おしゃべりが目的なのか・・・。

さすがに若いときのように「テツ鍋」は無理ですが、それでも鍋が始まると昔の頃のテンションにみんなが引き戻され、鍋をつつきながら身の上話やらよもやま話やらを始めるのです。

そしてさんざん食べて、さんざんおしゃべりした後、「いろいろあるけどさ、何はともあれお腹いっぱいで幸せだよねー」というのん気な感想を述べ合って解散。

結局私達にとって「鍋」というのは食事である以上に「コミュニケーションツール」なのではないでしょか。鍋を囲み、つつき合いながら、最近楽しかったこと、うれしかったこと、腹が立ったこと、悲しかったこと、、そんなことをとりとめもなくしゃべりつづけ、そしてまた鍋をつつく。
そしてふと気が付いたら「お腹いっぱいで幸せだなぁ・・」、でハッピーエンドに
鍋の集いは幕を閉じるのです。それは昔も今も変わりません。

昔とちょっと違うのは食べる量が減ったことと、健康についての話題が増えたことですかね。

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2007年11月05日(月曜日)

紅葉狩り

チンシャンstaff(かさピー)

071105-staff-kasa.jpg11月に入り、外はめっきり冷え込み、街の街路樹から郊外の山々まで急速に周囲が紅葉で色付き始めています。

私も早速先週末、紅葉狩りに山梨県は西沢渓谷へハイキングに行ってきました。

西沢渓谷は山梨、長野、埼玉の3県をまたいでいて、秩父多摩甲斐国立公園に指定されています。
渓谷に一歩足を踏み入れると、さまざまな滝や巨岩が次々と現れ、ハイキングをする人たちの目を飽きさせません。
そしてさらに秋になると木々が紅葉し、千代紙のように色とりどりに彩られた木々の間から真っ白な滝が水しぶきをあげ、その取り合わせがとても美しく幻想的です。

風がそよそよと吹くと、色とりどりの木の葉がひらひらと舞い落ち、ごうごうと轟く滝の中に木の葉が吸い込まれていく、、
その様子は宮沢賢治の小説か何かに出てきそうな、ちょっと御伽ばなしめいた光景でした。

カナダ在住の友人が、カナダの紅葉の美しさを絵葉書にして送ってきてくれたことがありました。
確かにカナダの紅葉もきれいでしたが、私はやっぱり日本の紅葉が何よりも美しいと思います。

日本の紅葉は一つの風景の中に、微妙に異なる赤や黄色が気の利いた具合に配色されており、限られた中に無作為な変化となんとも言えない奥行きがあります。
それは、日本の山には銀杏や楓以外にも紅葉するさまざまな樹木があり、それらが時期と気温の変化によって少しずつ違う色合いで変化していくからだとか。

一方、カナダの紅葉は日本ほどには樹木の種類がないので、どうしても単調になってしまうのだそうです。
でも、友人はその黄金色一色に色づいたうっそうと生い茂るメープルの木々が、カナダの真っ青な大空にダイナミックに広がっていく様子を見るとすがすがしい気分になり、その気分の高まりが秋の到来を感じさせるのだそうです。

日本には日本のよさがあり、カナダにはカナダのよさがありますが、私はやっぱり日本の紅葉が好きです。

071105-staff-kasa2.jpg少し残念だったのは、とにかく人が多かったことです。
ハイキングなのになんだか小学校の頃の遠足のように縦一列につらなって歩かなければならず,時々渋滞をひきおこし、列が再び動き出すのをぼんやり待たなければならないことがしばしばありました。
せっかく都会の雑踏を抜け出したのに、なんだかなぁ・・という感じでした。

下山後、「ほったらかし温泉」という温泉場がありハイキングの疲れを癒しに寄ったのですが、
これまたひどい混み様で、まさに「芋洗い状態」でした。

東京近郊で日帰りできる紅葉スポットは、今はどこもこんな感じなのかもしれないですね。
手軽なだけに、みなさん考えは同じなようです。

帰り際、お土産によもぎ餅と柿を買って帰りました。
帰宅して早速鉄観音茶を入れて、よもぎ餅を楽しみました。
ちょうど出来立てのものを買ったので、包みを開いた瞬間、よもぎの青々とした自然な香りが、口元に運ぶまでもなく辺りに広がりました。
よもぎの若々しい香りと鉄観音茶のほろ苦いこくのある味がとても相性がよく、気が付いたらよもぎ餅を
2つもたいらげてしまいました。

紅葉を目で堪狽オ、よもぎを口で堪狽オた欲張りな一日でした。


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2007年09月26日(水曜日)

栗駒山

チンシャンstaff(かさピー)

070925-staff-kasa.JPG先週末、東北地方にある栗駒山を散策してきました。
若かりし頃(?)は毎年夏登山を愉しんだものでしたが、ここ5年は登山どころかたいした運動もせず、5年振りの登山は激しい筋肉痛とセットなのでした。

それでも久しぶりの登山は気分爽快で、変化に富んだ風景も美しく、改めて登山の愉しさに気づかされました。

標高1627.7mの栗駒山は岩手、宮城、秋田、山形の四県をまたいでいるコニーデ型の休火山で、休火山というと一寸の揺るぎすらない厳しい山を想像しますが、実際は自然の造形美に富んだ本当に美しい山でした。

早朝須川温泉からのぼり始め、道中可憐な高山植物や勇壮な渓谷を眺めながら、鬱蒼と生い茂るブナの原生林を抜けると、荒寥とした岩山の間から突如として広がるコバルトブルーのカルデラ湖。
天上に広がる空の青と眼下に広がる湖のコバルトブルー、その境目に横たわる紺青の峰々が水彩画のように溶け合い、しばらくの間、粛然と立ち尽くしてしまいました。

070926-staff-kasa.JPGやがて小一時間ほど尾根を登るとようやく山頂にたどり着きました。
山頂は風が心地よく吹いていて、汗ばんだ額をひんやりと風がなで、運動不足で悲鳴をあげている足腰を慰労するのでした。
晴天のおかげで、普段はめったに見られない「鳥海山」が広漠とひろがる雲海の中から神々しく顔をのぞかせ、その佇まいは我々人間に向かって有無を言わせぬ力がありました。

登山は山頂にたどり着いたときの爽快感が楽しみの一つですが、栗駒山については道中の自然美が本当に豊かで改めて登山の別の楽しみを教えてくれました。

中国に行くといつも思うのですが、日本の山々は厳しさの中にどこか懐の深さを感じさせます。
一方、中国の山々は本当に「厳しい」の一言です。それは一瞬の隙もなく、人間など決して寄せ付けてはくれない、立ち入らせまいとする居姿で、荒削りで孤高な感じがします。

また、日本語には草木や花など、自然についての名詞や形容詞がとても多いですが、中国語には花や草木に関する語彙があまり多くありません。中国人の友人に散歩の途中で見かけた草木の名前をたずねてもたいてい「わからない。」といわれますし、せっかく風雅に草花を鑑賞しているのに、その植物が食べられるか食べられないかをご丁寧に教えてくれたりします。
もちろん、中国にも古来から観賞用として牡丹や蓮の花などがありますが、それは一部の限られた人たちの趣味に留まっており、日本のように自然にありのままに咲いている花々を鑑賞するような習慣は恐らくないのではないかと思います。

それだけ日本人は自然と密接に生活をしていて、生活の中で自然の厳しさに畏敬の念を払い、また自然もそういう人間を受け入れる懐の深さがあり、そんな風に日本人と日本の自然はうまく共存してきたのだと思います。
都会ではこのように自然との密接さを感じることはないですが、東北地方などの田舎に行くと、家のつくりやちょっとした庭先に立てかけてある生活具などを見るにつけ、自然と密接に暮らしているのだな、という印象を受けます。

ちょうど今回訪れた頃は、一ノ関近辺の田んぼは黄金色の稲穂がずっしりと頭を地にもたげており、まさに刈り入れの季節でした。
10月中旬あたりに再び紅葉を観に栗駒山を訪れようと思います。
その頃は刈り入れも終わり、家々は冬支度を始めている頃かもしれません。


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